薫紫亭別館


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 内密にしたい、というポップの意向はわかっていたけれども、ついに彼らは、彼らに話を持ってきたルースに泣きついた。
「もう我慢できません! ダ……ダイ様は、恐らく、自分の欲求のために我々を利用されたのです!」
 それを聞いて、やはり、とルースは得心したようにうなずいた。
 やはりあのダイの態度はおかしかった。学生達の話でそれが確信に変わった。だが、だからといってどうすればいい? ポップ自身には、地下室から出る意思は無いようだ。
 ポップがそう言い張る理由はわからないが、なんとか説得しなければ。それには……。
 ルースと秘密を知る学生達は、顔を付き合わせて相談した。
 そうして、彼らはフス長老をかつぎだすことに成功した。

「……フス長老様。どうか、お願いします……」
 人目を忍んで学生達は地下室までフス長老を案内すると、お話が終わったらお呼びください、と言い置いて、扉の前で待つことにした。フス長老はノブを回して部屋に入ると、
「……なんという事を……! 今、回復呪文をおかけします、ポップ殿」
 ぐったりと横たわったポップに回復呪文をかけながら長老は独白した。
「申し訳もございませぬ。ポップ殿が監禁されたことも、それで妖精達の様子がおかしかったことも知っていながら、まさか、このような事態になっていようとは露も思わず……!」
「オレがここにいることに決めたんですよ、長老。長老が責任を感じることはないですよ」
 ポップは務めて明るく言った。
「何故です。何故、こうまでされて……」
 ポップはフス長老に理由を説明したが、どこまでわかって貰えるだろうと思った。
 自分とダイの結び付きは、外からわかるようなものではない。第三者にどう見えようと、これはただの痴話喧嘩だ。ちょっとスケールがデカ過ぎるが。
 それよりも、ポップは長老に聞いてみたいことがあった。
 長老はまだ釈然としない顔をしていたが、
「はあ……正直言って、私にはよくわかりませんが、私はポップ殿の意思を尊重したいと思います。……おや? あれは何ですかな。随分と弱々しい光だ……妖精、だと思いますが……」
「アリオーナ!」
 ポップは叫んだ。
「では、アリオーナは長老の所には行っていなかったんですね!? ど、どこにいるんです? アリオーナは!?」
 長老はアリオーナ、というのがその妖精の名前だと理解し、天井の一点を迷わず指さした。
 ポップは叫んだ。
「アリオーナ、ばか! 神殿に行けって言ったろう! ……さいわい、今ここに長老がいらっしゃる。長老にお願いして、魔法力を少し分けて頂こう」
 ポップは体に毛布を巻きつかせたまま立ち上がり、天井に向けて、手枷を嵌められた両手を差し出した。
 ……確かに今のポップには妖精の姿が見えないはずなのだが、ポップは驚くほど正確にその妖精を手に止まらせると、大事そうに胸にかかえて長老の所へ戻ってきた。
「……お願いします、長老。この妖精……アリオーナに、少しでいいんです。魔法力を分けてやってください」
 深々と頭を下げて、言う。
「……構いませんが、どうやって、さしあげればよろしいのでしょう。方法を教えて頂けますか?」
「はい。まず、力を抜いて。手のひらに回復系の魔法力を集めてください」
 アリオーナがひと心地ついたことを確かめるようにして、ポップは語り始めた。
「……アリオーナはオレが初めて見た妖精でした。ある晩、なにげなく窓を見ると、そこに蛍のような光が見えました」
 長老は興味深そうに耳を傾けている。
「その蛍には実体がなく、ただ、とても苦しそうな感じがしたので、余り深く考えずに回復呪文をかけてやったんです。その蛍は見る間に本来の姿を取り戻し、オレに礼を言いました。名前はアリオーナ。妖精。どうも、オレの魔法力に引かれてやって来たようです。ここへ来れば『春の門』まで持つと思ったんでしょう」
 長老は、『春の門』の持つ意味を思い返した。
(春は、妖精の国から妖精が連れてやって来る。しかし、その逆のパターンもあるのだ……妖精の国へ帰ろうとする者達が。このアリオーナのように)
 手のひらに止まらせたアリオーナに目を落とす。
 ポップの話は続く。
「アリオーナは『春の門』の日に春の使者としてやってきて、一輪の花に宿り、そうして、この世界で一生を終えるはずでした。芽吹き花を咲かせ、実をつけ、種をつくり、そしてまた次の春まで眠る。そうして過ぎてゆくはずだった。だけどあるとき、アリオーナの花は実をつけることなく散ってしまった。もう咲くことは出来ない。そう思った瞬間、アリオーナは元いた世界に戻りたいと思ったんです。自分の生まれた、故郷である妖精の国に」
 ポップは悲しげに口もとを歪めた。
「妖精の国に帰ったところで、役目を終えたアリオーナが生きのびられるわけではありません。死は必然であり、死がなければ再生もないのだと、花であったアリオーナは知っています。オレが魔法力を分け与えなければ、アリオーナはそのまま消えていたでしょう。誰を恨むこともなく」
「それで、ポップ殿は……?」
「……約束したんです。オレが、アリオーナを絶対妖精の国に帰してあげると。身の程もわきまえず、えらそうに司祭役に立候補したのはそのためです。すみません、長老。『春の門』までオレが魔法力を分けてあげて、祭場まで連れていってやればそれで済む話だったのですが……オレが、アケテりたかったんです。自分の力で。見たこともない妖精の国。それはどんなに美しい所でしょう」
 美しい妖精の国。毎年門を開けながら、長老もおぼろげにしか見えたことがないまぼろしの国。
 この少年になら、見えるかもしれない。きっと。
 ポップの話をすべて聞いて、納得してフス長老はアリオーナを伴って地下室を出た。
 たくさんの妖精達が、長老と、その手のひらの上にいるアリオーナを見送っていた。
「皆が不安に思ったのは……おまえ達が帰りたいと思っていたからなのだな。帰りたいという想いが凝って、その中心にいたポップ殿を不安定に見せていたのだ。マトリフ殿の推測も半分は当たっている。ポップ殿は、まだ見ぬ妖精の国にとり浸かれているのだ。たとえ、本当にその場所に立ちたいとは思っていないとしても」
 真夜中の空には満天の星があった。
「うらやましいことだ……あれらの妖精達も、妖精の国に帰るためにポップ殿にとり憑いているのだろうが、あれらにはもう、その気は感じられない。あれらはずっと、あのままポップ殿のそばにいるだろう。そんな様子だった。……おぬしもそう思ったのであろうな、アリオーナ。だからこそ、与えて貰った魔法力が切れてそのような状態になっても、私の所へ参ろうとは思わなかったのだろう」
 一回に与えられる魔法力はたかが知れている。
 ちいさなアリオーナは、一定以上の魔法力を受け付けないのだ。
「これ……どこへ行く?」
 手のひらのアリオーナがふわり、と飛んだ。
「ポップ殿のもとへ戻る気か? やめておきなさい、彼は、おまえ達よりダイ様を選んだのだよ……。それが、裏切りとは思わない。ポップ殿にとって、ダイ様は特別な存在なのだろう。おまえ達が、ポップ殿を特別に想っているように」
 アリオーナはわかっている、とでもいう風に何度かまたたいた。
「それでも行くか……。もう、止めはしない。お行き、アリオーナ。おぬしの魂の行き着く先に安らぎのあらんことを」
 仲間の所へ戻ってゆくアリオーナを見ながら、長老は涙が溢れてくるのを感じていた。
(ちいさな者よ……自らの帰りたいと念じたところに戻るがいい。それが今は、ポップ殿になったというだけのこと。悲しむなかれ、アリオーナは幸福なのだろうから)
 そして、ほかの妖精達も。
 合掌して礼をし。祈りの聖句を唱えると、ようやく長老は背中を向けて歩きだした。

>>>2003/2/13up


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