「なんだよ。……どーしたんだよ? こんなトコ引っ張ってきてさ」
学生達に連れられて、ポップは今はもう使われていない王宮の、廃墟と化した建物の前へやって来た。
「勇者様から依頼されたんですよ。ポップ様をこちらへお連れしろって」
「……ダイが? ふうん、何を企んでいるのやら。師匠に入れ知恵でもされたかな。昨日は何も仕掛けてこなかったけどなあ」
学生は三人。祭壇を壊したイアンやジュール達ではなかったが、どうも様子がおかしい。本当にダイに頼まれたかどうかも怪しいものだとポップが思っていると、
「お待たせ。ありがとう、もう連れてきてくれたんだね」
明るくダイが裏手から登場した。手に、銀色に光るものを持っている。
「何だそれ?」
「キレイだろ? 銀で出来てるんだって。……ポップにあげようと思ってさ」
「はあ!?」
ポップは思いきり胡散臭そうな声を出した。
「腕輪なんだ。手、出して。つけたげる」
「いらん。男がそんなもん貰ってどーする」
「そう言わずに」
ダイがパチッと指を鳴らすと、
「申し訳ありませんポップ様っ」
それが合図だったらしく、後ろの学生達が三人がかりでポップを羽交い絞めにした。
「何しやがる、このバカ共っ!!」
全身から魔法力を放出して、ポップは学生達をはじき飛ばした。
しかしその一瞬の隙をついて、ダイはポップの右手を捕らえると『腕輪』を嵌め、同じように二連つづりになった『腕輪』に左手をつないだ。
「お……おい! これは、腕輪じゃなくて手枷、ってーんじゃないか!?」
ぎらぎらと下品に光る『手枷』。いましめられた両腕を目の高さにしてポップは叫ぶ。
「ごめんね。でも、どうしても司祭をやめてほしかったから、学生達とも相談してポップを閉じ込めておくことにしたんだ。説得なんてするだけムダだとわかってたし。……でね、それは魔法力を封じるアイテムなんだ。マトリフさんが貸してくれたの」
「あっ……んの、くそじじいっ!!」
ポップは初歩的な火炎呪文を唱えてみたが、それ以上の魔法力が手枷に吸い取られてゆくのを感じ、その場にへたりこんだ。
「キッタネエ。やりかたが汚いぞダイ。師匠も師匠だ、かわいい弟子になんてことしやがる」
「二週間だけだから。食事はこの学生達が毎回運んでくれるから。この廃墟の下には地下室があってね、誰かを閉じ込めておくにはもってこいなんだって……とと、これもマトリフさんが教えてくれたんだけど」
ダイは案内するように、先に地価への入り口に入っていった。
ポップは足は動くのだから逃げようか、と一瞬思ったらしかったが、三人の学生が包囲しているのを見て諦めて、ダイに続いて歩いた。
かなり広い地下室のようだった。扉が幾つも見える。
ダイはその中でもなるたけ程度の良さそうな一室を選ぶと、ポップを招き入れた。
「えっと……、朝、急に計画したからまだ何も運びこんでないんだる毛布とか、水とか……。灯りも手持ちのコレだけ。夜には来るから、それまで我慢してくれないかなあ」
「我慢もクソもあるか。住めば都だ、まあなんとかなるだろう。……ところでダイ。朝、計画したってどういう事だ? マトリフ師匠に命令されたんじゃなかったのか?」
ダイは下を向いた。
「夜に話すよ。いなくなると怪しまれるからこれでオレ達は戻るけど……夜には絶対来るから。待っててね、ポップ」
「とっとと帰れ」
ポップの返事はとりつくしまもない。
「ごめん。何回言っても足りないだろうけど……ごめんね」
ポップの立場からすれば怒られて当然だったが、ダイはものすごく意気消沈して、学生達に心配されながら暗い地下を戻った。
※
暗い所だ。
ポップは思った。やけに思い切った手段に出たものだ、ダイにしては。
マトリフ師匠に聞かされたことは何となく想像がつく。とっ憑かれるとか連れて行かれるとか、そんな所だろう。それくらいオレが知らないとでも思っているのか、馬鹿め。
それでも、いつものダイとはやりかたが違う。ダイは策も裏もなく、真っ正面からかかってくるタイプだ。説得しようと試みるならまだしも、いきなり閉じ込めたりアイテムを使ったり、などという陰湿な真似はしない。はずだった。
どこまでがダイで、どこからが師匠の考えなんだろう?
そんなことを考えながら、少しだけ置いていってくれた灯りを持ち、部屋の中を点検する。
元は食料貯蔵庫だったのだろう、奥には使われなくなった棚や古い樽が置きっぱなしになっている。床にも棚の上にもほこりがうず高く積もり、よくは見えないが、ポップの歩いた後には足跡もくっきり残っていることだろう。
「換気はちゃんとされているようだな……火が消えないトコからして」
それでほこりっぽい、かびくさい匂いが消えるわけではないが、とりあえず酸欠で死ぬことはないな、とポップは胸を撫で下ろした。
「鍵かけていきやがったか。ま、当然だろうな。……みんな! 妖精達、いるんだろう!?」
ドアの前でポップは呼びかけた。何もない空間に向かって。
「魔法力を封じられたせいで、姿は見えなくなっちまったけどよ……いるんだろう? この鍵、なんとかならねーか?」
ポップの意に答えるべく、妖精達が鍵に取り付いたのが感じられる。見えなくとも気配でわかる。もともと、ポップは非常にカンのいい少年だったのだ。
「ダメかあ……。まあ、いいさ。それじゃ次の手だ。誰か、オレの言うことをよく聞いて……」
ポップは見えぬ妖精達になにごとか指示を出すと、石畳の硬い床に悠々と大の字になって寝そべった。どうせこの暗がりでは、寝る以外、他に何も出来そうに無かったので。
>>>2003/1/19up