厄日だ。
ポップにはそうとしか思えなかった。目を覚ますと、いつのまに来たのかダイが床に転がっていた。なんだっつーのだ。用があるなら叩き起こせばいいものを。
ダイを起こして顔を洗って朝食を食べに向かう。
ポップの部屋には洗面用のボウルや水などが汲み置きしてある。そこまではいいのだが、一緒に部屋から出てきた所をレオナに見られてしまった。誤解だっ。しかしダイが寝巻き姿では説得力がない。
……朝食はとても気まずかった。
すぐに面会人がやってきた。フス長老。……なんだって? やはり司祭役は自分にやらせてくれ!?
もちろん丁重にお断りして帰って頂いた。理由を言ってくんないんだもん。まったく、フスのじーちゃんキライになっちゃうぞ。
ジェルミに任せた春の門の準備は……と見に行くと、なんと……祭壇がぶっ壊されていた。問い詰めたが、ジェルミはまったく預かり知らぬことらしい。
誰かが、昨夜忍んで破壊したらしかった。そんなことをして、何の得があるというのか。
「くっそおおお。なんだってオレがこんな目にいいっ」
怒りのオーラが立ち昇ってるなあ、とダイは半径五メートル以内に近寄らないようにしながら考えていたが、
「なーダイっ! こんな妨害して何が楽しいってンだよおおっ!」
しかしポップの方からダイに近付いてきた。
「ああもう。最初っからやり直しじゃねーか。まー『春の門』まで後二週間もあるから、なんとかなるとは思うけどっ。でもさあ、配置する人員とか段取りとかリハーサルとか、やることは腐るほどあるってーのに……! これはオレに対する挑戦だなっ!? ふふふ、誰だか知らねえがこの大魔道士を怒らせたな。上等だ。オレは誰の挑戦でも受ける、かかかってこいっ」
ポップは右手の中指を一本立てて言った。
シリアスになりきれない男であった。
「誰かもわからないのに挑戦を受けるって……矛盾してない?」
ダイは軽い気持ちでそう言った。
「いんやあ。誰かはわかってるよ。イアンとかジュールとか、あの辺の奴等の犯行だろ。しめあげるのは簡単だけど、やっぱりこーいうのは自首してくんないと、あいつらにもメンツがあるだろうし」
「ち……ちょっと! それじゃ何で今、ジェルミに怒ったんだよ!!」
「あン時は知らなかったもの。色々と聞き込んで、ついさっき名前がわかったんだよ。ついでに言うと、フスのじーちゃんが何故今朝来たのかもわかっぞ。マトリフ師匠が裏で糸引いてる。考え過ぎだっつーの、師匠も。心配するこたないってーのに」
「えっとお……そーすると、昨夜オレがした事も……」
「知ってるよお」
小悪魔のようにポップは笑った。
「やーおめでとうっ。ついにダイにも妖精が見えたなー。でも別にあいつら悪いモンじゃないぜ。ダイがぱたぱたはたいたからびっくりして逃げたらしい。まあおまえに見えなくしただけで、本当はまだいたんだけど」
「起きてたわけじゃ……ないよね? ポップ」
「もちろん。きっちり寝てたよ」
へたなことを口走らなくて良かった、とダイは心の底から思った。
ポップの情報源はやはりその辺にいる妖精達なのだろうが、そうすると、どこで何を聞かれているかわからない。そんな思いが顔に出ていたのだろう。ポップが安心させるように、
「心配するなよ。オレが特に聞かない限り、そんなスパイみたいな真似はしないから」
ダイの目を覗きこんで、言う。
「そりゃまあお天気とか、あたりさわりのない話とかはよくするけど……おまえの行動も少しは聞くけど、それはダイがオレの親友で、ダイも妖精達に好かれているから出来るんだよ。それに、昨日はオレの部屋だったし、春の門が近いから、特別に多かっただけなんだ」
「え……? いつもあれくらいいるんじゃないの?」
「普段は五、六匹だよ。まばらなもんさ」
これはちょっと誇張だと思う。フス長老の話では、『幾つもの光をまとわりつかせていた』のが更に増えているはずだから、五匹や六匹ということはない筈だ。
「うん……」
目の前にあるちいさな顔。昨晩とはうって変わって、健康そうに上気している。この顔を見ていれば、すべて信じられる気がした。でもやはりダイの不安は消えない。これは勘だ。
「でもさ、ポップ……そうすると、みんながポップの司祭役に反対だってことだよ。フス長老も塔の学生達も、……オレも、ポップには司祭をやめてほしいって思ってるんだよ」
不意にダイの頬が鳴った。ポップが平手で殴ったのだ。
「……却下! どいつもこいつもわかにんこと言いやがって。ダイまで何だ。ようやくオレと同じフィールドに立てると思ってたのに。もー知らん。勝手にしろ」
「ま……待ってよ! ポップ!」
くるっと向きを変えてポップは歩き出した。その背中はダイを拒絶している。自分はどうも失敗してしまったらしい。手を伸ばせば届く位置にいたのに。
ふう。ポップの考えがわからない。それでも感情剥き出しで当たってくれるのは、快くない事もなかった。人形みたいな無表情は、ポップには似合わない。
「マトリフさんか……」
裏で糸を引いてるとか言っていた。話を聞きに行こうと思う。
ポップが学生達を再編成しててきぱきと指示を出しているのを横目で眺めながら、ダイはマトリフのいる岩屋へとルーラを唱えた。
※
「よお……ダイじゃねえか。久しぶりだな」
老人はベッドから身を起こしてダイを迎えた。
「こんにちは、マトリフさん。ああ、無理しないで横になっててください」
老人は笑った。
「嬉しいこと言ってくれるねえ。あの馬鹿に聞かせてやりたいくらいだ」
岩屋の中は薄暗く、マトリフ老人はダイの記憶の中の姿よりもめっきり痩せたように見える。
「あのバカときたら病の師をいたわる気持ちなんざ、これっぽっちも持っちゃいねえからな。で、何の用だ? まあ、大体見当はついちゃいるが……」
あのバカ、とポップの事を話す老人は、どことなく楽しそうだ。口もとがほころんでいる。フス長老と同じ表情をしている。
「すみません、ご迷惑とは思ったんですが」
ダイは昨夜見たことをマトリフに話した。ポップにまとわりついていた光のこと、学生達の犯行のこと。ついで、ポップがフス長老を焚きつけたのは師匠だろう、と言っていたことも話した。
「そんなことまでわかってやがんのか……おちおち暗躍も出来ねえな。まあいい。いずれ知ることだ。おいダイ、親友が大事なら、春の門の司祭役をヤツがやるのをやめさせな」
淡々とマトリフ老人は話した。
>>>2003/1/4up