薫紫亭別館


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「フスにも話したけどな。あのバカはもう、好かれてるとか懐かれてるとかいう段階じゃねえ。あれは、魅入られてる……取り憑かれてンだよ。あんな状態で春の門を開けたら、本人にその気がなくとも連れて行かれちまわあ」
「ど、どこに……!?」
 ごくりとダイは息を呑んだ。
「決まってンだろ、妖精の国だよ。するはそこから門を通ってやって来るんだから。あのバカにはそれがわかってない。自分の力を過信し過ぎだ。あいつは、ただ未知の扉を自分で開きたいと思っているだけなんだろうが、もうそれだけじゃすまねえからな」
 ダイは昨夜の光を思い出してぞっとした。
 あれは、ポップを招く死の光だ。厳密に殺すわけではないのだろうが、この世にいなければ同じことだ。
「とうしたらいいんですかマトリフさん! オレだって反対したんだ、でも、ポップは聞く耳持たずって感じで……!」
「よくない兆候だ。半分もうあっちがわに行ってやがる。なんでもいい、レオナにでも働きかけて決定を取り消させろ。力ずくでどっかに押し込めたっていい。それが駄目なら……」
「駄目なら?」
 ダイはおうむ返しにした。
 マトリフは重々しく、はっきりと言い切った。
「穢せ」
「え……?」
 きょとん、とダイは目をしばだたかせた。
「意味がわからんとは言わせんぞ。抱くんだよ、抱いて穢すんだ。てめえだってヤりたかったんだろう。丁度いい、この機会にモノにしちまえ」
「ち……違いますよ! オレは、そんなこと思ってません!」
「それじゃ自分でもわかってなかったんだ。大魔王との大戦中も目は爛々とポップばかり追いかけてやがったくせに、未だにひとつも進展しなてのは何故かと思ってたら。しっかりしろ、男だろ! まーポップも男だが、その方がいい。自然に反した方が、妖精に嫌がられるからな」
「オレがポップに嫌われますよ!」
「おおっ認めたな? だいじょーぶ、アイツは順応力のカタマリだ。一回やっちまえばこっのもんだ」
 とんでもない会話になってしまった、とダイは思った。最初はシリアスだったのに、いきなり下世話な話になったぞ。ポップを……抱く? どこからそんな発送が出てきたんだろう。オレはただ、親友として……。
「照れる気持ちはわからんでもないが、一番いい方法かもしれんぞるあのバカを閉じ込める牢屋なんて存在しないだろうしな。レオナの命令にも素直に頷くタマじゃないし、昨日、フスに聞いた話じゃあ、神殿はすっかりポップの味方になっちまったようだしな」
 それはそうかもしれないが、しかし……。
 ダイは唸った。
「ヤるんなら早いとこヤっちまいな。なんで昨夜押し倒しとかなかったんだ。せっかく部屋まで行っときながら」
 ううう。それを言われると。
 い、いやオレはそんな不純な動機じゃなくて、何かに押し潰されそうな予感に導かれてポップの部屋へ行ったんだってばっ。
「うわああああっ」
「ふむ。まだ若いな。あれしきの事で逃げ出すとは」
 頭をかかえて外へ駆けていったダイを見送りながら冷静に、マトリフは評した。

                    ※

 北の広場ではポップの監督のもと、順調に作業が進められている。足もとを見ると、かすかに宙に浮いている。ポップはあまり長時間立って足がだるくなってくると、すぐに周囲にそれとわからないくらいのトベルーラを使う。
「おかえりダイ! 師匠の具合どうだった?」
 ダイが声をかける前から振り向いてそう言う。
「……なんでも筒抜けだな。いつもは妖精をそんなふうに使わないって言ってなかった?」
 ダイは答えた。さすがに言葉にトゲがあるのは否めないだろう。
「あ、ワリィ。ごめん、怒った? つい……もうこんな事はしないから」
 素直に謝られると、ダイとしても許さないわけにはいかない。しょんぼりとうなだれてしまったポップを見ていると、なんだかこちらが苛めてしまったような気分になる。
「いいよ。怒ってないから」
 途端に、ポップはにぱっと笑った。本気で謝っていなかったのが瞭然で、それでもいいとダイは思う。
「今夜から祭壇に見張りをつけてくれるよう頼んだんだ。オレはいいけど、春の門を祭壇ナシでやるわけにはいかないもんな。その事もみんな集めて言っといたし、だから、これからは壊されることは無いだろう」
 くすくすとポップは楽しそうに言った。ポップには、祭壇など本当に必要ないのだろう。
 祭壇は形式に過ぎない。見た目に左右される人々のために、目に見えるかたちが必要としたのだ。
 真に力のある者が祭文を唱えれば、おのずから門は道を開く。神官達の心を開いたように。
 そこまで考えてダイは悲しくなった。
 どこまで隔たってしまうのだろう、ポップは。あるいは、自分がマトリフの言う通りにポップを穢せば、彼はこちらにずっと留まってくれるのだろうか。
「ダイ。顔赤いぞ」
「あ! いや、何でもないんだ! 本当、何もやましいことなんか無いからね!」
「……誰もそんなこと言ってないぞ」
「ああそうだったね! もうオレってバカ野郎だな! あは、あは、あは」
 広場にいた全員がダイを見た。恐ろしいものを見る目つきだ。ダイはものすごく不自然に、ぎくしゃく歩いて城へと帰った。

                    ※

 また夜が来る。昼間、妙なことを吹き込まれたせいかダイは眠れなかった。
 ポップの顔がちらつく。
(マトリフさんのせいだ)
 今までそういう目でポップを見たことなど無かった。
 極めて仲のいい、良すぎるほどの関係だったが、お互い好きな女の子がいたし、勘繰られるようなことは何ひとつ無いはずだった。
 もっともポップの方はよくわからない。ポップ自身はマァムという少女が好きだったが、大戦が終わってマァムが故郷に帰っていってしまっても、会いに行っている様子もない。これは、ダイが気づいてないだけかもしれなかったが。
 考えを持て余しながらダイは寝台を出た。マトリフに言われたことを実行するわけではないが、ポップの部屋に行くことにした。今ならまだ宵の口だし、ポップも起きていることだろう。魔道士の塔へと続く夜の道を歩く。
「アリオーナ。どこ行った?」
 女性の名前!?
 塔に近付いたダイは、不意に聞こえてきたポップの声に驚いて身をひそめた。
「アリオーナ! アリオーナってば!」
 ……ポップに女の人がいたなんて!
 驚愕してダイは城に戻った。よろよろしながらなんとか自室のベッドに辿り着くと、頭からシーツをかぶってばくばく言う鼓動を鎮めようとした。
 アリオーナ……どんな人だろう。
 マァムによく似た栗色の髪の人だろうか。それとも、ポップに想いを寄せていたあの占い師の少女のような黒髪だろうか。
 胸が痛い。
 祝福すべきだと頭ではわかっているのに、体は裏切っている。心も。
 こんな夜に、女性がポップの部屋にいる理由はただひとつ。ポップはその女性を抱くのだろうか? あのうすい胸で、ほそい腕で。
 着ぶくれていてさえしなやかな、肉づきの薄い体。
 ダイから見ると、ポップも女の子であるレオナも変わらない体型のように見える。
 マトリフさんは見抜いていたのだ。ダイは思う。
 自分は無意識にポップが好きで、大好きで、思いが意識に上がってこないかぎり自覚は無い。
 痛む胸に、何をすべきかのビジョンが浮かぶ。
 ダイはまんじりともせずに、朝が来るのを待ち続けていた。

>>>2003/1/12up


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