東の対のダイの部屋は明かりが消えている。
もう寝てしまっているのだと思い、オレはこっそり、泥棒みたいに窓から部屋に入った。
ダイは頭の上までシーツをかぶって眠っている。
息苦しくないのかよ。そう思いながら、オレは上っ張りの法衣を脱いだ。
ブーツと手袋も脱ぎ捨て、最後にシュッと音を立ててバンダナを解く。シャツの一番上のボタンをはずして、前をくつろげた。
「ほいほい、ダイ、ちょっとごめんよー」
ベッドに手をつき、シーツに潜り込もうとしたとき、
「……っ!?」
ものすごい勢いで引き摺りこまれ、押さえつけられた。ダイが完全に体の上に乗っている。
「ダイ、起きてたのか!? ……いいけど、そっからどけ! 重いだろうが!」
ダイは何も言わず、降りる様子もない。
「……くっ」
マズイ。身の危険を感じた。これは友人同士の友愛の表現を超えている。その兆候には気づいていたのに、素直にのこのこ帰ってきた自分がかなり情けない。
「……ポップ、今日、どこへ行ってたの?」
ダイが言った。抑えた声だったが、爆発寸前の溶岩のような激しさを感じた。
「どこって……別に。ヤボ用だよ。どこでもいいだろ? 悪いことしてきたわけじゃなし」
「関係あるよ! だって、ポップはオレの所に来たんだろ? ずっと側にいてくれるって、言ったじゃないか。それなのに、オレに黙って、勝手にいなくなって。ポップはここにいなくちゃいけないんだ。ここに、オレの側に。オレから離れるなんて許さない」
「だから、側にいるだろうが。何時間かちょっと留守にしたくらいで、問題を大袈裟にするんじゃねえ!」
暗くて、ダイの顔がよく見えない。掴まれた腕が、痛い。そうでなくとも乗っかかられて、自由に動くのは首と膝から下くらいだというのに。
「……ポップってば、非力だよね」
唐突にダイが呟いた。
「非力で悪かったな、普通だっての! おまえと比べたら誰だって非力になっちまう。わかったら、いい加減に離せって!!」
ダイは聞いちゃあいないようだ。
「その力で、よくオレに楯突けるね。ちょっと力を入れただけで、ポップの骨なんか簡単に砕けちゃうよ。木刀を使うまでもない。ほら、こうやって……」
「……い……っ!!」
オレは目を閉じ、痛みに耐えた。弱音なんか吐いてたまるか、ダイの大馬鹿野郎。
「……いい匂い」
今度は何だ。オレは思った。
「戦ってるとき……というか、ポップが怒ってるとき……なのかな? この匂いがますます強くなるんだ。ポップ、今、怒ってるんだね」
「あ……ったりまえだっ!!」
「うん。その調子でもっと怒ってくれる? ……傷つけてあげるから」
うっとりしたようにダイは言った。なんとなく、この後どうされるか見当がついた。経験は無かったが。
「ポップが男で良かった。男なら、こうしてつながっても赤ちゃん出来ないもんね。良かった、レオナと同じくらい、それ以上に好きな人が男のポップで」
「え……っ!?」
何かが引っかかった。
ダイはオレの体を引っくり返し、うつ伏せにさせると、見事に使う部分だけを露出させた。
オレは覚悟を決めた。
「ちくしょう、ダイ、やるんならさっさとやりやがれっ!」
「そのつもりだよ」
ダイは馬乗りになるようにオレの腰を抱えあげ、挑んだ。
「……あ……っ!!」
何もほどこされていない箇所に、ダイの、長大なものが入りこんでくる。その部分が傷つき、避けるのがわかった。ぬるついたものは、血だろう。
「ダ……イ……」
傷つけてあげると言っただけあって、ダイは好き放題にオレの中で動いている。オレは顔だけをなんとか煽のかせて、ダイを睨みつけた。
「ポップ」
ダイは面白そうに背中に覆い被さり、オレの目を覗きこんだ。口もとには、あまりタチのよくない笑みが浮いている。
「その目。ポップのどこが好き、と聞かれたら、きっとその目って答えるよ。黒く濡れて、いつだって光を失わない。何をしても、ポップは揺るがないんだって思うと……安心する」
「勝手なこと言いやがって……!!」
吐き捨てるようにオレは言った。
「うん。ごめんね」
言いながら、それでもダイは腰を使っている。オレがごめんね、の言葉ひとつで許してしまうのを知っていて、わかっていて、それを言うのだ。そうしてオレはどんな理不尽なことをされても、反抗する気をなくしてしまう。悪いヤツだ、コイツは。
「は……あ、あっ……」
ダイを受け入れているそこは、もう既に麻痺して間隔がない。痛みがないのはありがたいが、その痛みすらないと、本当に使われている、という気がする。
知らず、涙が頬を伝っていた。
目聡くダイが見つけて、流れる涙をひとしずく舐め取った。
「ポップ。好きだよ……」
そう言うダイの声を、オレは夢の中の出来事のように遠く聞いていた。
※
目覚めは緩やかに訪れ、足の間にあった不快感は綺麗に拭き取られ、シーツも糊の効いた清潔なもので、あまりの爽やかさに、オレは昨夜のことは夢だったのかと思ってしまうところだった。
この、全身に感じるけだるさを除けば。
「おはよう。……ポップ」
首を曲げて声の方向を見ると、ダイが窓際に座って、書庫から持ってきたらしい本を読んでいた。
太陽はもう中天にさしかかり、昼が近いことを告げていた。
オレはぼんやり起き上がり、昨夜、傷つけられた個所に回復呪文をかけようとした。……が、ダイに止められた。
「だめ。……だって、オレがつけた傷なんだよ。試合でつけた傷じゃないんだよ。ポップが好きで、どうしようもなくて、つけた傷なのに」
「………」
ベッドサイドに来たダイを無視して、オレは無言でまた横になった。口を効くのも億劫だった。
「……ポップ。怒ってるの?」
恐る恐る、ダイが聞く。自分が何をしたかわかっていて、こう言うヤツも珍しいだろう。
「ねえ」
怒ってはいない、と思う……ただ、泣きたいような気分だ。
「疲れてるんだね。回復も使わせなかったし。……ごめん、ポップ。こっち向いて」
ダイはオレの上にかがみこみ、キスをした。オレは抗わなかった。
「……っ?」
口の中に広がる血の味。ダイが、自分の唇ほ噛み破ったのだと知れた。
「ダイ……?」
「竜の騎士の血だよ。そこらへんの薬より、遥かに高い強壮効果があるんだ。これを飲んだから、回復呪文を使わなくてもすぐに良くなるよ。さ、もう少し眠って。オレはここで自習してるから」
ぽんぽんと、寝かしつけるように枕を叩いて、ダイはまた窓際に戻った。オレはそれを目で追って、昨日から引っかかっていたことを聞いてみた。
「……なあ。ダイ。おまえがオレを好きなのは、オレが男で、子供が出来ないからなのか……?」
単に子供嫌いなわけでは、多分ない。
ダイは一瞬きょとんとして、
「うん。……それもある。けれど、それだけが理由じゃないよ」
オレの目とか性格とか、……いい匂いだとか、それらを全部ひっくるめてオレが好き、ということだろう。
そして、その匂いの正体にもオレは気づいてしまった。
さっき、ダイの血を飲まされたときにわかった。
ダイの血は恐ろしく芳醇な、今まで嗅いだこともないような薫りがした。
そしてその血は、オレの中にも流れているのだ。
ダイの親父さんから、与えられた竜の騎士の血。その血でオレは生き返った。
竜の騎士の血は今もオレの体を巡り、より濃い血を持つダイの興味を惹きつけた。
いい匂いの正体、それは、同族の匂いだ。
ダイは無意識に、オレに家族を見ているのだ。
そして、ダイは多分、絶対にこう考えている。
竜の騎士は自分をもって絶えるべきだ。自分が家庭を持てば、その子にも、連綿と受け継がれてきた戦いの宿命を手渡すことになる。だからダイは結婚しない。どんなにレオナを想っていても。
女である。それゆえに、レオナが。
ダイと結ばれることは永遠に……無い。
>>>2003/8/8up