オレの動揺がダイにも伝わっている。オレが揺らぐと、ダイも揺れるのだ。しっかりしないと。でも、どうしたらいいかわからない。
「……ダイ。少しだけ、オレに時間をくれ。何日か、何週間か……それはわからないけれど、きっとここに帰ってくるから。約束する」
一人になって考えたかった。プラトニックでもうまくいくかもなどという、自分の甘さが歯痒かった。
「イヤだよ! ずっとここにいてよ!!」
抱く腕にダイは更に力を込めた。とたん、奇妙な安心感に包まれた。このまま死んでもいい。オレを抱きしめているこの腕の温もりだけが真実、この暖かさを感じながら、このまま死ねたらいい。
「頼むから。ダイ」
子供に言い聞かせるようにオレは言った。
そう言うと、ダイの目に不思議な光がともり、次の瞬間、ダイは我が意を得たりとばかり……笑った。
「……じゃあ、その足を、ちょうだい」
ダイはいつも腰に下げているパプニカのナイフを引き抜き、オレに見せた。
オレは驚いてダイを見上げた。
「帰ってくるって約束してくれるんでしょ? 約束のしるしに、その足をちょうだい。ポップが戻ってきたら、もう二度とどこにも行かないで、オレのそばにいてくれるように」
ダイはオレとナイフを見比べながら言った。明らかにダイは以前からそう考えていて、ただ実行に移せずに来たのだ……と、オレにはわかった。
「……いいだろう。それで、オレの足の腱を切れ」
死んでもいいと思った後だ。足の一本や二本、失くしたところでどうだというのだ? ましてや、それがダイの望みだというなら。
オレはブーツを脱ぎ、裾をたくし上げた。
「本当にやるよ。いいんだね?」
「……いい。早くやれ。余り長引かせるな、意気がくじける」
ダイはオレを机に座らせ、一本ずつ足を持ち上げると、ナイフを足首に押し当てた。ひやりとした感触に、思わず足を引きそうになったが、
「動かないで。動くと手もとが狂うよ」
嬉しそうにダイが言った。ダイには嬉しいことなのだろう、だがオレには。
今までは気づかずにいたダイの狂気。
「……くう……ッ!!」
激痛が走った。
一気にナイフが引かれ、一文字に切り裂かれた傷口からどくどくと血がしたたった。なまあたたかい、鮮やかな血の色。いずれ、どこかの動脈が切れているのだと思った。
「もう片方」
ダイは容赦なくもう一方の足も切り裂き、うっとりと手で血を受け止めた。
ベホマではすべて治してしまう。下級の回復呪文をかけながら、なんとか血を止めようとした。
「ダイ、頼むから、医者を……っ!」
「待って。その前に……」
ダイの手が下衣にかかった。
「ダイ!?」
ダイはまたたびを与えられた猫のような顔をしていた。オレの中の竜の血が外気にふれ、匂いを発し、ダイを恍惚とさせたのだ。
「嫌だ、ダイ……っ!!」
聞き入れられるはずがなかった。オレは手当てもされずにダイを受け入れさせられ、そのまま気を失ったようだった。
※
書庫でも、ダイの部屋でもなく自分の寝室でオレは目覚めた。
かたわらには見たこともない老人がいて、その後ろに、ニナが心配そうに立っていた。
「おお起きたな。起き上がれるようなら、座って何か食べなさい。かなりの貧血状態のはずだ。現場を見せてもらったが、血の海じゃったよ。何故自分で回復しなかったのかね?」
老人はものすごい早口でまくしたてた。白衣を着ていることから、この人がオレを手当てしてくれた医者なのだろう。ニナは食事を取りに部屋を出ていった。
オレはベッドに半身を起こし、
「ありがとうございます、えーっと……ドクター。傷の具合は……」
「儂ゃナルドっちゅー医者じゃ。ふん、手術は成功したがね、あんた、もう二度と歩けるかわからんよ。なんたって骨が見えるほどの傷だったからな」
それほど深い傷とは思わなかった。
「解せんのは、あんた……抵抗しなかったんじゃないかい?」
その通りだ。オレは逃げなかった。
「そうとも考えんと説明がつかん。どこにも引っ掻き傷ひとつなかったし、服も綺麗なモンだったしな。その後のことは知らんが」
ダイに乱暴されたことを言っているのだろう。皆に知られていることとはいえ、その後始末を他の第三者にしてもらったというのはいい気持ちではない。オレき真っ赤になってうつむいた。
「恥ずかしがらんでもいい。ご覧の通り、枯れたじじいだ。医者じゃし、そんな傷なんか見慣れとるよ。自分がやられるのはごめんじゃけどな」
頭のてっぺんがだいぶハゲてきた初老の医師は、言いにくいことをズケズケ言った。余りにもはっきり言うので、却ってそれがすがすがしかった。
「はあ。ありがとうございます」
苦笑しながらオレは礼を言った。礼を言うのも何かおかしな気がしたが。
医師は城近くの診療所から来ていて、レオナが幼い頃からの主治医だということだった。奥医師、というヤツだ。それがなぜ診療所なぞを開いているのかは謎だったが。ナルド医師は痛み止めの薬を残し、ここ何日かは毎日診察に来ると言い置いて帰っていった。
「ダイは?」
ニナが持ってきてくれた粥を口に運びながら、オレはニナに聞いてみた。
「自室で謹慎していらっしゃいます。さすがに、反省されたのでございましょう」
苦々しげにニナは答えた。
「ふーん。殊勝だね」
それは違う、とオレは思った。ダイは、やっとオレを自分のものにして、逃げないとわかったから安心して部屋に篭もっているのだ。わざわざ外へ出て好奇と非難の目ら晒されるより、ダイには楽なことだろう。
ニナが食べたあとの皿を持って退出してしまうと、オレは座ったままの格好で浮き上がり、クロゼットに手を伸ばした。
足を使わずとも空中を飛べるというのはいいことだ。魔法使いで助かった。
苦労して服を着替え、隣の書斎に移る。机の引き出しから、指輪を取り出す。
足と引き替えに、手に入れたほんの少しの猶予、オレは決断しなくてはならないだろう。
すなわち、
ダイか──マァムか。
>>>2003/10/5up