薫紫亭別館


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「お兄ちゃーん、こっちこっち」
 東のあずま屋で、ディーナが手を振ってレオンを呼んだ。
 今の季節、一番最初に陽が射して、花も多いあずま屋には、ディーナとメルル妃、そして彼女が丸いテーブルを囲んで座っている。レオンは慌てて空いた席に座った。その席が彼女の隣、という所に、妹の作為を感じるが。
「悪い、遅れた。でも何でいきなりお茶会?」
 こっそりディーナに感謝しながらレオンは聞いた。
「だって御挨拶に行ったら、もうお帰りになる準備をされてたからびっくりしちゃって。だから急いでお茶の用意をさせて、メルル妃とクロエ姫をお招きしたの。せっかくパプニカにいらしてくださったんだもの、私だってお近づきになりたいわよ」
「パプニカの城は私達には広くて」
 メルル妃は僅かに恥ずかしそうに申し訳なさそうに、もじもじと肩をすくめ、
「昨夜のパーティーも、ああいった華やかな場所は慣れてなくて、落ち着かなくって。場違いだったでしょう? この子も口の利き方がなってなくて……そういえば、レオン王子には昨夜は大変失礼なことを。クロエ、お詫びしなさい」
 ごめんなさい、と簡潔に彼女は頭を下げた。
 いえ、とレオンが返事をする前に、ディーナが口を開いた。
「お気になさらないで。コレでも私には、いいお兄ちゃんなんだけど……趣味じゃないなら仕方ないもの。それに、クロエ姫は成人したらテランの女王様になるんですもの。そんな方を、知らなかったとはいえいきなり求婚するなんて、お兄ちゃんが身のほど知らず過ぎるわ。さっぱり切ってくださって、むしろ感謝しています」
 ディーナがいつもより畏まった口調なのが笑える。
 しかし妹よ、オマエは兄の味方をしてくれるんじゃなかったのか。
「そんな事はありませんよ」
 メルル妃はにっこりと微笑んだ。
「クロエが望むなら、普通の結婚をさせても構いません。テランは小国ですから、血や世襲にはこだわりませんの。その時は誰か他に王を立てます。ポップさんも、きっと許してくださるわ」
「え……っ?」
「やったねお兄ちゃん! それなら、クロエ姫をお嫁に貰えるかもしれないじゃん!」
 がたん、と勢いよく椅子から立ち上がってディーナがはしゃいだ。
 反面、自分の事が話題になっているというのに、彼女は関心なさそうに、あちらを向いている。
 ……表情がないというか、むしろ仏頂面? 
 女の子ってこんなんだっけ。サンプルが母と妹、という所が情けないが、ディーナと母はよくくだらない事で怒ったり笑ったりしていた。スルーしていた女の子達を思い返してみても、もう少し、表情豊かだったような気がする。
「あ、お兄ちゃんの分のケーキが来たわよ。私達も食べましょう」
 遅れて席についたレオンの前に、お茶とお菓子の皿が並べられた。ディーナはともかく、客人の二人まで待たせてしまったのは良くない。謝りながらレオンも勧めた。
 彼女が銀のフォークを手に取る。ケーキを口に運ぶのを見て、彼女でもものを食べるんだ、と何故か安心した。空気が違い過ぎて、そこらの食糧では彼女を養えないような気がする。
「……美味しい」
 彼女がつぶやいた。
「あ、良かったらこれも」
 レオンは自分の皿を彼女の前に差し出した。
「え、でも……」
「いいんだよ、気にしないで。どうせしょっちゅうコイツに横取りされてるんだから、ディーナに食べられる前に、君に食べて貰えれば」
 ぱち、と。ほんの少しだけ、彼女の目が丸くなった。
 そして笑った。
「………!!」
 どうしようすっげえ可愛い。自分が真っ赤になっているのがわかる。
 これも唇の端を少し上げただけの、微笑ともいえぬ微笑みだったけれど、完全にレオンは心を持っていかれた。彼女になら、心でも心臓でも捧げて構わない。
「鼻の下伸びてるわよ、レオン」
 ゴン、とディーナが頭をどついて、レオンの目を彼女から離させた。誰が横取りしてるのよ、とディーナが抗議するのを右から左に聞き流す。彼女が自分のケーキを食べ終えて、遠慮なくレオンの皿に手を伸ばす事に幸せを感じる。ちょっとだけ彼女を身近に思う。良かった、人間だ。
 母や妹と共通する部分を見出して、レオンは胸を撫で下ろす。
「何だ。そんなに気に入ってくれたのなら、幾らでもおかわりして貰っていいのに」
 声と共に、すっと影が隣に割って入った。
「父さん」
「何だか楽しそうな事やってるから、混ぜて貰いに来たよ。お茶会、ディーナが開いてくれたんだって? 父さんも呼んでくれれば良かったのに」
 父は召し使いに席を増やして貰いながら言った。
 父である勇者ダイは特に公的な役割を持っていないので、王配としての顔が必要な時以外は、結構気ままに過ごしている。おかげでレオンとディーナも、どちらかといえばお父さんっ子だ。育児に割ける時間が母より段違いに多かったおかげだと思われる。
 のだが、昨夜の会話が引っかかっているのか、ディーナはつんと顔を逸らして父を無視している。
 なんとなく責任を感じて、レオンは父に話を振った。
「と、父さん。直接戦ってた訳じゃないけれど、メルル妃も父さん達の仲間だったんだよね。その時の話、聞かせてよ」
 実際メルル妃はアバンの使徒ではないから、講談や詩の内容では一段低い評価……というか、ほとんどスポットライトが当たらない。大魔道士様と結婚されて、テランの王妃になってからは多少脚光を浴びたものの、それがなければまず注目される事はなかっただろうと言われている。
 父はレオンの他意には気付かずに、
「メルルの予知や占いには随分助けられたんだよ。ダイの剣……その時はオレの力に耐え得る剣、だったけど、それをどこに行ったら手に入れられるかとか、レオナと一緒に破邪の洞窟に入ってった時なんか、メルルのおかげでほぼ道を間違える事なく、目的の階まで辿り着けたとか」
「そんな。私の力など皆さんに比べれば本当に微力で……お恥ずかしい限りです」
 メルル妃と喋っている父は、母といる時とはまた違った意味でいい雰囲気で、レオンは妹の目が怖い。
「メルル、一生懸命だったもんね、ポップの為に」
「そうなんです。ポップさんに好きな人がいると知っても諦めきれなくて」
「えっ!?」
 つい、レオンは声を上げてしまった。
「あ、すみません。大魔道士様とメルル妃は相思相愛で、とても仲睦まじいご夫婦だったと伺っていたもので……大魔道士様にそんな方がいたとは、その、さっぱり……」
「その辺りは詩篇にまとめられていませんものね。大体、戦いが中心で」
 くすくすと、気を悪くした風もなくメルル妃は答えた。
「いや、詩人が配慮してくれた部分も大きいよ。やっぱりあのドロドロの五角関係は、話としては面白いんだけど、まとめる手間とか、登場人物の名誉とか考えると、そんな昔の話じゃないだけに、あんまり面白おかしく編纂する訳にもいかないだろうし」
「お父さんっ! 五角関係って何!! お父さんもその内の一人だったの!?」
 ディーナが立ち上がって詰め寄った。いいから妹よ、落ち着け。腐ってもオマエは姫だろーが。
 彼女はというと、ちらとレオンが盗み見ると、やはり興味なさげに無表情を貫いている。いっそ潔い。
「違う違う。オレとレオナを抜いたアバンの使徒の三人と、このメルルと、パプニカ三賢者の一人でエイミさんっていう女の人とだよ。エイミさんは大戦後、出奔しっ放しだから、ディーナとレオンは会った事ないだろうけど」
「名前だけは……。でも、それじゃ、お二人は政略結婚……なんですか?」
「それは違うよ、ディーナ」
 父は珍しく言葉尻を荒げてディーナをたしなめた。
「確かにテランの王様から話はあったけど、その時にはもうずっと前に、ポップはその人から振られていたし、ポップはメルルに余計な気を回させない為に、王様からの話はメルルには知らせずに求婚したんだからね。結果的に王と王妃になったけれど、それはただのきっかけで、いつかはこうなると思っていたよ、オレは」
 ありがとうございます、ダイさんとメルル妃は頭を下げている。
 何だか不思議だった。父やその仲間達にも若い頃があって、くっついたり振られたり。しかし大魔道士様を振る女性がいたって凄いな。男にも、父と同じく崇拝される対象だろうに。
 ディーナは怒られてしゅんとしていたのが、父とメルル妃には何の関係もないと知って、目を輝かせてメルル妃と大魔道士様の、若かりし頃の恋愛話をねだっている。女ってこーいう話好きだよなー。
 ……でも、若かりし頃ったって、大魔道士様がお亡くなりになってから、何年だ!?
 レオンが物ごころついた時には既に伝説の中の人だった。
 だが彼女が十歳なのだから、十年かそれ以下……まだ、思い出にするには早過ぎないだろうか。
「あの……」
「レオン、姫を魔道士の塔に案内して差し上げなさい。場所は知っているだろう?」
 父がレオンの言葉をさえぎって言いつけた。
 一瞬、反論しようかと思ったけれど、彼女が無言で立ち上がってこちらを見たので、レオンも仕方なく命令に従った。いやちょっと嬉しかったけど。父さんグッジョブ! なーんて心の中で親指を立てて、サムズアップしてしまったり。
 残念ながら彼女はレオンの差し出した手に目もくれず、さっさと案内しろ、と言うように先に何歩か歩いて振り返った。現実は厳しい。
「どうぞ。こちらです」
 彼女をさりげなくエスコートしながら、レオンは魔道士の塔への道を歩き出した。

>>>2011/5/26up


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