── パプニカ 3 ──
一ヶ月あまり留守にしていたパプニカは随分と変わったような印象を受けた。
どこがどうとはいえない。
めっきり春めいてますます美しくなっていたが、どこか上っ面だけのような、うすっぺらな感じがした。
「そう思わない? ポップ」
「馬鹿」
ポップのつめたいセリフにもダイはもうびくともしない。
以前は少しはむッとして口をつぐんだり、呆れたりポップとはこーゆーヤツなんだと自分に言い聞かせたりしていたが、もうそんなこともない。
一ヶ月の失踪旅行は、体だけでなく心もつむいでくれたようだ。
「ポップさん!」
城についたとたん、メルルが飛び出してきてポップに駆け寄った。
「どうしていらっしゃったのです! 私の……姫のお話など無視されればよかったものを! ごめんなさいごめんなさい、私がパプニカに来たせいで」
「まあまあ、使者があの調子じゃ仕方ないよ。おいダイ、使者の再教育の件ちゃんとさせろよ」
「わかってるって」
メルルがポップにくっついていても嫉妬の感情は湧いてこない。
なんとなく、ポップの一部みたいなとらえかたがこの女性にはある。
得意なタイプではないけど、すべて知られているという恥ずかしさとあきらめの入り混じった安心感のせいかもしれない、とダイは思った。
「……ポップ」
メルルの後からマァムが来た。その目は驚愕と不信をたたえていた。
そして、もしかしたら……というありえない望み。
ダイはその視線から守るようにポップをかばってマァムの前に立った。
「ただいま、マァム。話があるっていうから帰ってきんだけど、レオナはどこ? 執務室?」
「待って。それより、その人は……」
ポップは苦しそうに顔をゆがめた。
ダイとメルルがそれを支えた。
「マァム、その話はあとにして! どこか……休める部屋を。オレが連れていくから」
ダイはポップを抱きかかえると、耳もとで何度もくりかえした。
「大丈夫……オレがいるから、オレがついててあげるから、だから、消えないで……! オレも、メルルもいる。みんなだって話せばわかってくれるよ、ポップがここに……いるってこと」
ポップの呼吸がみるみるうちに楽になってゆくのをマァムは見ていた。
信じられないがここにいるのは確かにポップで、ポップをここに引き止めているのはダイだという気がした。
「マァム、悪いけど先触れに行って、ここから客室までにいる兵士や近習を遠ざけてよ。オレもよくわかってるわけじゃないけど、ポップは死んだはずだとかここにいるはずないとか思うのはやめて。どうやらそれがポップを苦しめてるみたいなんだ」
それはメルルの言っていたこととそう矛盾していない。
メルルはダイの願いとポップの意志が彼を構成していると言っていた。
その微妙なバランスを崩すのは、マァムら第三者なのだ。
マァムは釈然としなかったが素直に言われたとおりにした。
彼女とて、ポップが死んで悲しんだのだ。
もう一度会いたいと思っていたのだ。
「ポップ……どう? 具合は」
「うん。もう良くなった元気元気」
「とても元気って顔色じゃないよ」
客室のふかふかの寝台の中でポップは弱々しく笑っていた。
ダイはポップの手を握ったまま離そうとしない。
メルルは気をきかせて、マァムは不承不承部屋に入るのはやめた。
「今からレオナのとこ行ってくるけど……ひとりで平気? メルルについててもらう?」
「それじゃ、行くときマァムを入れてやってくれよ。きっと混乱して、どうしようもなくなってると思うから」
「えーっ。メルルならいいけどマァムなんてヤダよ。出迎えの表情見たろ? マァムは現実主義だから、今のポップを認めてくれないに決まってる」
「さっき話せばわかるって言ったのはどこのどいつだ。現実主義というならオレがここにいるのも現実だ。心配ないって。あ、そうだ、ダイ」
「何?」
ダイはよく聞きとろうと身を乗り出した。
と……。
するり、とポップの手がダイの首に回された。青い顔に対照的なさんご色のくちびる。
吸われるのを待っているような。
その待っているようなくちびるが今日は自分から求めてきていた。
吸いつき、からませあい、歯をたてる激しいキス。
ダイは夢中でそれに答えた。
ようやくポップがダイを開放したとき、ダイは名残り惜しそうに言った。
「えーと……ちょっと一時間くらいレオナに会うののばしてもらおうかな」
「馬鹿。さっさと行け」
それはないよな、自分から誘っておきながら。
ダイはぶつぶつ言いながら部屋を出て、廊下に立っていたマァムに入るよう言った。
「私? え、でも……いいの? 私が入ると、あの人……ポップ、具合悪くなるんじゃないの?」
「ポップが呼んでるんだよ。本人がそうしてくれって言ってるんだからしょうがないよ。でも、ちょっとでもおかしくなったらすぐに部屋を出てオレを呼んでよ」
ダイは少々きつい口調で言った。
先程のことが尾をさいていたし、ポップの体調も心配だ。
ダイはポップほどマァムを信用してはいなかった。
「私が見張っておりますから大丈夫ですわ、ダイさん。もっとも私は呼ばれていないようですけれど……部屋に入らなくとも私にはわかりますから」
メルルが言った。マァムは彼女をにらみつけた。
ダイは一抹の不安を残してレオナの部屋に向かった。
※
「よう、いらっしゃいマァム。そんな所に突っ立ってないで座れば? ほら、そこ」
ポップは客室の椅子を示しながらマァムをうながした。
しかしマァムは扉のところに立ったまま、そこを動こうとはしなかった。
「マァム?」
「……なれなれしく呼ばないで! あなた、誰よ! 誰なのよ!! ……ポップは死んだわ、だって、私見たんだもの!! ポップの遺体、眠るように安らかな遺体、花にうずもれて、夢のように美しい遺体だった。私はそれに一生懸命話しかけたわ。あなたがポップだというなら、どうしてそのとき生き返ってくれなかったのよ!」
マァムはひといきに言った。
「私だって、待っていたのに……ポップが迎えに来てくれるのを。もう何年も会わないまま料理の腕だけがうまくなっていって、再会したときポップはつめたくなっていた。私だって、泣きたかった。信じたくなかった。でもレオナや皆の気持ちを考えるとそれも出来なかった。私がどんなに苦しかったかあなたにわかる!? あなたがポップだというなら答えて、どうして私の所には来てくれなかったの!?」
マァムはもう目の前の人物をポップだと認めていた。
ヒムやクロコダインが言ったとおりだった。
ひとめ見れば彼がまちがいなくポップのたましいを宿していることが見てとれた。
ポップは凪の海のように穏やかに、わめきたてるマァムを見ていた。
……やはり、以前のポップとはどこか違っている。
以前ならマァムがこんなふうにさわぐと、おろおろして先に謝ったり、機嫌をとったりしていた。
恐ろしい予感がした。
その様子が、マァムがダイを引きずっていったときに見せたダイの反応と似ている気がしたのだ。
「……あ、ああ。オレはちゃんと聞こえてるよ、マァム」
ポップは言った。
>>>2000/12/10up