「早くからお時間を取らせてしまって申し訳ありません、王様」
次の日、ポップは朝一番にテランの王宮に出向いて、王様に接見を願った。
テラン王はやはり寝台に身を起こしたままポップを迎えた。
「構わぬよ。ところで、良い報告は持ってきてくれたかね?」
「いいえ。実は、肝心な事を聞き忘れた事に気が付きまして……」
「ふむ?」
ポップは姿勢を正して、単刀直入に切り出した。
「王様。メルル本人には、もうこの話をされているのですか?」
「いや……まだだ。君が承諾してくれなかった場合の、メルルの心痛はいかばかりかと思うとな」
王は僅かに首を振りながら答えた。
「ただ、どちらにせよ、メルルが私の後継者になると思う。彼女は高名な占い師ナバラの孫娘で、今ではメルルの方が能力が強いと言われている。君以外には、メルルしか候補がいないのだ。その場合はパプニカと同じように女王が立ち、その夫は王配として扱われるだろう」
ポップは考えた。つまり自分が相手でなくとも、メルルは王家の一員になるのか。相手は誰だろう。何かムカつく。メルルの補佐が出来るくらい有能な男じゃなければ承知しねえぞ。――と、いかんいかん。ポップは頬を自分で張って気合いを入れた。王はポップの奇行に驚いたようにいぶかしげに聞いた。
「……どうかしたのかね?」
「王様。お話をお受けします。ですが、条件があります」
言ってみなさい、とばかりに王は鷹揚に顎をしゃくった。
「オレはこれからメルルに求婚します。その求婚をメルルが受け入れてくれたら良し、ですが断られた場合は、この話を無かった事にして頂きたいのです」
ポイント・オブ・ノー・リターン。ここが引き返し不能点だ。
ポップはテラン王に捲くし立てた。
「王座目当てで求婚したと彼女に思われるのは心外ですし、先に条件を言ってしまって、妙な先入観から彼女が断りにくくなってもいけない。オレが行動を起こすまで、この件は誰にも内密にして頂きたいのです、王様。そして、彼女が答えを出すまで。……晴れて選ばれたあかつきには、頃合いをみて、オレから彼女に言います」
「……君の言葉を聞いていると、まるで振られること前提で話しているように思えるぞ」
ポップは下に視線を伏せた。
「まさにその通りです、王様。オレには自信がない。四年前は確かにオレの事を好いてくれていたと思いますが、今となっては……! 見切りをつけられていても文句は言えません。オレは、彼女の審判に従います」
心の中の壁越しに、メルルの心を探る。
メルルの心はいつも凪いでいて、テランの湖面のように穏やかだ。ちょっとほっとする。多分、嫌われてはいない……と、思う。少なくとも、拒絶はされていないようだ。
「……君、四年間、いったい何をやっていたのかね?」
呆れた調子で王は言った。
返す言葉もない。ポップはとにかくお願いしますと頭を下げて、王に条件を呑ませる事に成功した。
後は、メルルと向き合うだけだ。
「あれ?」
いつものようにジャンク屋二号店を訪れたダイは、店先にclosedの札がかかっているのを見つけた。
実は三日前にもこっそりレオナの目をかすめて遊びに来たのだが、その時にもこの札がかかっていた。元々開店休業みたいな店だが、ポップが店を休む事は滅多にない。趣味か道楽みたいな商売だからこそ、開けて見て貰わなければ意味がないらしい。その割に集客には無頓着だが。
勝手知ったる何とやらで裏口から入る。台所の流しが乾いていた。どうもポップはここ数日間、自分の家に戻っていないらしい。ふと思いついて、店を出る。大通りから一本外れた通りに入り、ちょっと歩くと、そこが魔術道具一式、魔法のことならどんなことでも相談OK、呪殺引き受けます──エイクの店だ。
店主の魔術師エイクはダイの天敵だが、ポップの事は崇拝している。
ダイは職業上でも商売上でも交流の深いエイクにポップがどこへ行ったか知らないか、と聞いたが、返事はそっけないものだった。
「さあね。ポップ様も子供じゃないんですから、一週間やそこら留守にした所で心配いりませんよ。私は忙しいんです、これから大事なお得意様に、品物を一点納品しなきゃならないんですから。用が終わったならさっさと帰ってくれませんか?」
「………」
ダイは一瞬鼻白んだが、思い直して引き返した。
顔が緩む。ポップは大丈夫らしい。
一方のポップは心臓が爆発しそうなくらい緊張していた。
ダイがエイクの店を訪ねた日から更に数日後、ポップはメルルに通ずる心のドアをノックして、この日に会えるようアポイントを取っていた。何の用で行くかは注意して隠していたから悟られなかった……ハズだ。
この日の為に、ノヴァにからかわれながらロン・ベルクに指示して貰って、焼くと銀色に光る粘土でリングをつくり、乾燥させ、悪戦苦闘の上ようやくこれぞ! という一本を焼き上げると、よーく磨いてからエイクに取り寄せさせた貴石を嵌めこみ、完成させた。
更にその上からポップ自身の魔法力を注ぎ込む。護符としての力を持つように。
ポップ版アバンのしるし――シャムロック・バッジを作るのと要は同じだが、バッジとは桁違いの魔法力を込めた。こんな物で気が惹けるとは思わないが、やれる事はやっておきたい。
メルルの家までダイレクトにルーラで行く事も出来るが、あえて少し離れた場所をイメージした。
そこで大きく深呼吸をする。
四年間、全く会わなかった訳じゃない。パプニカに式典などがあれば、はるばるやって来てくれたし、もちろん帰りはルーラで送っていって、次からは心のドア越しにでも話しかけてくれれば迎えに行く、と約束した。だからメルルが徒歩と船を利用してパプニカに来たのは一度だけだ。
自分からも、ちょっと珍しい果物や菓子が手に入った時などは御裾分けに寄った事もある。
メルルは暖かく迎えてくれたが、付き合っているかと言われると……微妙な所だろう。改めて己の馬鹿さ加減にもんどりうって、地面に頭突きしたくなる。決して嫌いじゃなかったのに。むしろ最初からいい感じの子だな、と思っていて、服を繕って貰ったりなどして親切だな、家庭的だな、オレに気があるのかな……とまで思っていたのに、どうしてそこで気付かないかな自分。
結果としてあんな形で告白させてしまって、メルルを傷つけた。
自分よりメルルの方が何倍も勇敢だった。
自分が勇気の使途になれたのは、メルルのおかげだ。だからこの勇気はメルルに返して、自分は自分の勇気で想いを彼女に伝えなければいけない。深く息を吸い込んで、森と湖の精気を取り入れると、ほんの少しだけ落ち着く事が出来た。時刻は夕闇が迫っていた。
たぶん真っ赤に染まっているだろう顔色を明るい場所で見られたくなかったのだ。
夜の力を借りて、本来は情けない自分の勇気を総動員して歩き出す。
行く手にちいさな小屋が見えてきた。メルルと祖母のナバラが二人でつつましやかに暮らしている家だ。やわらかな灯りが窓やドアの隙間から洩れている。ポップは思い切ってノックをした。すぐにメルルが顔を見せた。久し振りに会ったメルルはメルルの周りだけフォーカスがかかって、光の粒が彼女を取り巻いているように見えた。
その瞬間、ポップは会ったらこうしよう、とか頭の中で組み立てていた段取りやら計画やらが全てどこかへ吹っ飛んでいってしまい、しどろもどろになりながら、なんとか結婚を前提に……! と、作った指輪を差し出した。
メルルは指輪を収めた小箱を受け取った。
そして言った。
「……待ってた……!」
>>>2010/08/03up