薫紫亭別館


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 ダイの目には明らかな称賛の色があったが、どう考えてもこれは余裕だ。自ら相手役を買って出た以上、せめて一矢なりと報いたい。
 シグマのライトニングバスターを真似て、せっかく近くに来てくれたダイの腹に手を当てる。
「……イオ!」
 イオラやイオナズンでなかったのは、生身の体に直接呪文を叩き込むのを躊躇ったからだが、それがどうやら仇になったらしい。
 左肩に、激痛が走った。ダイは多少よろけていたが、反撃に移るだけの力は充分残っていたようだ。木刀で肩の骨を折られたのだ、と理解するまでに少し時間がかかった。
「いつ……っ!!」
 肩を押さえ、うずくまった。油汗を流しながら、回復呪文を唱える。誰かの手が折られた肩にかかった。ダイの手だ。
「……ポップ。ごめん、ごめんね。ポップ魔法使いなのに、肉体は普通の人と同じなのに、つい、興奮しちゃって。……大丈夫? 大丈夫ポップ?」
 ダイは泣きださんばかりに目をまん丸くして、辛そうにオレの肩を撫でさすっている。もっとも、そこは既にオレの右手がかかっていたので、正確にはその手と二の腕あたりをさすっていたというのが正しい。
「……心配すんなよ。回復かけてんのが見えるだろ?」
 安心させるように言って、笑った。
 そうしていると呪文が効いて、本当に笑えるようになった。
「ほら、もう治った。触ってみるか?」
 ダイはそおっと、触れるか触れないか、という感じで肩を触った。
 指先で思い切って突付き、オレの顔を見て痛がってないのを確認してから、手のひら全体で舐めるように滑らせた。
「……な?」
 いつまでもそうしているダイに、左手を動かして言ってみる。ダイはへなへなとへたりこんだ。
「……良かったあ……このまま治らなかったらどうしようかと思った……」
「オーバーな。大体最初、風圧で切ったときはそんなこと言わなかったじゃないか」
「謝る。もう二度と言わない。こんなこともしない。ポップが稽古しようって言ってくれても、絶対しないよ」
「ダイ?」
 なんとなく、ダイの目に、奇妙な光がともっているような気がした。
「それよかダイ、おまえの方は大丈夫か? オレ、爆裂呪文を叩っこんだんだけど」
「ああ、あれならぜんぜんかんけーない」
 ……予想はしていたが、オレはいささか傷ついた。
「お見事でしたダイ様、大魔道士様っ!」
 戦闘が終わったとみて、兵士達がわっとオレとダイを取り囲んだ。
「どけ。ポップは疲れてるんだ。早く部屋で休ませなきゃ」
 いつかマーシャに見せた、あの冷たい能面の顔でダイが言った。忘れていた。ここのとこ、ずっと二人だけで過ごしていたから。
「そ、そうだなあ! オレ疲れたから、部屋戻って休みたいなー、っと。わ、悪いけど、そこ通してくれるかな!?」
 来たときとは正反対に、ダイが強気でオレが兵士達に気を遣っている。オレはへらへら愛想笑いをしながら、ダイの背を押し、そそくさと錬兵場を後にした。ふう。なんだってオレがこんなに申し訳ないような気持ちにならにゃいかんのだ。
 兵士の視線が痛かった。さっきの傷より痛いと思った。建物の影に隠れ、錬兵場が見えなくなってしまうと、オレはダイに気づかれないように、ちいさく息を吐き出した。

 ダイはぼろぼろになったオレの服を脱がせ、近場にいた召使いに湯を運んでくるよう言いつけた。
「気持ち悪いだろ? 拭いてあげる」
 戻ってきた召使いが湯と布を置いて去ってゆくと、ダイは湯に布を浸し、固く絞ってそう言った。
「……はあ」
 別に、無理に今拭いてもらわなくとも良かったのだが、なにやら有無を言わせない雰囲気だったのである。
「良かった。傷も無いね。傷跡残ったら大変だもんね」
「……そおかあ?」
 寝台にあぐらをかき、後ろを向いて背中を拭いてもらっていると、ダイが言った。
「そうだよ。せっかくキレイな体してるんだから、大事にしてもらわないと」
 背筋がぞっとした。
 な、なんか、ちょっとヤバイよーな気がしてきたんだけど。
「いい匂い。裸になると、とみにわかるね」
 うなじに顔を寄せてダイが言う。
「ダ、ダイ、もーいいから……ありがと、後は自分でやるよ」
 シーツを胸あたりにまでかき寄せ、さりげなく、オレはダイから遠ざかろうとした。
「え? だって……」
「いいの! オレがいいって言ってンだから、逆らわないの! 言うこと聞かないと、もー一緒に寝てやんないからな!!」
 そっちの方が良かったかもしれない。
「……それはヤだ。困る。ポップがいないとオレは安心して眠れない」
 あっさりと、ダイは離れた。
 まさかとは思うが、ダイがレオナとの婚約を嫌がっているのは、ダイがそっちのシュミを持っているせいじゃないだろうな。
 い、いや、その趣味があるなら、オレなんかもー何回襲われてるかわからない。チャンスは毎晩あったんだから。ここに来て何日経ったっけ? 三週間くらい経ったかな?
 オレはあくまで、母親が子供に添い寝するよーな気分でやってきたのだ。今さら路線変更されても、困る。ひじょーに困る。
「ポップ、風邪ひくよ」
 ダイがきちんと洗濯されたシャツをオレにかぶせてくれた。我にかえって、急いで前のボタンを止める。明日からはこれまで以上に厚着になる。きっと。
「……ヘンなポップ」
 誰のせいだよ、と怒鳴りたいのをこらえ、オレはひきつった笑顔を向けた。

>>>2003/7/11up


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