薫紫亭別館


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「……おい、ラテル。これどっからはいると思う?」
 ポップはがんがんドームを叩きながら、入り口を求めてえんえんと周囲を歩いていた。
 まさかこんな初歩的なことでつまずくとは思わなかった。目の前の望んだ都があるのに、おあずけを食った犬のようにポップは都に入れないのだ。
「こ、これではタネローンに入れないまま三日間が過ぎてしまう。うわーっ、そんなのイヤだーっ、馬鹿やろーオレを入れろーっ!!」
 ヤケを起こしてドームをどんどん叩くポップを、ラテルは呆れたように冷たい目で見ていた。
「……ん!?」
 ドームの中から、誰かがこっちにやって来る。
「やばい。うるさいって文句言われるかもな。に、逃げようラテル」
 逃げてどうするという気がするが、このときポップの頭には騒いで迷惑をかけたという脅迫観念だけがあって、その人間に入り口を聞こうなどという考えはカケラも浮かんでないのだった。
 脱兎のごとく駆けだそうとしたとき、背後から、声が聞こえた。
「……ポップ!」
 ……あまりにも、なつかしい声。
「ポップだろう!? オレだよ、ダイ!!」
 ポップは硬直したまま、振り返ることが出来なかった。
 だってこんな、こんな、うまい偶然があるはずない。出来すぎだ。
「ポップ!?」
 ダイの手が、ポップの肩にかかった。
「……でーっ!? ちょっと待てっ、何で触れるんだっ!?」
 自分とダイとのあいだには、確か赤いガラスのドームがあったよーな……。
 思い切ってポップは振り向き、そしてそこに、ガラスから生えたように半身を乗り出しているダイを見た。
 シュールだ。
 次の瞬間、ポップは堰が切れたように笑いだした。
「どわあっはっはっはっ、ダ、ダイ、おまえ、今のかっこう見たことあるかっ!? す、すげーマヌケっ。三文奇術の手品見てるみたいだ、わはははは」
「……久々に会った第一声がそれかい……」
 疲れた声を出して、ダイは手を離した。
「ふうん。叩くんじゃなくて、押すのか」
 ポップがドームに手をあてると、しばらくはそのままだったガラスがゼリーのような物質に変わり、ちょい、と力を入れただけで手が沈んだ。
「わははは、おもしれー」
「遊んでないで早くこっち来てよ」
 手を伸ばしたり引っ込めたりしてドームの感触を楽しんでいたポップを、ダイがむりやり引っ張った。
「あにすんだよお」
「……相変わらずだね、ポップ」
 ダイはしかし安心したように言った。
 ダイと並んでタネローンを歩きながらポップは、意外と気温が低いのに気付いた。≪永遠の都≫なんていうとついと小春の国をイメージしてしまいがちだが、なるほど、見ると聞くでは大違いだなと思った。
 まだタネローンの端っこのせいかもしれないが、街らしい街も見えない。木々は杉に似た背の高い針葉樹林で、向こうにはなだらかな緑のスロープが広がっている。
 背が高いというならダイもだ。いつのまに……つと、十年も経ってるんだから当たり前か。
 予想はしていたが、大人になったダイはポップより頭ひとつぶん高かった。
「その猫は? ポップ」
 ポップの手の中におさまっているラテルを見てダイが聞いた。
 急速に湧き上がってきた内心の怒りを押し隠してポップは答えた。
「ああ。そのために来たんだ。偶然なんだけどな」
「?」
 ダイはけげんそうな顔をした。
「いいの、あとで教えてやるよ。それよりダイ、タネローンのことを教えてくれよ」
 タネローンは基本的には自給自足で、自分の食べる野菜はもちろん、卵やミルクのために鳥や牛に似た動物も飼っている。
 通貨はなく、物々交換で必要なものを手に入れる。
 船長は住民はほとんど勇者や戦士だと言っていたが、一応ここで生まれ育った人々もいて、そこで服をつくってもらったり、穴のあいた鍋を直してもらったりすることが出来る。
 もともとの住民達は村に集まって家族で住むが、途中からここに来た勇者達は自分で山地などに家を建て、一人で住むことが多い。
 広大なタネローンに比べて住人は圧倒的に少ないと言ってよかった。
「ほら。あれがオレの家だよ」
 赤いリンガづくりの家が見えてきた。まばらに似たような家が幾つかあって、そのうちのひとつから人影が出てきて二人に向かってあいさつした。
「ダイ、そっちは新顔かい?」
 それなりに近所づきあいはあるらしい。物々交換なら当然だ。
「うん。オレの親友で、ポップっていうんだ。よろしくしてやってね。ポップ、コルムさんだよ」
「はじめまして」
 と、言ってから、初めてポップは自分達が一体何語でしゃべっているのかと疑問になった。
 コルムさんとやらはもうかなりの齢に見えたが、若いときは歴戦の勇者で、幾多の戦いをくぐり抜けてきたんだろうなという傷あとが顔にも、恐らく体にも刻まれていた。問題は、このヒトが服装からも推し量れるように、確実に異世界の人間だということだ。
 そういえば船長とも平気でフツーにしゃべっていた。いきなり海におっぽりだされて頭が一杯だったとはいえ、余裕なかったんだなーと自嘲ぎみにポップは思う。
 ポップはまだコルムさんとやらと世間話をしているダイをつんつんと肘でつつくと、
「……なあ、ダイ。オレ達は何語で話してるんだ?」
 こっそり聞いた。
「なに言ってンのさポップ? コトバなんて通じて当然じゃないか」
 ……聞いたオレが馬鹿だった。ダイも相変わらずダイで、細かいことは気にしない男なのだった。
 このあたりが大物なんだとは思うがあいにく自分は小物だ。ポップは注意してダイとコルムさんとやらの会話に聞き耳をたてた。
 ……聞こえる。異国の言葉だ。だがそれは、耳から脳に届くあいだに自国語に変換されている。心話とは微妙に違う。コンマ一秒にも満たないタイムラグがそれを証明している。意味さえも、少々は変質しているに違いない。
「なるほどね」
 あらゆる次元から人のやってくるタネローンでは、この都全体になにか特別に会話を翻訳する機能が備わっているのだろうる船長の船も。たぶん。
「何がなるほどなの? 着いたよ、ポップ」
 ダイは少し誇らしげに、今現在自分が住んでいる家にポップを導いた。

>>>2002/7/10up


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