「ひとつに、ある程度の魔法力を持っていること。生身の肉体を持たない者達は、普通の人間の目では見えません。強い精神の、研ぎ澄まされた魔法の目を持っていればあるいは見えるかもしれません。ただし純粋な魔法の生きものである彼等は同じく、魔法の死力から身を隠す術も持っています。ですから、こちらの条件はあまり関係ありません」
ダイは息を詰めて長老の話に聞き入った。
「それからもうひとつの条件は……その生きもの達がその人間を気に入っているかどうかです。彼等は気に入った人間には進んで姿を現し、色々なことを教え、ときにはいたずらをして困らせたりします。ポップ殿も恐らくは書類を隠されたりしているのでしょうが、決して怒ったりはしていないでしょう。彼等は怒りっぽい人間には近づきませんから」
思い当たる事がある。
ポップが怒っているように見えるのは半分以上がポーズで、実際本気で怒っているわけではない。
書類にもときどきいたずら書きみたいなものがある。
ポップはヒマつぶしについ、とか言っていたけど、ではあれがそうだったのか。
「初めてポップ殿にお目にかかったとき、彼は幾つもの光をまとわりつかせていました。私は、彼等がここまで人になついているのを初めて見たのです。余りの感動に私はおいおい泣き出してしまい、すぐに御前から退出させられてしまったので、何故私が泣いたのか、ポップ殿にはおわかりにならなかったことでしょう。……今日、また、改めてお目にかかることが出来、以前にも増して光が増えているのを見たとき、ポップ殿に言われずとも私は、春の門の司祭役をお譲りするつもりでした。あの方こそ司祭にふさわしい。神官だろうと魔法使いだろうと彼等にはどうでもいいことです。残念ながら今の神殿には、彼等に好かれている者などおりません。私ももう齢ですし、それなら神殿から魔道士の塔に『春の門』をお任せしたほうが良いと思ったのです」
神殿を辞してダイは、長老の言ったことを反芻していた。
(ダイ様にも彼等は懐いていますよ。ポップ殿ほどではありませんし、いつもくっついている、という訳でもないようですが。見ようと思って見てごらんなさい、きっと、ポップ殿と同じ光景を見ることが出来ます)
オレには見えない、とダイは思った。
ある程度の魔法力なら自分にもあるはずだし、見えないというなら、向こうが身を隠しているんじゃないのか?
とぼとぼと帰り道を歩いていたダイに、長老の言ったとおり雨が降ってきた。
ルーラで帰ろうとは思わなかった。
たくさんの思いで熱くなった頭に、冷たい雨はちょうど良かった。
ずぶ濡れになって戻ってきた勇者に、城の者は驚いて、服を着替えさせると寝台に放りこんだ。
「……ポップは?」
側仕えに聞いてみる。
「大魔道士様は、まだお帰りになっていらっしゃらないようです」
そのとき、レオナが手ずからダイに夕食を運んできた。
「はい、ごはん。……神殿に行ってたんでしょ? なに言われたのか知らないけど、そんなに気落ちするほどひどいこと言われたわけ? ダイ君が風邪をひくとは思わないけれど、今夜はおとなしく寝ててね。はい、あったまるわよ」
あーん、とスプーンでダイの口に運んでくれようとするレオナを見て、そっと側仕えは退出した。
ダイはそこまでしてもらう程じゃないと、慌ててスプーンをひったくって自分で食べ始めた。
「……レオナ。精霊とか妖精とかっていると思う?」
ぽつりと聞くともなしに聞いてみる。
「いるとは思うけど……私には見えないもの。なあに? 神殿に行ってそんなこと聞いてきたの?」
「うん……」
ダイはうなずいた。
「ポップ君には見えるのね。そう言われたんでしょ。別に見えなくてもいいじゃない。妖精が見えなくても実生活に支障があるわけじゃなし。そんなことよりも、私には執務の方が大事だわ」
なるほど、とダイは思った。レオナに見えないのは、いるかいないかわからない妖精よりも、目に見える国民の方が大切だからなのだ。国のとで頭が一杯のレオナには、妖精の入る予知などありはしないに違いない。
では自分はどうだろう。ダイはおのれを振り返る。レオナのように政務に追われているわけではない。騎士団に多少の稽古をつけてやって、遅れ気味の教育を受けて、えーっと……。
たいしたことはしてないような気がする。
「で、他には?」
「え?」
思わず聞き返す。
「ほらあ、神殿にポップ君の邪魔をするなとか、そういうことを言いに行ったんじゃないの?」
「……忘れてた……」
「何しに行ったのよ、ダイ君!」
レオナの呆れた怒声を聞きながら、そーいやそんなこともあったなあと今更ながら思い出す。結局、司祭役をフス長老に戻すという話も出来なかったし、うまいこと言いくるめられて帰ってきただけのような気がする。
「ポップのことしか考えてなかったからなあ。いつも同じ景色を見ていたと思ってたのに、いつのまにかそうではなかったと知って動転しちゃったみたい。また明日にでも行ってみようかなあ」
「……私、ダイ君にどうして精霊が見えないのか、わかったような気がするわ」
レオナが言った。その声はとてもちいさかったので、ダイには聞こえなかったらしい。
「え? 何か言ったレオナ?」
「なんでもない。おやすみなさい、ダイ君。あったかくして寝るのよ。くれぐれも、夜中に歩き廻ったりしいでね」
レオナが出ていってしまうと、ダイは狐につままれたような気持ちでつぶやいた。
「な、なんか……レオナ怒ってたみたいだけど……。オレ、怒らせるようなこと言ったっけ?」
>>>2002/12/19up