次の日、ダイは準備を指揮するポップを見ていた。
離れたところから。
近くにいると絶対手伝わされることがわかっていたので。
(ふうん。確かにポップには目には見えないものが見えているんだなあ)
じっと観察していると、指揮の最中にも猫のようにあらぬ方向を見つめていたり、風もないのに髪や長衣が不自然に揺れていたりする。
はためには普通に歩いているように見えても、なんだかちょっと危なっかしい。足下には明らかに何かがじゃれていて、ポップはそれを踏まないように、細心の注意を払っているのだ。
(ん?)
ポップがこっちを見た……ような、気がする。
ポップは学生の一人を呼ぶと、何事かを言いつけた。
(考えすぎかな)
そう思って観察を続けていると、先程の学生がこちらへ近付いてくるではないか。
「ダイ様。ポップ様が呼んでおいでです」
植え込みに隠れてこっそりと様子を伺っていたはずのダイは、あっさりポップに見つけられていた。
「いつから気づいてたの? ポップ」
頭をかきかき、照れくさそうに笑いながらダイは言った。
「気づかいでか。じろじろ見やがって。視線ってのは結構わかるんだぞ。あれで気づかなかったらそいつはおっそろしいくらいの鈍感野郎だ」
ダイを呼びに行った学生が何か言いたげな顔をしたが、学生は何も言わずにおのれの仕事に戻った。
「見てるヒマがあったら手伝えよ。やる事は山程あるんだから」
「そう言うと思ったから隠れてたんじゃないか」
「盗み見して何が楽しいんだ」
唇をちょっと突き出して、怒っているポップはとても可愛い。
「……昨日ね、フス長老の所へ行ったんだ」
「へえ?」
「ポップには、普通の人には見えないものが見えてるんだって、フス長老は言ってた」
「それじゃオレが変人みたいじゃないか」
ポップはますます渋面になった。
「もう。そんなんじゃないってわかってるくせに」
ダイはポップに近付くと、脇に手を入れて、ひょいっと高く持ち上げた。
「でね、今ずっと観察してたんだけどね、本当にポップには精霊か何かがくっついてるんだって」
「……見えたのか?」
意外、という表情でポップは問い返した。
「ううん。でもわかるよ。服のなびき方とか態度とかで。ポップってばそれを踏まないために、よろよろしてるんだもん。だから、今からオレがずうっとこうしててあげるね」
子供に高い高いをするように腕を差し上げて、ダイは幸せそうに笑う。
「ばーか」
ポップもつられたように笑って、
「妙な気まわすんじゃねえよ。オレはトベルーラを使えるから、いざとなったら自分で宙に浮くよ」
ふっ、とダイの手から重みが消えた。ポップが呪文を使ったのだ。
「だめ」
急いでつかまえた手に力を込める。
「オレが抱いててあげるから、トベルーラなんか使わなくていいよ。ねえ、魔法力抜いてよ。これじゃ風船持ってるみたいだ」
「楽でいいと思ったんだが」
「それはポップの理屈だよ。非力なんだから。オレはねえ、ポップなんて、一日中でも片手で抱っこ出来るんだから」
「そりゃいいけどさ」
ダイの手に重みが戻ってきた。
「さすがにこのままじゃ恥ずかしすぎるぞ。見ろ、みんなこっち見てる」
「あ……」
言われてみると、準備していた学生達が、全員手を休めて二人を見ている。
「………」
無言でそそくさと、ポップを下ろす。ポップは肩を震わせて苦笑している。
「……そんなに笑うことないじゃん」
「ああすまん、つい、おかしくって……ジェルミ! ちょっと!」
ポップはジェルミという黒髪の真面目そうな学生を呼ぶと、見取り図を渡した。
「これ見ながら後の準備をしててくれ。多少ヘンになってもいいぞ、祭壇なんて形式に過ぎないんだから。オレは今からダイと一緒に神殿に行って、フス長老に祭文を教えてもらってくる」
「し、しかし、私などに……」
学生はうろたえた。
「大丈夫、ジェルミなら出来る。大魔道士の保証付きだ、自信を持て」
かなり強引に学生に準備を押し付けてから、ポップは悠々とダイと共に、北の広場を後にした。
「こういうとき、ポップってワガママだなあって思うよな」
のんびりと、神殿までの道を仲良く並んで歩きなからダイが言った。
「しみじみ言うなよ。オレのどこが我儘だっていうんだ?」
「自覚がないのも問題だよね」
昼過ぎの町は、お昼の戦場が終わって穏やかにたゆたっている。そんな中で、これはいつでも騒がしい子供達が、あちらこちらから顔を出す。
「ポップだ」
「ポップだ」
「どこへ行くのかな」
「オーレリおばさんの肉まんじゅう食べに来たんじゃない? 好物だもの」
「ちがうよ。いつものはちみつ買いに来たんだよ」
はちみつ? とダイは思った。
子供達が、こちらを向いてひそひそ話し合う声が聞こえてくる。
「……ポップ、はちみつなんて買ってたの?」
「わはは」
ポップが甘党なのは知ってたけど、はちみつをぺろぺろ舐めるほどとは知らなかったぞ。
そうダイが考えている間に、ポップは子供達に取り巻かれている。
「ポップ! 今日は何しに来たの!?」
「オレたち今から釣りに行くんだけど、一緒に行かない?」
ポップは袖をひっぱられながら、
「今日はお仕事だよ、お、し、ご、と。オレだって遊んでばかりじゃないんだぜ」
「うそつき。いつも町に来るときは遊びじゃない」
「そうだ」
「そうだ」
男の子も女の子も口々に囃し立てる。
「ホントだって。こいつに聞いてくれたっていいぜ。な、ダイ」
初めてダイがいるのに気づいた、というように一斉にダイに視線が向けられた。
ダイは目線の高さを子供達と同じにして、
「こんにちは。ポップの言うことは本当だよ。オレ達は今から神殿にいかなきゃいけないんだ」
とたん始まったブーイングに、驚いたらしいおばさんがある店から出てきた。
おばさんは慌てて子供達の頭を押さえつけて、
「まあま、大魔道士様、申し訳ございません……まったく、何度叱りつけても聞き分けのない子供達で。何か失礼を致しませんでしたか?」
ポップも軽く手を振って、
「なーんにも。気にしないでよ。それより、おばさんトコお菓子屋さんだよね。これで、ガキどもに何か分けてあげてよ。今日は遊んでやれないから、その御詫びに、さ」
わっ、と子供達から歓声があがった。
「いいええ、大魔道士様からお金など頂くわけには参りません。お代なんか結構ですから、どうぞ先をお急ぎになって。子供達には、私のおごりで出しておきますので」
「そういうワケにはいかないって」
「そうそう。貰っときなよ、おばさん。ポップの生活費なんて王宮から出てるくせに、給料まで貰ってるんだから」
唐突にダイも口を挟んだ。
「オレは仕事してんだよ! 片手間に騎士団に稽古つけて、あとは学問勉強中のおまえなんかと一緒にしないでほしいね、ダイ。オレのは貰ってとーぜんの報酬なんだから」
おばさんは弾かれたようにダイを見た。
「だ、ダイ……様……? 勇者、様……ですか?」
「ダイはあんまり王宮から出ないからなあ。反省しろよ。次期国王ともあろう者が、国民に顔も覚えてもらってないなんて恥ずかしいぞ」
「わかったよお」
こつんと頭をこづかれて、ダイはふくれっつらをしてみせた。同時にちょっとムッとしたりする。この様子では、ポップはダイをほっぽって何度も町に降りているらしい。遊びに行くのなら、誘ってくれたっていいのに。
……どうも、精霊のことといい、意外と自分はポップのことを知らないような気がする。
「へー。勇者さま」
「勇者さまだって」
どこから湧いてくるのか、子供達が増えている。
「やべえ。行くぞ、ダイ。これ以上ここにいると破産しちまう」
それくらいで無くなるような財産でもないが、おどけた調子でポップはダイの手を掴むと走り出した。
>>>2002/12/23up