次の日もその次の日も、ダイはレオナに質問した。
ポップはどこへ行ったの?
ポップはいつ戻ってくるの?
レオナはなんとかしてその質問を躱しながらダイをごまかすことに成功していた。
しかしマァムとしては、いささかはがゆい気分を抑えきれなかった。
ポップを失った悲しみは同じなのに、ダイだけがその重荷を背負わず、無邪気にレオナに負担をかけている。許せなかった。
「……こっちへいらっしゃい、ダイ」
マァムはダイをうながして、神殿に入った。
マァムは所用でパプニカに来たとダイには説明されている。
このもっとも奥まった゜神殿の地下に、ポップの遺体は安置されている。
火葬まで、あと三日ほどあった。
「よくいらして下さいました。マァムさん、ダイさん」
ポップの母親が、遺体のそばにつき従っていた。
しぼみかけた百合の花をあたらしいみずみずしい花に取り替えて、もう一度きれいに化粧を直してやっているところだった。
「……お邪魔します。おばさま」
ポップの母親がいるのは予想していた。
「お焼香させてもらっていいですか?」
マァムは言った。
「もちろんです。あなたのような可愛らしいかたに焼香していただけるなんて、あの子もなんて果報者でしょう。きっと、あの子も喜びます」
ポップの母は始めの日は泣きはらしていたのだが、今はかなり落ち着いているように見えた。これが、正しいありかたなのだとマァムは思った。
「あれー? ポップのお母さん、どうしてここにいるんですか?」
突然ダイが大声を出した。
「え……?」
「お、おばさま。ごめんなさい、今ダイ動転してて。すみませんが、私とダイと、ポップの三人きりにさせていただけませんか。お願いします」
ポップの母は心外な、というようにむっとしていたが、マァムの真摯な想いが伝わったのだろう、やがて終わったら呼んでくださいね、と言い置いて出ていった。
「どうしておばさんを追い出しちゃったの? マァム」
マァムはダイをひっぱたいてやりたい衝動にかられた。
「……ダイ。あんたの目はふし穴なの? この、真っ正面に横たわっているポップが見えないの!? ポ、ポップはねえ、死んじゃったのよ!! わ、私だって認めたくないけど、本当なんだからしょうがないじゃない。ずるいわよ、ダイ。私だって、狂おうと思って狂えるものなら、ダイみたいにポップは生きているんだって思いたかったわよ。でも、しょうがないじゃない。ポップは死んじゃったんだもの……!」
マァムの声は少しずつ大きく、叫びだすようになった。
マァムは涙を流しながら、しゃくりあげながらダイへの不満を爆発させた。
「あんたみたいにカンタンに、あっちがわへ行けたらさぞ気持ちがいいでしょうよ! でもその代わりに、レオナがどれほど苦しんでるのかわかってるの!? いいえ、レオナだけじゃないわ。私も、三賢者も、お城の者すべてがあなたに気を遣って、ポップの死にふれないようにしてるのよ! ……そうよ。みんなよ。あなたひとりのために、みんなが迷惑してるのよ……!!」
マァムが怒りにまかせて話すのを、ただ黙って聞いていただけだったダイが、初めて口をひらいた。
「……ごめん。よく聞こえなかった。もう一度言ってくれる?」
「ダイ……!!」
嘘を言っているようには見えなかった。
ダイには、本当に聞こえなかったのだ。
このとき、マァムはダイに何を言っても無駄なことを知った。
マァムはよろめきながら、
「……いいのよ。私が馬鹿だったわ。お城へ帰りましょう、ダイ。もういいの。ごめんなさい」
出てきた二人をポップの母親がむかえた。
マァムは疲れた顔をして、ダイは対照的に元気いっぱいですれ違うときには会釈さえよこした。
しかし、ポップの母親がいぶかしく思ったのは、もちろんダイの方だった。
※
雲ひとつない蒼天の日に、ポップの火葬は行われた。
小高い丘の上に乾燥した木がやぐら状に積まれ、その中心に花や、愛用の身のまわりの小間物とともに遺体がうやうやしく置かれた。
ポップの父親が火をはなった。
こういうものは、あるじや友人などより肉親が優先される役目だからだ。
青い空を朱にそめて、ポップのからだは灰になっていった。
ショックから立ち直りつつあった母親や、ポップのたばねていた魔道士の塔の魔法使いたち、直接面識はなくとも勇者パーティのひとりとしてポップを慕っていた者どもが、国中から集まってきて悲嘆にくれながら立ちのぼる煙を見ていた。
レオナ、マァムはもちろん、カール国王として正式に弔問に訪れたアバン、遠国からかけつけたヒュンケル、ラーハルト、ヒムやクロコダインといった面々もこれに列席していた。
ダイは……、出席していなかった。
「昨日からなんかおなかが痛いんだ。だから、オレは行かないよ。どんな重要人物の火葬か知らないけど、みんなが行くのなら、オレひとりくらい行かなくたっていいでしょ?」
ダイはそう言って出席を拒否した。
レオナは何も言わずにうなずいた。マァムも……もう、そしてほかの皆も、ダイを無理に出席させようとはしなかった。
ダイの悲しみ、ダイの絶望、それゆえの現実拒否、それはポップとともに過ごしたことのある者ならば、我がことのように思われることだったからだ。
「いつまでもこのまま……とはいかないだろうが、いつかはダイも気づくだろう。ポップがもう帰ってこないことに。そのときは、姫……そしてマァム、お前がダイの面倒をみてやってくれ。一番ダイのお守りをしていたやつはいなくなってしまったからな」
ヒュンケルが二人を見て言った。
あんな状態のダイを残していくことに、抵抗がなかったわけではない。
しかし、ここにいることはヒュンケルにはいたたまれなかった。
ポップとダイの結びつきはよく知っていたつもりだった。しかし、その片割れが永遠に失われたとき、残された片方の気が狂うほどダイがポップを求めていたとは知らなかった。
自分が逃げているのを自覚しながらヒュンケルは言った。
「大丈夫だ……ダイはそんなにヤワではない。すぐに元に戻るさ。今は混乱してああなっちゃいるが、いつかはお前達のもとへ帰ってくるだろう。心配はいらん」
気休めだとは、わかっていた。
その夜。
パプニカに集ってきた昔の仲間たちは今夜は泊まって明日帰ることになっていた。
レオナは皆が寝静まってから、そっと……ダイの部屋をたずねた。
部屋は空っぽだった。
今日も、ダイはポップの部屋にいるのだろう。
レオナはダイの寝台の枕の下に、美しく刺繍された小袋をしのばせた。
「ダイ君……これを、ここに置いていくわ。面と向かって渡せる勇気は私にはないの……ごめんなさい」
ちいさくつぶやくとレオナはそそくさとダイの部屋を出ていった。
ダイなら、中をあければそれが何かわかるだろう。
それはダイのたゆたっている非現実に、終止符を打つほどの威力を秘めたものだった。
>>>2000/11/23up