お世辞にも広いとは言えない。レオナがポップにあてがってくれた、パプニカの一室の方が広いくらいだ。もっとも、部屋の中はこちらのほうが段違いに片付いている。質素だが、あたたかみのある部屋、その原因は、ダイが自分でつくったとおぼしき寝台や椅子のせいだ。
「なあこれ、おまえがつくったの?」
ポップがそう言うと、ダイははにかみながらうなずいた。
外には数匹の鳥が放し飼いにされており、牛(?)も一頭つないであった。一人暮らしなら、これで十分なのだろう。
ダイは暖炉に火をいれ、ポップをその前に座らせた。暖炉の前には色鮮やかな敷物が敷いてあって、これだけは交換してもらったものに違いない、とポップは当たりをつけた。
ラテルは床に下ろしてもらうと、ふんふんと部屋じゅうを嗅ぎ回った。しっかり探索しろよ、ラテル。今日からここがおまえの家になるんだから。
「乾杯」
こつん、と音がした。ダイが木をくりぬいてつくったコップ、その中にワインを満たして二人は再会を祝した。
「……髪を伸ばしたんだね、ポップ」
「似合うだろ?」
「うん」
少しすっぱいワインを口に運びながら、話すことといえばそういうくだらないことだけ。
といって、気まずい雰囲気だったわけではない。話すことが無かったわけでもない。話すべきことはどちらも沢山ありすぎて、どれから話したらいいのか迷うほどだったが、ダイもポップも……その必要を感じなかった。
説明のいらない関係、というのはあるのだ。今の二人のように、何も言わなくとも通じ合うものが確かにあって、会った瞬間に、会わなかった時間も空間も遠くに過ぎ去り、わだかまる想いも、何もかも消えてなくなる。そんなときには、言葉は不用だ。
ただお互いにグラス(コップだったが)を傾けあって、静かに無事を喜びあえばいい。
そうやって、ポップのタネローンの最初の夜は更けていった。時間を無駄にしているとは思わなかった。
ポップは敷物の上で寝入ってしまい、ダイは起こさないように気遣いながら、そっと……寝台の上へ抱きあげた。
※
「……ポップ。起きて、起きてよ!」
ダイの声でポップは目を覚ました。
「あんだよ。まだ薄暗いじゃねーか……」
「タネローンはね、朝がいちばん美しいんだよ」
それを聞いたとき、ポップは船長のセリフを思い出した。
(光は常に夜明けのあかつきに満ち……)
眠い目を無理矢理こじ開けて、ダイに手を引かれながら外に出る。庭にはもう鳥が起きてうろちょろと歩き回っていた。
夕焼けとみまごうほどの、しかし夕焼けほどどぎつい赤ではない、みごとな朝焼けだった。
だがポップには、これといって感銘は浮かんでこない。眠いだけだ。ポップにはもともと芸術を鑑賞するシュミはなかった。絵や彫刻など、ただ単に色を塗った紙とてきとーに形をつけた木や石でしかない。そんな人間には、朝が美しかろうとそんなことどうでもいいことだ。
ポップはダイを見ていた。ダイはそばにいるポップのことなど忘れたかのように朝焼けに見入っている。よく飽きないものだ。この十年、毎日欠かさず見てきたんだろうに。
向こうの山の端から、ひとすじの曙光が射した。
太陽が顔を出したのだ。ポップはいぶかしく思った。
タネローンを取り巻いている、≪あるはずのない海≫では太陽など昇らなかった。この太陽は、一体どこから来たんだろう?
曙光は見るまに範囲を染め変えてゆき、ついにポップの足もとまで届いた。
……あ。
朝の光に身を浸したとき、ポップはちいさく声をあげた。
(……産まれたての赤子のような気持ちに……)
ポップは注意深く光から遠ざかり、ダイに気づかれないように家の中に入った。
寝台ではラテルが気持ちよさそうに眠っていた。
そういや自分もここで寝てたよな。ダイが運んでくれたのかな?
ま、いいや。寝よ、もう一回。
ポップは当然のように寝台に潜りこむと、ふたたび寝息をたてはじめた。
「……ったくもう、ポップってば……!」
どのくらい経ったのだろう、ダイのぶつくさ言う声が聞こえてきた。
「せっかくヒトが起こしてあげたのに、いつのまにか寝ちゃってるんだもんなー。それに、昨日は結局ごはんらしいごはん食べてないから、朝はごちそうつくろうと思ってたのに」
思ってないで早くつくれよ。そしたら起きてやるから。苦笑をこらえてポップは思う。自分を起こそうと思ったら、景色より食事の方が確実だ。
「……あれ!? ポップ、起きてンじゃないか!!」
しまった見破られた。
「わははは、ごめんごめん。いや今起きたトコなんだってば、ホント!」
「笑ってごまかすなあっ!!」
ダイが寝台に身を乗り上げてポップを引き摺りだそうとすると、
「フギャア!!」
というものすごい声が聞こえた。
「ラテル!?」
シーツをはぐと、凶悪な面相でラテルが睨んでいた。ポップは逃げようとするラテルをつかまえて必死であやした。
「そうか、ダイ、おまえ、どさくさでラテルの体のどこか踏んづけたな!? かーいそうに、大丈夫かラテル? ひどいことされたなー」
「ご、ごめん。そこにいるなんて気づかなかったから」
「猫に理屈は通用しない。痛かったら攻撃、相手は敵だ。人間に踏んづけられたら猫の方は内臓破裂に複雑骨折だ。ああ、心配ない。特にケガはないみたいだ」
わざと大袈裟に言ってやると、ダイがますますむちいさくなった。
面白いからもっと意地悪して遊ぼうかと思ったが、それも可哀相なのでいいかげんで妥協した。
「さあ、ダイ。よーく見ろ、こいつを」
ポップはラテルを目の高さにまで持ち上げてダイに付きつけた。
「え……なに?」
「昨日、後で教えてやるって言ったろ? 教えてやるというか当てさせるというかだが、オレがただの猫を道連れにするとでも思ったのか?」
レオナ達はただの猫だと思っていたようだが。
「姿かたちに惑わされんなよお。心の目で見るんだ、心の目で。フレイザードと戦ったときみたいに」
これだけヒントを与えてやればいいかげんわかるだろう。
ダイが気づいてくれなかったら、ポップの旅の半分は失敗したも同然になる。だがポップは、その心配はいらないだろうと確信していた。ダイと再開してまだほんの少しの時間しか経ってないが、ダイが以前と同じ、優しさとカンを失っていないのがポップにはわかった。
ダイは一瞬きょとんとしたが、すぐに目を閉じ、素直に黒猫に集中しはじめた。
ポップは息を呑んで、集中していダイを見つめた。ラテルがうざったそうに身をよじった。
きっと、ダイなら、ラテルがわかる。パプニカのレオナ達にはわからなかったけど、ラテル自身、自分がなにものであったか覚えていないのだけど。
「──ゴメちゃん!?」
信じられない、とダイは目を見張った。
>>>2002/7/14up