三日目の朝が来た。
今日が終われば、ポップは船に乗ってタネローンを去る。永遠のタネローン、ダイをとらえた赤いガラスの都。
「今日はオレが朝メシつくるよ」
あくびしながらポップは言って、ダイが朝日を浴びているあいだに朝食をつくった。
「ポップがつくってくれるなんて思わなかった」
ポップのつくったかんたん手抜き料理を、ダイはそれは嬉しそうに食べた。こちらが申し訳なくなるくらいだった。
「あのね」
朝食のあと、腹ごなしに散歩に出てダイはちいさく切り出した。
「朝のごはん、とってもおいしかった。……ポップさえ良かったら、また明日も朝ごはんつくってくんないかなあ」
「はあ?」
「い、いや、無理にとは言わないよ。そうだよね、ポップ朝弱いし。ごめん、今の、忘れて」
……これはまた。ダイは、自分──ポップがずっとここにいると信じこんでいるようだ。そりゃ教えてはいなかったが、しかし。
「あ、あのな、ダイ。オレ明日帰るんだけど」
「どうして!?」
意外な強さでダイは詰め寄り、ポップはいささか面食らいながら説明した。
「だ、だって……オレをここへ連れてきてくれた船長が言ったんだ、出て来る気なら三日待ってやるって。帰るのにも船が必要だからって」
「船長!? ……って、あの船の!?」
「あ、ダイも船長知ってんのか。そうだよな、来るにはあの船に乗らなきゃいけないみたいだもんな」
そういえばそうだ。
「どうして帰るなんて言っちゃったんだよ! ここだっていいじゃないか、ここでだって生きてゆけるよ。そうだよ、その船長には悪いけど、ポップはここに残って……」
「ダイ!!」
珍しくポップが本気で怒った。
ダイはびくん、と身をすくませた。
「わからないこと言うんじゃない。約束しちゃったモンは仕方ないだろう。ここは確かにいいとこだし、ダイもいるけど……」
「けど?」
ダイは、すがるような目をしていた。
「……オレは、このままタネローンで平和に暮らすつもりは無いんだ。世界はオレが思っていたよりずっと複雑で広くて、オレは行ってみたいんだ、色んな世界に。そのための呪文も身につけてる。ここに来たのはラテルをおまえに渡すため。オレの代わりに大事にしてやってくれな、ダイ。あいつがいなくなると寂しいけど……」
「ポップ」
ぎゅっと、ダイがポップの長衣をつかみしめた。
「……本当に、本当にそれだけ? オレに、会いに来てくれたんじゃないの?」
「馬鹿」
ポップは自分より高いところにあるダイの髪を、くしゃっとかきまわした。
「会いたかったに決まってるだろう、まったく、ヘンなとこだけ子供だな。図体ばかりでかくなりやがって、情けないぞ」
「……情けなくて悪かったね。それくらい、うぬぼれたっていいじゃないか。十年ぶりなんだよ。オレがポップに会えてどんなに嬉しかったか、ポップにはわからないんだ」
すねたように言うダイに、ポップは笑って手を絡ませた。
「可愛い、可愛いぞ、ダイ! 馬鹿、オレだって嬉しかったんだぞ。ごほうびにいいこいいこしてやろう。ほーら、いいこいいこ」
ポップはダイの頭をむりやり抱っこして頭を撫でた。
「ポ、ポップ。オレはもう子供じゃないよ」
「子供だよ」
口調とは裏腹に真剣な表情でポップは言ったが、頭をポップの胸に埋められているダイにはそれを見ることが出来なかった。
「帰ろう。ラテルが待ってる」
ダイをうながし、ポップは先にたって家路を歩いた。
午後は、言葉少なに過ごした。
しかしそれは一日目の夜の、何も言わなくとも通じあっている沈黙ではない。お互いに、口を出してせっかくなごやかに来たここまでの時間を、無駄にしないために黙っているのだ。
ダイは、まだ釈然としないでいる。
ポップにはダイの心の動きが手に取るようにわかる。変わらない男だ、十年経っても。
「………」
ポップはちらりとダイを見た。
でもダイ、それはわがままというモンだよ。自分がタネローンにいるからといって、そこにオレが訪ねてきたからといって、ずっと一緒にいてくれるという意味じゃないだろう。
まあ、その気持ち自体は嬉しかったけどね。少なくとも歓迎はしてくれてたわけだし。良かった。これでも一応悩んでたんだよ、おまえにはわからないところで。
しかしポップとしては、この気まずい雰囲気のまま別れるつもりはこれっぽっちも無かった。
時間が無いんだ、自分には。
ほら、もうすぐ夜になる。夜明けとともに、オレしいなくなるんだよ。
もっとほかにすることがあるだろ? まさか、そこまで教えてやんなきゃいけないわけか?
「ダイ」
背を向けて反対に座っているダイをポップが呼んだ。
「な、何? ポップ」
びくつきながらダイが返事をした。
ポップは立ち上がって、
「晩メシをつくってやろう。明日の朝はムリだから、せめて」
「え……い、いいよ。ごめんね、気がつかなくて。明日帰るんなら今夜は歓送会しなきゃいけないのに。オレがつくるよ、待ってて」
「……ほんとに馬鹿だな、おまえ」
ポップはダイの前に立ち、肩に手をおいて座ってろ、とゼスチャーした。その姿勢のまま、ポップは手をくちびるに当て、シュッと……手袋から左手を抜いた。
右手は見せつけるようにゆっくりと裏返す。口はまだ左手袋を咥えたままだ。
「ポ、ポップ……!?」
両手袋をダイの口に押しこみ、チッチッとちいさく舌を鳴らした。手早くブーツを脱いで、まとめて放り投げた。わざと音をたてて、ベルトをとく。
長衣を脱いで、シャツとズボンだけになった。ダイの手をとり、胸もとにあてさせた。
「……あとは……頼むな。まったく、情けないったらありゃしない。一緒に寝ようと言って本当に寝るやつがいるか、馬鹿野郎。そんなところが子供なんだよ」
「だっ……」
手袋をのけて反論しようとしたダイを、ポップがくちびるで塞ぐ。
「……ほら。オレを抱いて、寝台に連れてけよ。まさかやり方がわからんだとか、頼む、言わんでくれ、うわあ。ダイはオレが好きだろう? オレに恥をかかせるつもりなんて、ないだろう?」
目と目をあわせて、言う。
ダイの手が、背中に回った。背中に電流が走ったようだ。ポップは震えながら、ダイに縋りついた。
ダイはポップを抱きあげ、寝台へ運び、服に手をかけた。そうされている間中、ポップは目を閉じ、ダイに任せていた。
「ポップ……ほんとにいいんだね?」
「さっさとやれ、馬鹿っ」
この期に及んで──と怒鳴りつけてやろうと思ったが、そのときにはダイの手が侵入してきて、ポップはもう何も考えられなくなった。
>>>2002/7/21up