先日言ったことが効を奏したのか、それともダイの態度のせいなのか、オレ達に対する召使い達の干渉は、どんどん少なくなっていった。
マーシャは廊下に着替えや水を置いていくようになったし、バジルに至ってはあれから姿を見かけない。まあ、一日のスケジュールを聞くったって、毎日、ダイの勉強しか見ていない。その勉強も、専門的なことを詰め込むのはやめて、物語性のあるものを読ませるようになった。
それは、これ以上ダイに知識は必要ないと判断したのに加え、普通の物語を読むことで、自分を振り返ってほしい、というオレの願いも込められていた。
「ポップ、これ読み終わったよ。でも、前の方が面白かったな。ほら、宇宙を舞台に、空飛ぶ船で自在に星を巡るヤツ。……いいなあ、オレも行ってみたいなあ」
ぱたんと本を閉じて、夢みるように言うダイに、オレはどう答えていいかわからない。
行けるものなら、行かせてやりたい。オレはいい。でもレオナや、世界がそれを許さないだろう。
生きた神話、この世に顕現した勇者、全世界の守護神、勇者、ダイ。
「ねえ、次はどれを読めばいいの?」
書庫の本の前で、途方に暮れたように立ち尽くす。本が有り過ぎて、どれを手に取ればいいのかわからない、といった風情だ。
勇者にふさわしいのはこんな薄暗い書庫じゃない。
みなぎる陽光と、乾いた風、剣の重み、特殊な法術で編まれた服。
「今日は体育だっ! 外へ出ろ、ダイっ!!」
耐え切れず、オレは叫んだ。
「ええっ!?」
「いいから来いッ、こーんな所にいつまでもいたら、こっちまでカビが生えちまわぁ」
驚くダイの襟首をひっつかんで──オレの肩より高い位置にあるのが気に入らなかったが──オレとダイは外へ出た。
薄暗い書庫から急に外に出たせいか、眩しさにオレもダイも何度も目を瞬かせた。光に目が慣れると、鮮やかな色が飛び込んできた。
空の青、木や草の緑、花々が今を盛りと咲き誇るさまざまな赤や黄やむらさき。
目に麗しい庭園を抜け、殺風景この上ない練兵場へと向かう。
練兵場には当たり前だがパプニカの兵士達がいて、それぞれの隊に分かれて行動している。剣を打ち合う隊あり、柔軟体操している隊あり、行進の練習をしている隊あり。
オレ達が姿を見せると、兵士達は一様に驚いて道を開けた。
「これからダイの体育の授業をする。ケガしたい者は残っててもいいが、それ以外は全員隅っこに寄ってろ。文句があるならオレが聞く。……というか、見学してこれからの手本にしろ」
高飛車な物言いだ。ナメられてたまるか、という気持ちもある。背後でダイがはらはらと見守っているのを感じる。馬鹿野郎、これしきでうろたえてて師匠の相手が務まるか。
「よろしい。ダイ、こっち」
ざわざわと割れた兵士の海に率先して突っ込み、ダイをうながす。ダイは遠慮がちについてきた。貴様、それでも勇者なのか。
「誰か、ダイに剣……いや、木刀を貸してやってくれ」
兵士に向かって呼ばわると、はいと返事があって、一人の兵士がダイに木刀を手渡した。
「どうして木刀なの? ポップ」
木刀をもてあそびながらダイが聞く。
「おまえ、オレを再起不能にする気か? 木刀だってヤバイのに」
「ポップがオレの相手をするの!?」
「オレの他に誰がいる。ここにはヒュンケルもラーハルトもノヴァもいないんだぞ。ここの兵士達じゃおまえの手慣らしにもならん。よって、オレがやる」
このセリフはさすがに、兵士の群れを離れてから喋った。兵士達は全員ひとかたまりになって、興味深そうにこちらを眺めている。
「言っとくが、ダイは魔法禁止な。アバンストラッシュとか、必殺技の使用も禁止。オレが死ぬ」
「ポップは?」
「……オレが魔法封じられたらどうすんだ……」
どっと疲れたが、オレはダイから十歩ほど離れた所で立ち止まり、向かい合った。
「ふっふっふっ、この大魔道士に勝てるかな?」
右手でちいさな火の玉をつくる。
「……よおし。行くよ、ポップ」
ようやくその気になったらしく、ダイも不敵に笑うと剣を構えた。
「はッ!!」
オレ達は同時に息を発して、お互い技を繰り出した。
オレは先程のメラを投げつけ、ダイはそれをかいくぐって突進してくる。魔法使いに近接戦闘は厳禁だ。
オレはトベルーラで空へ逃げた。ダイには魔法を禁じてあるから飛翔呪文は使えない。が、ヤツのジャンプ力は侮れない。
空からイオラの雨を降らせた。可愛くない野郎だ、すべてキレイに躱しやがる。そろそろ一発でも当てないと危ない。
「……ベタン!」
一瞬でいい、ダイの足を止められれば。予想通り、ダイの動きが僅かながら止まったるその上に更に呪文を重ねる。
「イオラ!!」
命中!!
……したのだが、ダイはさしたるダメージを受けていないようだ。ニヤリとして木刀を持つ手をあげ、一気に振り下ろした。
「……くっ……!」
風圧だけで、オレの服が裂けた。その下の皮膚もぱっくり切れている。
「ダぁイっ!! なんてことすんだ、玉の肌にキズがついたぞ!!」
「それくらいならすぐに治るよ!」
「治る治らないの問題じゃねえッ!!」
ダイはますます楽しそうに攻撃を仕掛けてくる。
オレは防御光幕呪文を唱えた。
「……フバーハ!? ポップ、いつのまにそんな呪文を!?」
「オレを誰だと思っているうっ!!」
三年も経てば新呪文のひとつくらい覚える。
「さすが、大魔道士」
「自己申告だけどな」
避けた皮膚に回復呪文をかけ、次の手を考える。
いつまでも防御呪文の幕に隠れてるわけにもいかない。
距離を稼ぎ、地に降り立った。
「ダイ。面白いものを見せてやろう。目を剥いて、よーく見ろ」
オレは目ほ閉じ、集中し、右手に魔法力を集めた。
ダイは聞き分けよく見ている。
ちいさな火が、すぐに巨大な炎になる。それは、ある美しい伝説の聖獣に酷似している。
「……まさか!?」
ダイが驚嘆して叫んだ。
「そのまさかだ。カイザー・フェニックス!!」
火の鳥が優雅に翔んだ。ダイに向かって。死の飛翔。
「……げっ!?」
今度はオレが驚く番だった。
ダイは火の鳥のくちばしに指をかけ、ふたつに引き裂いた。かつて、オレが大魔王のカイザー・フェニックスを破ったときと同じ方法だ。
「しのぎ方を見せてくれてありがと、ポップ」
「ばかやろうっ、著作権を侵害すんなっ!」
「カイザー・フェニックスだってバーンの技じゃない」
「違うっ、ただ単にメラを進化させただけだっ」
言いながらギラを連発した。
しかしダイはあっというまに詰め寄り、ヒュンッと硬質な音を立てて木刀を振り回する
そのことごとくを、オレはなんとか躱した。
一通りの体術はアバン先生から仕込まれているる逃げるのには自信があったが、ここまで躱せたのは奇蹟に近い。
「やるねえ、ポップ」
>>>2003/6/26up