薫紫亭別館


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「なによ。それならもっと早く返事なさいよ。……あなた、ダイの耳が聞こえなくなったのを知ってるのね。そのときもいたの? 天井に、遺体に、ダイのそばに」
「……うん」
 また少し時間をあけてポップは返事をした。
 言葉が言葉として届くまでに、やけに時間がかかっているようだった。
「ちょっと、しっかりしてよ。今のあなたが普通の状態じゃないのはわかってるけど、私もいまさら出てゆけないわ。さあ、答えて。あなたは誰!? 本当にポップなの!? だとしたら、どうしてそこにいるの……!?」
 今度はさらに長い時間がかかった。
 ポップに投げかけた言葉が届き、その意味をとらえ、どう答えようかと考えるさまが手にとるようにわかった。
「この世には想像もつかないことがある……じゃ駄目だろうな」
「あたりまえよ」
「ダイはこれで納得してくれたんだが」
「私はダイじゃないわ。それに、メルルでもね。説明なしで納得なんて出来ないわ」
 ポップは困ったようにマァムを見た。
 マァムは子供を不当に責めているような気分になって、少し調子をやわらげて言った。
「……ごめんなさい。簡単に説明できるような話じゃないわね、こんなこと。だって……理性じゃ考えられないんですもの。だって、あなたは死んで……、私も持っているのよ。あなたの遺骨。みんなむもらったの、レオナも、ヒュンケルも。でも、あなたが化けて出たのはダイだけだったのね。どうしてなの?」
「化けて出たっつーか……」
 てれたような笑い。マァムの中でようやく記憶の中の彼と今のポップが重なった。
 なつかしい慕わしい想い。マァムは椅子を引き寄せて寝台近くに座った。
「あ、やっとこっち来てくれた。いつ出て行かれるかとひやひやしてた」
「もう。死んでもその性格は直らないわね」
 ふたりは同時にふきだした。お互いをどんどん身近に感じる。
 ポップがマァムを迎えにゆけば、もっと早く持てていたはずの時間。
 もう持てないはずだった時間。
「マァム。オレは伝えるために戻ってきたんだ」
「え?」
 質問とは違う答えにマァムは詰まった。
「それから、謝るために。……ごめん、オレもうお前を迎えに行ってやれないから。永遠に。へたに気ィもたせて悪かったよ。殴りたかったら殴っていいよ、オレの体があるうちに頼むな。もうすぐ本当にお別れだから」
「意味がわからないわよ、ポップ!」
「そのとおりの意味だよ。もうすぐこの体は消えてなくなるから、今のうちに言いたいこと言っておけよ。顔が見えてたほうが言いやすいだろ?」
 なんでもなさそうにポップは言った。
 言葉の意味にはまるで気づいてないように見えた。
「待ってよ、その前に説明してよ! だからどうして死んだはずのあなたがここにいるのよ!」
「オレはダイの想像力でつくられた人間だからだよ、マァム」
 マァムは……、
 たっぷり三分以上は口がきけなかった。
「だからダイ以外の人間の言うことはちょっと理解しにくいんだ。もー脳みそフル回転。ちょっとでもダイの想像外のことが起こるとカンペキにお人形さん。オレがマァムに会いたがるだろうというのはなんとか認めてくれたみたいだけど」
 とんとん、と頭をつつきながら。
「あ、でも、この体にはオレの意識……というか、霊魂っていうのもちゃんと入ってるから。ただ創造主の影響ってのは偉大なもんで、ダイの意に添わない展開は却下されちゃう。まあオレもダイの言うことなら出来るかぎり叶えてやろうと思ってたけど。マァムにはゼッタイ言えないこともやっちゃったし」
 ポップはちいさく笑いをもらした。
「なにかるく言ってンのよ! そんな馬鹿なことあるはずないでしょ!」
「あるよ。オレがその証拠」
 しれっとした調子でポップが言った。
「オレだって驚いてんだから。ダイのまわりをうろちょろしてたら何の拍子か体が出来ちゃった。よくわかんなかったけど、とにかくダイをなんとかする方が先決だったからね。もー見ちゃいらんなかったからさー。で、一ヶ月旅をして、なんとなく……わかったんだ。どうもオレはダイの意志でつくられたらしい。ダイが望むとおりにしか動けないらしい。いや別にイヤじゃないけどぶつぶつぶつ」
 最後のほうは口の中だけで言われたのでマァムには聞き取れなかった。
「でもパプニカに帰ってきたってことは、もうオレも用済みってことだな。よかったよかった。だから今のうちに言いたいこと言っておけって」
「よくないわよ! どうしてそうなるのよ!」
「うーん……だって、ここにはレオナがいるだろう? これからの未来ずっとダイといっしょに生きてゆく女性が。そのときオレは邪魔になるよ、なんたってもう死んでるんだし。まだ少しは保つとしても、そう大した年数じゃないだろう。いくらダイでもいなくなった人間を永遠に思い続けるほど馬鹿じゃないだろうし。だからもう終わり。ジ・エンド。ちゃんちゃん」
「だったら──……」
 マァムはひと呼吸おいて、
「だったら私があなたをつくるわ。ダイに出来て私に出来ないはずがないわ。私だってあなたを愛しているのよ、ポップ。ずっと私のそばにいてちょうだい」
「駄目だよ」
 ポップは即座にそう言った。
「マァムひとりじゃ駄目なんだよ。ほかの人も認めてくれないとカンタンに形がとれなくなるんだ。そのときは……ちょっと、苦しいから出来るならもうそっとしておいてほしい。見えなくてもオレはちゃんと、ダイだけでなくマァムのそばにもいるから」
 マァムはポップの死因を思い出していた。
 心臓麻痺。死に顔からはわからなかったが、彼は苦しんでいたのだろうか。
 はやく楽になりたいと願っていたのだろうか。
「そ、それにさ、オレ、お前をしばりたくないよ。ダイもだけど、マァムにも光り輝く明日がある……ってちょっとくさいか。オレは過去の人間なの。マァムにはわかったろ?」
 マァムはゆっくりうなずいた。
 彼女はわかっていた……知っていた。たぶん仲間の誰よりも早くから。
 柔軟な彼女の精神はポップの死を受けとめ、吸収し、立ち向かう強さに変わる。
 可愛げのない性格だと思っていた。今までは。
「さすが、オレの女神」
 ポップがマァムに手をのばした。マァムは立ちあがってポップを抱き寄せた。
 男のくせにきゃしゃな細い体。自分のほうが守ってやらねばならない衝動にかられる。
 はじめてキスをした。
 ポップとの、最初で最後のキス──めまいを起こしそうだった。
「………!?」
 ぱっとマァムはポップから離れた。
「ポ、ポップ……やけに慣れてるみたいじゃない!? 誰と練習したのよ、吐きなさいッ!!」
 女はこれだから恐ろしい。
「う、うまいほうがいいだろ!?」
「よくないわよっ! まさかメルル!? ほかの誰でもいいけどメルルだけは駄目っ、絶対許さないわよ!!」
「ちがあう! メルルじゃない」
「ほかに誰がいるっていうのよ!」
 ここで本当のことを言うとさらにこじらせるような気がする。
 ポップはおびえて後ずさった。
「言わないとひどいわよ。生き返ったことを後悔するようなメにあわせてやるから」
「ひえええええッ」
 想像するだに恐ろしい。マァムがポップの上にのしかかって押さえつけている。
 こーゆーシチュエーションはふつう逆じゃないか、と妙に冷静にポップは考えた。
「マ、マァムっ落ち着けっ。話せばわかるッ」
「だーから早く話しなさいッ!」
 ばたん!! と扉がひらいてメルルが入ってきた。
「ポップさんから離れてくださいマァムさんっ」
 うわあ、とポップは思った。
 とことんオレってヤツはシリアスになりきれない宿命を背負っているらしいぞ。
 マァムは寝台から降りてメルルと向かい合った。
「なんの御用? 私たち今とりこみ中なの。用事がないなら出ていって下さらない?」
「ありますとも。あなたの暴力からポップさんを守るという使命が。私はダイさんからポップさんをお預かりしてるんですからね。あなたには指一本ふれさせないわ」
 ふたりの女は火花を散らした。
 なんでこーなるんだろうという自戒とともに、ポップは逃げだしたくなった。

>>>2000/12/11up


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