薫紫亭別館


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「ダぁイっ、社会見学に行こうぜっ」
 オレはそう言って、朝早く街へ繰り出した。
「たまには外に出ないとカビが生えてきちまうもんなあ。オレもここ来んの初めてだけど」
「すごい活気だね」
 オレがダイを連れてきたのは、あっちこっちから商人や怪しげな物売りが集まるバザールだった。
 かなり大きな市で、道の両脇にぎっしりと、色んな店がひしめきあい、それがずうっと遠くまで続いている。
 店のおっちゃんおばちゃんの掛け声や、走り回る子供達の笑い声、お客さんの品定めをする声、それらがざわざわと一緒くたになって、耳に飛び込んでくる。
 地味な目立たない服に着替えたオレ達は、その喧騒に埋没して、ただの旅人か観光客のように見えるに違いない。
「おばちゃん、そのトマトちょうだい」
 オレはある野菜を取り扱っている店で、真っ赤に熟れたトマトを二個買い、一個をダイに手渡した。
「あー久しぶりの丸ごと野菜。チェスタトンの料理もうまいけど、こういうのもいいよなー。 ダイ、なんか欲しいもんあったら言えよ。少しくらいなら、金、あるから」
 パプニカおかかえ顧問教師としてはみみっちい話だったが、使い慣れない大金を持っていても落ち着かない。
 オレってばやはり小市民だと思いながら、まあこのくらいが分相応だと考える。
 ダイはある店の前で立ち止まり、座りこんだ。
「気に入ったのあったのか? ダイ」
「うん……これ、レオナにいいなあと思って」
 そこはどう見てもぱっちもんくさいいかがわしいアクセサリー屋で、とても女王に献上するにはふさわしくなかったが、ダイがその気になってくれた、というのは嬉しい。オレはほくほくして隣にしゃがんだ。
「いいんじゃないか? おまえ、ほとんど城……じゃない、家から出ないワリには趣味いいなあ。うん、それならレオナ喜ぶと思うぜ」
 ダイが手に取ったのは、すずらんらしき花をかたどった銀細工(のニセモノ)で、裏にピンがついていて、どうやらブローチらしかった。その本命を手に持ったまま、一応他のアクセも物色しているようだ。
 オレも、マァムの為に指輪を見た。指のサイズってどれくらいなのかな……スリーサイズなら把握しているのだが。と、オレはマァムにぶん殴られそうなことを考えた。
「兄ちゃん達、彼女にかい? いいねえ、若いってのは。安くしとくから、ゆっくり見ていきな」
 店主が痩せた外見とは裏腹に、意外と野太い声でオレ達を冷やかした。オレが照れて苦笑いしていると、
「ポップにはこれだね」
 いきなり、ダイが言った。
 手に緑色の石のついた首飾りを持っている。
「似合うよ、きっと。ちょっとしてみてくれる? アバンのしるし外して。ポップってば男だから、なに贈ったらいいか迷うなあ。でも首飾りなら服の下に隠れるし、いいでしょ?」
 店主が世にも奇妙な生物を見るようにオレ達を見た。
 しかし、商売柄慣れているのか、騒いだりはしなかった。
「あ、あんたら、そーいう人達だったのか。まあ、世の中には色んなヤツがいるもんだしな、恥ずかしがるこたないぜ。そういう人種がこの店に来たの初めてじゃないし」
 そういう関係じゃねえっ!!
 怒鳴ってやりたかったが、オレは金魚のように口をぱくぱくさせたまま、言おうにも声が出てこなかった。
「ポップ?」
 オレはダイを連れてダッシュでその店を出た。
 ダイをひと気のない路地に連れ込むと、オレはようやく怒鳴ることが出来た。
「あ……あほかっ! 変なこと言い出すんじゃねえっ!! もういちど人前でンなこと言ったら、絶交だかんなっ!! わかったか!?」
 ダイは不承不承うなずくと、
「うん……わかった。でも、どうしよう? コレ持って来ちゃったんだけど」
 ダイの手にはしっかりとブローチと首飾りが握られていた。
 オレはその場にへたりこんだ。
「こ、この大魔道士ともあろう者が、万引きの片割れ……くそお、ダイ、全ておくえが悪いっ。しょーがない、もう一回行くか。あ、オレ顔出さないから。ダイ一人で金払ってこい」
 オレは顔を隠して立ち上がった。そして走った道をとぼとぼと戻り始めた。屠殺場へ引かれる牛のよーな気分だった。
 幸い、すぐに戻ったので店主は怒らないでいてくれた。どころかさもありなん、とわかったような顔をして、代金までまけてくれたらしい。なんだか更に泣けてきた。
 ダイは夕食の席でレオナにそれを渡し、レオナはものすごく嬉しそうに、礼を言うと早速ブローチを身に付けた。
 その後の報告で、オレはレオナに今まで言えなかったことを言った。
 つまりダイが、レオナと……オレについてどう思っているかについて。
 レオナはさすがにショックを隠せなかったようだったが、ダイのブローチが緩和してくれたのだろう、あいまいに微笑むと、オレには何も言わずに退出していった。
 以前ほど気が重くはなかった。
 ダイがこの後どういう行動をとるにせよ、ダイは間違いなくレオナも好きで、永遠にプラトニックでも、うまくゆくかもしれないからだ。
 そうすれば、オレとマァムもうまくゆくだろう。一方の友人達を尻目に自分達だけが幸せになるのは申し訳なかったが、遠慮して、何もしないのも嫌味だと思うし。
 オレはダイに内緒で、本物の指輪を購入した。
 婚約指輪のつもりだった。渡すのには細心の注意が必要だろう、色んな意味で──が、なんとなく、持っているだけでも、気持ちが大きくなるような気がする。
 指輪は、ほとんど戻らなくなった自室の書斎机の、カギのかかる引出しに保管することにした。
 もう少し、ダイの様子を伺いながら、折りをみて、マァムに渡しに行こうと思う。
 しかし悠長に構えているヒマはなかった。ほどなくオレは、業を煮やしたパプニカの重鎮達が、オレの解雇を要求しているのを知った。

>>>2003/9/6up


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