薫紫亭別館


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 ニナがオレを書庫に呼びに来て、慌てて謁見の間に駆けつけるオレの耳に、レオナと誰かわからぬ重鎮達の声が、廊下にまで洩れ聞こえてきた。
「ポップ君には私の要請でここに来て頂いたのです。こちらの一方的な都合で解雇することなど出来ません」
「しかし、大魔道士様がいらっしゃるから、姫とダイ様との仲がうまくゆかないのです。この際、報酬を差し出して、お引取り頂いては……」
「お黙りなさい! 何という物の見方をするのです。お金で解決するしないの問題ではありません」
 かばってくれるのはありがたいが、このままではレオナまで王宮で孤立してしまう。
 それだけは避けなければ。
「大丈夫っス! オレ、婚約してるしっ!!」
 オレはノックもせず、扉を開け放しざま叫んだ。
「オレとダイとは、えーと、よくある少年期の気の迷い……つーか何つーか。とにかく、大人になれば自然消滅するたぐいのモノなんっス。じゃない、です。だから心配はいらないです。証拠に、ダイはこないだ、レオナにブローチを贈ってましたっ」
 レオナの胸には今日もそれが輝いていた。
 オレも首飾りを貰ったわけだが。オレの所持金で。
「ポップ君、婚約って、本当……?」
 レオナが何故か不安そうに問い掛けた。
「え。あー……ま、まだ正式に決まったわけじゃないけどさ、あちらさんもどうやらその気になってくれてるようだし、あ、あちらさんってのはマァムの事だけど、指輪も買ったし、後は渡してくるだけってカンジ」
 オレは走ってきたせいで、まだはーはーと喘ぎながら答えた。案内してくれたニナは、召使いらしく部屋に入ることは遠慮している。
「ちょっと。みんな、悪いけど私とポップ君だけにしてくれる? この事は召集をかけるから、後でもう一度話し合いましょう」
 レオナはそう言って、重鎮達をほとんど追い出すようにして退がらせた。
 レオナは窓の近くに立ち、オレに背を向けたまま何事か考えているように見えた。オレはその辺にあった椅子に勝手に腰かけて、どこかぴりぴりしているようにも見えるレオナが口を開くのを待った。
「ダイ君は……?」
 ようやく何か喋ったレオナに、オレは少しばかりほっとして、
「書庫にいるよ。自習させてる」
「違うわよ。馬鹿ね。ダイ君はキミの婚約のことを知っているのかってこと」
 レオナはオレを振り返りながら言った。
「し……知らない、と思う。指輪も内緒で買ったし、オレがマァムのとこに行ってたことも結局言わなかったし」
 言えるはずがない。ダイのあの剣幕を見ていれば。
「……そう。じゃ、一刻も早くその指輪を捨てるか、もしくは今すぐロモスに行って、マァムに渡していらっしゃい。マァムでもメルルでもどっちでもいいわ、そして二度と戻ってこないで」
 突然のレオナの言い草にオレはぎょっとして、
「お、おい。いきなり何言い出すんだよ。なんだってそこまで話が飛ぶんだ?」
「いきなりじゃないわよ。どうしてキミって、自分のことにはそうニブいのかしらね」
 レオナは困ったように苦笑して、話し始めた。
「ダイ君の気持ちが気の迷い、だなんてよくも言えたわね。あなたがマァムと婚約すれば、ダイ君はあなたを殺すわよ、間違いなく。いいえ、殺されるのはポップ君じゃなくて、マァムかもしれない。好きな人を不幸にしたくなければ、婚約を諦めるか、マァムの所へ行って二度とここへ戻ってこないか、そのどちらかしかないの」
「だ……だからどーしてダイがオレを殺さなきゃならないんだよ。そんなことあるわけねーだろうが」
 そんな雰囲気は感じないでもないが。まさか、そこまで。
「あるわよ」
 レオナは断言した。
「ダイ君はキミが好きなのよ。私より誰より、ポップ君が好きなの。好きな人が他の人とくっつくなんて、許せないタイプね……私と同じ」
 レオナは自嘲するように言った。オレは呆然として、
「そ、そんなことない……、だろ。ダイはレオナが好きだよ。そりゃオレも気に入られてはいるみたいだが、それはオレの意志とか心とかは関係ない、身体的な理由で……」
「それを差し引いても、ダイ君がキミより私を選ぶという根拠はどこにあって? ……私は、無いと思うわよ。この三年、ずっとそばにいたんだもの。キミと離れて、ダイ君がどんどんおかしくなっていって、それでもキミの邪魔をしちゃいけないとここに残って。私は……何も出来なかった。見ていられなくなったから、キミを呼んだの。キミがいれば、元のダイ君に戻ってくれると思ったから」
 くるりとレオナは一回転して、
「元のダイ君に戻ったら、余裕が出来てまた私のことを気にかけてくれると思ったから。実際、その通りだったわ。ダイ君、私にブローチを贈ってくれたもの」
 レオナは胸もとのそれをそっと押さえた。嬉しそうに、悲しそうに。
「こんなもの貰ってもどうにもならない。ダイ君が好きなの。婚約は異性でないと出来ないんだから、それだけが私の強みだったのに、そのせいでダイ君は私を振り向かない」
「………」
「うらやましいわよ、ポップ君。私、王族でさえなかったら、避妊手術を受けてでもダイ君と結婚したかったわ。……でも、もういいの。キミはもういらないから、好きな所へ行って、幸せになってちょうだい」
 レオナは泣きながら笑った。笑っているのに泣いている顔は恐ろしくグロテスクで、とても悲しくて、見てはならないものを見てしまったのだと思った。
 オレは無言で退出した。
 かけるべき言葉が見つからなかった。
 廊下にはまだニナが控えていた。さっきの会話が聞こえていただろうに、けなげに頭を下げ、廊下を逆に戻ってゆくオレを見送っていた。明日あたり、またチェスタトンが三時のおやつに呼んでくれることだろう。
 オレは書庫に戻り、思わず、大人しく自習していたダイを後ろから抱きすくめた。
「どうしたの、ポップ? ポップの方から抱きついてきてくれるなんて」
 ダイが本を置き、無邪気に聞く。力ずくでオレを征服した男。どうして、レオナじゃいけなかったんだろう。
 そんなことはわかっている。が、考えたくなかった。
 オレは前に回り、ダイの膝に乗り、自分から口づけた。
「ポップ……?」
「ダイ。オレを抱いて。力いっぱい。背骨が折れるくらい」
 ダイはオレの願い通り、オレをきつく抱きしめてくれた。骨が折れるほどではなかったが、胸が圧迫されて、呼吸が苦しい。それは、今のオレにはふさわしいように思えた。
「ポップ。どうしたの、ねえ……」

>>>2003/9/16up


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