(オーケイ、オレ達の祝宴にようこそ、チャック。好きなだけ食べてってくれよ。それから、この世界会のことを少しばかり教えてくれると嬉しいんだけどなあ)
(く、食い物でつろうったってムダだぞ)
(そんなこと思ってないってば。だって記念すべき異世界での、さらに記念すべきファースト・コンタクトだもんね。歓待すんのはあたりまえじゃん?)
ポップはチャックを卓の上におろし、パンやチーズや、さっきは次の食事までとっておこうと思っていたハムのかたまりを切り分けてチャックに渡してやった。もっともチャックは手のひらサイズしかなかったから、全体としては悲しいほどぽっちりだった。
(あ、ラテルってのはこの猫の名前。ラテル、あいさつして)
「ニャーオ」
ラテルは素直に返事をした。
(ね?)
チャックは遠慮がちにハムに手をのばした。
おずおずとチャックがそれをかじるのを、ポップはなんとなくうきうきしながら見ていた。
チャックはこげ茶色の髪を耳のあたりで切りそろえ、枯れ葉色の赤い上着と帽子、上下のつながった緑色の服を着ていた。
ポップが考えるに、どうやらここは自分達の世界の隣にある次元じゃないかと思う。
チャックの格好は、≪森の人≫とか≪ちいさなお隣さん≫、などと呼ばれる伝承のこびととそっくりだ。きっと自分達では通れないような次元の隙間から彼らはよく遊びに来ていて、いたずらして帰ってゆくのだろう。
(……なあ。どうして大きな人間がここにいるんだ?)
チャックの言葉をそれを裏付けるものだった。
(うーん、どっから説明したものかなあ)
ポップは自分のことを話した。
ポップが育ったランカークスの田舎、おやじの武器屋の、武器たちの冴えた冷たい光。流れの戦士たち。粗野で荒っぽい、気のいい男たち。
今は自分も大きくなって、パプニカという国で働いていたのだけど、もうずっと行方不明の友人を捜すために、ひまをもらって旅に出たこと。
大魔王のことは話さなかった。このちいさな友人に、無理に話すこともないだろうと思ったからだった。
(じゃ、そいつが見つかれば、ここを出て行くんだな?)
聞き終えるとチャックはそう質問した。
(うん。ここで見つかるかどうかはわからないけれど、そしたらまたほかの世界で捜すだけさ。チャック達の生活の邪魔はしないよ。約束する)
(そのケダモノをオレ達にけしかけたりもしないな?)
(ケダモノ? ああ、ラテルのことか?)
ラテルはポップの膝の上で丸くなっている。
(もちろんだよるチャックを捕まえさせたのは悪かったけど、ラテルでないと君達すばしっこそうだから、オレじゃ捕まえられないし。捕まえたからって、危害を加えたりしないのはわかってくれたよね? オレはただ、この世界のことを知りたかっただけなんだ)
ここぞとばかりポップは強調した。
チャックを信用しなかったわけじゃないけど、ここは異世界、自分達のルールが通用しないこともあるだろう。石橋は叩いて渡ったほうがいい。
(気に入ったぞニンゲン! おまえの率直さに免じて、オレもこの世界のことを教えてやるっ)
(ポップだってば)
うちとけてくるとチャックはよくしゃべった。
ついでにたらふく食い、飲んだ。あの体のどこに入るんだろう、とポップは感心さえしてしまった。
ふと火の周りを見ると、たくさんのチャック──もちろん、全員ちがうこびと達が物影からこちらを見ている。
(チャックの仲間?)
(あいつらも呼んでいいか?)
(もちろん)
チャックが口笛を吹くと、二十〜三十人ほどのこびとが集まってきた。これで全員なら、そんなに大種族というわけじゃなさそうだ。まあまだ出て来ていないこびともいるだろうし、詳しい人数はよくわからない。
ポップは気前よく食料を出し、こびとがつつくに任せた。無いなら無いでなんとかなるだろうとポップは思っている。それにこれでこびと達と仲良くなれるなら、多少の食料は惜しくなかった。
みんなの話によると、ここはエルウェストランドというらしかった。
この世界の総称か、国の名前か、それはわからなかったけれど、チャック達はそう呼んでいる。それだけわかればいい。
夜は穏やかにふけていった。
心話で色々なことを語りあいながら、初日でこれなら結構幸先いいじゃんと、ポップは上機嫌で眠りについた。
※
目覚めはやかましかった。
まだ夜も完全にあけていないうちから、鳥達がばさばさ活動をはじめた。
鳥の声がこんなにもうるさいものだとは知らなかった。日頃、寝起きの悪さでは人語に落ちなかったポップだが、ここでは朝寝坊などということは許されない贅沢であるようだった。
(おはようポップ。起きたんなら手伝え)
昨日いっしょに寝たチャックが声をかけた。
(……なにを?)
ポップはまだ半分夢の中で、ぼーっと草の上に座っていた。
(ダメだこりゃ。ラテル、お前さんのご主人はまだ寝ボケてるようだぞ。目を覚まさせてやれよ)
ラテルを振り返ってチャックは言った。
「だあ──────ッ!!」
手袋を脱いでいたポップの手の甲に、ラテルが思いっきりツメを立てた。
「ラ、ラテルっ、本気でやったなあ!! 猫のツメってのは痛いんだぞう! オレはおまえをそんな猫に育てた覚えはな──いッ!!」
ついこちら語で叫んでしまった。チャックがびっくりしてポップを見ている。しかしラテルはどこ吹く風だ。
(お、おい。大丈夫か?)
(まあね。おかげで目が覚めたよ、本当に)
さすがに申し訳なさそうにチャックが言うのに安心させておいて、ポップは回復呪文を唱えた。ひっかき傷が綺麗に消えるる
おおっと、四方からざわめきが起こった。
ひとかかえもある花のつぼみをかかえて、何事か作業をしていたこびとたちが、一斉にポップを見ている。
(おまえ、≪賢者≫か!?)
(大魔道士と呼んでくれ、その呼ばれ方は好きじゃないんだ。ところで……)
ポップは周りを見て言った。
(何やってるんだ? みんな、つぼみ持って)
(そ、そうそう。それを手伝ってもらうつもりだったんだ。しかし≪賢者≫様にンなことやらすわけにもいかねーよなー)
(何をいまさら遠慮してんだ? ふんふん、このつぼみに水滴を集めりゃいいのか。任せろ。それくらいなら朝メシ前だ)
じっさい朝食はまだだったから、朝メシ前には違いなかった。
こびとたちが何人かグループでやるところを、ポップは片手につぼみを持ち、片手で空中に漂っている飛沫を集めた。おかげで毎朝の日課らしいこの作業は、かなり短時間ですんだらしかった。
いっしょに朝食を摂りながら、こびとたちがボソボソ話すのをポップは聞いた。
(……≪賢者≫なら資格あるよな)
(あるよな)
(あるって、何が?)
ポップは思い切って聞いてみた。
(真理の女神、われらが≪泉の女王≫に会う資格だ)
チャックがこびとたちを代表して答えた。
>>>2002/6/5up