── メルル ──
「……あれは本当に大魔道士さまでした。あの方は、生きて、冥界からお戻りになられたのです!!」
「本当です。私も見ました。チラッとでしたが間違いありません。……私は、恐ろしい。私は大魔道士様の火葬を見ました。あの方の遺体は燃やされて灰になってゆかれた……はずなのに、神よ! あの方は生きていらっしゃる! 大魔道士様は死すら乗り越えられたのですか!!」
兵士たちは口々に叫んだ。
「……これだものね。日頃の厳しい態度はどこへやったのかしら」
マァムがすがめた目で言った。
「オレにはわかる……いや、見た者でないとわからん。あれは確かにポップだった。オレが保証する」
「やめてよ。クロコダインまで」
他言無用と言いつけてマァムは兵士を帰した。
部屋にはマァムとレオナ、クロコダインとヒムが残った。
「それでは、またダイ君を見失ってしまったのね?」
硬質な声でレオナが言った。
二人ははっとしてレオナを見た。
「……そう。やりなおしね、始めから」
レオナは人形のようだった。
その無表情な顔からは、何を読み取ることもできなかった。
「レ、レオナ。ヒムもクロコダインも一応は見つけたんだし……」
「怒ってはいないわよ、マァム。ふたりとも時間をさいて協力してくれたんですもの。……もっと違うことを考えてたの。ヒムもクロコダインも、ダイ君さえもあざむいたポップ君のニセモノのことを」
それきりレオナは口をつぐんだ。じっと考えこんでいるようだった。
……そして、メルルが呼ばれた。
「お久しぶりですレオナ姫。皆さんも」
つややかな長い髪をゆらしながらメルルは部屋に入って来た。
闇色の瞳はいっそう深みを増し、彼女をさらに神秘的に見せていた。
「あいさつはいいわ、メルル。よく来てくれたわね。……ポップの葬儀には来なかったのに」
レオナが言った。
とくに皮肉を言ったわけではなかった。それは事実だ。
メルルにもパプニカから迎えがやられたが、彼女は辞して来なかった。
「ご用件は何でしょう?」
メルルは艶然とほほえんだ。マァムはダイよりもメルルを憎んだ。
この女の態度はなんなのだ。
この女は自分より先にポップの良さに気づき、恋こがれていたはずではなかったか。
「ちょっと……」
「用件はふたつよ。……秘密にしていたけれど、ダイ君が出奔してしまって行方不明なの。その行き先と、ダイ君と行動を共にしている者の正体をお願い」
マァムをさえぎるようにレオナは言った。
「はい」
ここはレオナの私室のひとつで、今は人払いをして誰も近づけないようにさせていた。
メルルが占いの用意をするのをレオナとマァムは正面から、ヒムとクロコダインはちょっと離れたところから小さくなって見ていた。
「どうぞ」
メルルは燭台を手渡し、レオナにダイを思いうかべながら火を落としてくださいと言った。
マァムには覚えがあった。ダイの力でも折れない最強の剣を探し求めていたときだ。
火は占い布の上を這い、ひとつの言葉をつづった。
「……テラン!?」
レオナとマァムは同時に叫んだ。
「どういうことよ、メルル!」
マァムが食ってかかった。
ダイを見失って二日あまり、テランにいるというならメルルが会っている可能性は高い。
「私は使いの者に呼ばれて来ただけ。用件は今ここで伺ったんですもの、怒られる筋合いはありませんわ。おふたりは私の家でゆっくりくつろいでいらっしゃいます」
「それなら早く言いなといよ!」
「拝観料をいただかねばなりませんもの」
どこまで本気かわからないメルルの言葉だった。
「拝観料ははずむわ。だからまどろっこしい事はせずに答えて。……おふたりと言ったわね。それでは、本当にポップ君なの?」
ニセモノはメルルも騙したのだろうか。
「もちろんです」
メルルはすぐに答えた。
「あの人は生きていらっしゃるのにポップさんのお葬式をするなんて、私おかしくてたまりませんでしたわ。だから葬儀には来なかったんです。うふふ、そんな目で見ないでくたさいな。私は気が狂ってるわけでも、意地悪をしたわけでもありません。それに確かにあなた方にとってはポップさんはお亡くなりになったのでしょうから」
「どういう意味よ!」
マァムは叫んだ。悲鳴に近かった。
「それはまた違う質問ですわね」
「拝観料なら出すわ」
「わかりました」
メルルはポップの部屋へ連れていってくれるよう頼んだ。
レオナはこの成り行きを黙って見ているだけだったヒム達に、彼女と自分たちを塔の最上階まで上げてくれるよう頼んだ。
ポップの部屋に入るとメルルはうっとりとした表情で言った。
「……ここにはあの人の想いが残っています。あの人の想いと思い出が、机の上の鷲ペンの一本一本にまで残されている。この部屋はあの人が好きだったのね。あの人がこの部屋を愛したように」
塔の上の誰も入れない部屋。ポップとダイ以外は。
見晴らしが良くて風がいっぱい入ってきて大好きだと言っていた。
「いいから本題に入ってちょうだい。私、気が長い方では決してないのよ」
マァムが抑えた声で言った。
彼女は気が長いわけではなかったが、そう短くもなかった。
やはりポップの事で冷静さを欠いているのだとレオナは思った。
「……それでは始めましょう。私があの人の想いを代弁します。皆様はこちらの水晶玉に注目してくださいな」
メルルは水晶玉をていねいに台の上に置き、手をかざした。
皆はその周りに集まり、食い入るように覗きこんだ。
「──……」
メルルが少し念じただけで、すぐに玉の中に像が浮かびあがってきた。
ダイが眠っている。茶色い血まみれのシーツの上で眠っている。
レオナとマァムにはポップの葬儀の夜だとわかった。
「………!?」
ダイのとなりに誰かがいる。
寝台に座ってあやすようにダイの頭をなでている。
『困ったなあ……おいダイ、しっかりしろよ』
それはメルルの声ではあったが、まぎれもなくポップの口調だった。
『こんなきたねえシーツで寝るなって。起きろったら、起きろ!』
ぺしぺし頬をひっぱたきながら言った。
『うぬう。どっちが根性いれて寝てるんだ。まー仕方ねーけど……おちおち死ぬことも出来やしない。起ーきーろー!!』
一同は唖然としてこの光景を見つめていた。
ダイを叱っているのは俗に言う……幽霊で、その再現を皆は見ているのだ。
「お、おい……それじゃやっぱり、アレは幽霊だったのかよ!」
ヒムがうろたえて叫んだ。
「静かに!!」
一喝したのはメルルだった。メルルはそのまま術を続けた。
いつのまにか場面が変わっていた。
ダイは新しいいたずらを考えついた子供のような顔をして自分の部屋に戻り、荷づくりをはじめた。
「……ダイ君が出ていった夜ね」
レオナがちいさくつぶやいた。マァムは無言でうなずいた。
水晶の中のダイは荷をつくり終わり、ごろんと寝台に横になり……そして、あの袋を見つけた。
「遺骨の袋だわ」
ダイがその袋をあけるのを、皆もポップも痛ましげな表情で見ていた。
ポップは死装束の白ではなくいつもの緑色の法衣を着ていて、そっと……話しかけた。
『いいから……もういいから、オレの事は忘れろ。オレのせいでダイが苦しむくらいなら、忘れて幸せに生きてってくれた方がいい。それでもオレはこにいるから。ずっと……一緒にいるから』
その声が聞こえたかのようにダイは顔をあげた。
そして煩悶していたようだったが、やがて、
『……忘れたりしないよ』
と言った。
輪郭のぼやけていたポップがどんどん明瞭になっていった。
ポップ自身も驚いたようだったがすぐに平静を取り戻した。
『ポップ?』
『そうだよ、ダイ』
そこでメルルは映像を打ち切った。
しばらく皆は声もなく呆然としていた。自分の目が信じられなかったのだ。
が、やはり最初に口をひらいたのはマァムだった。
「……では、あれは本当に本物のポップなのね?」
「はじめからそう言ってます」
メルルはそっけなく答えた。
「私はあの人が生きているのを知っていた。ダイさんとの奇跡によってあの人が復活なさらなくても、たましいだけの存在でも私にはあの人を感じることが出来た。あの人はずっとここにいて、ダイさんとパプニカの行く末を見届けるのだと。……あなたにはわからなかったのですね、マァムさん。あなたがあの人を殺したんだわ」
ほとんど歌うようにメルルは言った。
「な、なにを根拠に!!」
そんなことがあるはずはなかった。
マァムはずっとロモスにいて、使いが来るまで何も知らずにいたのだ。
これがレオナならそうかもしれない……と、納得したかもしれないが。
「あなたはずっとダイさんに、ポップさんは死んだと思いこませようとしていたではありませんか。肉体の死ではないわ。それは精神の死。忘れなければポップさんは永遠に、私たちの中で生き続けるの。あなたは心の中でポップさんを葬ったわ。あなたなんか駄目よ、私の方がポップさんにふさわしいわ」
「お黙りなさい! 黙りなさいったら!!」
レオナはふたりの争いを黙って聞いていた。
もとよりヒムとクロコダインは部屋の壁いっぱいに後ずさって固まっている。
どちらの気持ちもわかる、と思った。
死んだのがもしポップではなくダイだったなら、王女としてマァムの生きかたを生き、ふつうの少女としてメルルのように思ったろう。
レオナは常にふたつに引き裂かれながら生きている。
「なにが精神の死よ! なにが幽霊よ!! 私は信じない、あれはポップによく似た別人よ。つかまえたらひどい目にあわせてやるんだから」
「信じられないのね、可哀想なマァムさん。あなたはそうやって空虚な生を生きてゆけばいいわ」
「あなたが勝手に見せた映像かもしれないわ!」
「やめなさい、ふたりとも」
おごそかにレオナが言った。
マァムとメルルは魔法をかけられたように口をつぐんだ。
王女の威厳に圧倒された、といった方が正しい。
「問題をはき違えているわ。ダイ君はあなたの家にいるのね? メルル。……その、ポップ君も一緒に。行けばわかるわ、何もかも。私も行くわ。メルル、案内してくれるわね?」
「お断りします」
きっぱりとメルルは拒否した。
また怒鳴りそうなマァムを制してレオナは言った。
「……何故?」
「あの人はとても不安定なんです。肉体は滅びているのですから当然でしょう? あの人の今の体はあの人のここにいたいという意志と、ダイさんのいてほしいという願いとで構成されているんです。あなた方のような少しでも疑っている人たちを連れていったら、きっとそれだけで消えてしまうわ」
「そんな──……」
ことがありうるのだろうか。
「それに、私とポップさんが心の底で通じあっていることはお知りでしょう? 私にはポップさんの思っていることがわかるし、私の考えていることもポップさんには筒抜けです。強く思うだけで私はポップさんに知らせることができる……今ごろは、テランからいなくなっている頃合いでしょうね」
メルルは笑った。あやしい美しい笑いだった。
「あなたという人は──……!!」
「いいでしょう。ではもう一度占ってもらうわ。どこに行けばダイ君に会えるの!?」
「教えるとお思いですか、レオナ姫」
「……そうね、無駄ね。では伝えてちょうだい。私はダイ君に会いたいの。会って話したいことがあるのよ。そのうえで旅を続けたいならそれでもいいわ」
「何を話すというのです」
「あなたには関係ないわ、メルル。たとえ引き受けてくれなくても占い師は他にもいるのだから、その者たちに頼むだけのことだわ」
メルルは事務的にうなずいた。
レオナも事務的にうなずき返した。
マァムだけが、したたるような憎悪をこめて彼女を見ていた。
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