薫紫亭別館


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「お話を伺ってもよろしいですか?」
 道すがら、レオンは彼女に話しかけた。
「……どうぞ」
 彼女はやはり言葉少なに答えた。
「クロエ姫は、父親……大魔道士様の事を、どれくらい覚えてらっしゃるんですか?」
 さすがにいつ死んだの? とは聞けない。レオンは少々遠回しに尋ねた。
 彼女は今日も黒い服を着ていた。リボンや靴さえ黒で、それが彼女の肌の白さを際立たせている。
 何故そんな事を聞くのか、と彼女は不審そうに首を傾げながらも、
「……直接にはよく覚えてないわ。周りの者から、話は沢山聞かされたけど」
 テランの重鎮はほぼ以前の魔道士の塔の面々で占められているから、彼女の父親で、塔の主であった大魔道士様について語るのは難しくなかったろう。
 何たって皆、大魔道士様を追いかけてパプニカからテランに移住したんだし。それに、元々大魔道士様はお弟子を取る事に熱心じゃなくて、拝み倒して弟子にして貰って、それで魔道士の塔が出来た、というのをレオンは父から聞いた事がある。
「普段は飄々としていたけれど、ここぞ、という時には決める方でしたとか、余り規制をつくらず、自由にやらせてくれるタイプだったとか、自分達が束になってかかっても及ばない位、強大な魔法力を持っていたとか。才能は確かな人だったみたい。宰相や、大臣達の話では」
「大魔道士様は天才だった、と父が」
 父の絶賛っぷりを思い出してレオンは口を挟んだ。
 が、すぐに口調を改めて、
「でも、それでは、姫には大魔道士様との個人的な思い出などは……」
 痛ましそうに言った。
 彼女は何処か迷うような素振りで指輪を嵌めた手を口元にやり、しばらくしてから、答えた。
「……顔は知ってるわ」
 何気なくレオンは突っ込んだ。
「それは、肖像画か何かで?」
「いいえ。もちろん肖像画もあるけれど、私が覚えているのはもっと前……ちいさい頃から、気が付けば私を見ている人がいたの。半分透けてて、子供心にもこの人はこの世の人じゃないってわかったけど、怖くなかった。それが父だというのも、何となくわかってた。血が繋がってたからだと思うんだけど」
「凄い! やっぱりそーいう能力って遺伝するのかな。オレなんか勇者の息子だっつーのに完璧な凡人で、多分、ディーナも普通なんじゃないかな。父さんの遺伝子弱過ぎ。いや、王子に生まれた時点で他の人より恵まれてるのはわかってるんだけど」
 いささか砕け過ぎた物言いをしてしまったのに気付いて、ぱっとレオンは口をつぐんだ。
 彼女はまたもレオンを凝視して、くす、と笑い、レオン王子様って面白い方なのね、と言った。
 レオンはもうそれだけで幸せの絶頂で、あたふたと意味不明の動きをしながら、
「あ、オレの事はレオンって呼び捨てで結構ですから。レオン王子様、なんて仰々しいし」
「……じゃあ、私の事も、クロエと」
「いやそれは。馴れ馴れしいって妹に怒られそうだし。……姫、でいいですか?」
 ええ、と頷く仕草がまた可愛い。
 レオンはもっともっと話を続けたくて、霊が見える以外にはどんな能力が? と聞いた。
「……母は、私を巫女だって言ってるわ」
 塔までの道を先へ進みながら、彼女はぽつりぽつりと話し始めた。
「テランに何かあると、私が媒介となって神降ろしをするの。もっとも、その前に母の占いや予知で決める事がほとんどだけど。だから、実際にはまだ数える程しかやった事はないんだけど」
「そうなんだ。テランの神様って竜の神様だったよね。父さんとも縁があるって聞いてる。神様をその身に降ろす気分ってどんな感じ? 記憶とかある?」
「余り……よく、わからないの。そういうものだって、母が。でも神降ろしをした後はとても疲れるから、その事もあって、母はあんまりさせたくないみたい。私の体に負担がかかるから、って」
 なるほど。
 巫女が神降ろしをする時は一種のトランス状態らしいから、彼女が覚えていないのもわかる気がする。
「ふうん。でも、そーいう才能があるっていいよね。オレも、初歩的なメラとかヒャドくらいなら使えるんだけど、剣はぶんぶん振り回す事しか出来ないし、羨ましいな」
 レオンは本気で感心して言った。
「……そんなこと、ないわ。私だって……」
 彼女は指輪をもう一方の手で包み込むようにしながら目を伏せた。
 あの指輪は何だろう。彼女にとってとても大切な物らしい事はわかるが、まだそこまで立ち入った話を聞くのは失礼だろう。レオンは自分と妹との馬鹿話をしながら、彼女を笑わせながら、何とか打ち解けてくれたかな、と思った頃合に、丁度良く魔道士の塔に到着した。
「ここが魔道士の塔です、姫」
 塔は以前の住人達が出て行った時のまま、他に使われる事なく捨て置かれていた。
 大魔道士様がいらしていた時に皆で植えたというエダマメが、ぐるりと周りを取り巻いている。その昔は父がレオンとディーナを連れて実を収穫に来た事もあったが、どうやら父は大魔道士様との思い出が色濃く残る塔に来るのが辛いらしく、今ではほとんど足を運ばなくなってしまった。
 それでも落ちた実は毎年つるを伸ばして、塔を緑色に変えている。
「私、中を見てみたいわ。入れる?」
 レオンを振り返って彼女が問うた。
「あ、しまった。鍵、貰ってくれば良かったな。この塔は父さんが管理してて、他の者は立入禁止なんだ。でも、姫のお願いなら聞いてくれると思う。ちょっと戻って貰ってくる」
「いいわよ、この次で。……近付いてみてもいい?」
 彼女はまだ、パプニカにいてくれる気になったらしい。もちろん、とレオンは答えた。
 彼女はたたっと走っていって、エダマメのつるを手に取った。
「この豆、テランにもあるわ。でも、テランのものより生育が悪いみたい」
「えっと、確か……魔法力を肥料にして育つ、んじゃなかったかな。もちろん普通の土と水だけでも育つし、この塔も放置されて長いから、先祖返りしてフツーの豆になっちゃったかもしれない」
 ああ、そういえば……と彼女も納得している。
「テランには、こういった魔法作物がいっぱいあるの。国務大臣が土いじり好きで、しょっちゅう交配してるから。あ、大臣って言っても、私には普通のおじさんだけどね。花づくりも大好きだから、城はいつも、大臣の咲かせた花でいっぱい。もちろん城の外も。私、一年中いろんな花で埋まる、テランが大好きなの」
 彼女は初めて、口もとだけでなく顔全体をほころばせて笑った。
 それはとても華やかで愛らしくて、輝かんばかりに綺麗な微笑みだったけれど、内心、レオンはこんなにテランが好きなら、やっぱりお嫁さんに貰うのは無理そうだな、とも思った。幾ら彼女の母親がああ言ってくれても、決めるのは彼女だし。
 少しばかり落胆しながら、それでも楽しそうな彼女を見るのは嬉しかった。
 何故だかわからないけど、彼女はいつも無表情で、諦めたような雰囲気を漂わせていたから。
 それが彼女を神秘的に見せていたのかもしれないけれど、やっぱり笑っている方がいい。
 レオンは彼女にテランのあれやこれやを尋ねながら、塔の周りを一緒に散策した。うう、シアワセだ。
「あら?」
 彼女が声を上げた。何かに気付いたらしい。
 彼女はレオンの見ている前でまた塔に近付き、ひょいとエダマメのつるを掻き分けた。
 扉?
 裏口だろうか。民家によくある普通の木製のドアに、真鍮の丸いノブがついている。
 彼女はそのドアを回して引っ張った。開いた。
 開いた!?
「――姫! 危ない!!」
 レオンは叫んだ。同時に、彼女の手を掴んで引き戻す。間一髪。レオンは冷や汗を流した。
 扉が吹き飛んだ。中にいる何者かが、内側からドアを破壊したらしかった。
「な……何!?」
 混乱して彼女が叫ぶ。しゅうしゅうと生臭い息を吐く音が聞こえる。
 それはやがて器用に体を捩りながら壊れたドアから出ると、小山のようなその巨体を二人の前に現した。
 どうやって中に入ってたんだ、とある意味冷静に、または呑気にレオンが考えていると、牛と鳥のキメラのようなそのモンスターは、のそりと顔を二人の方に向け、くちばしのついた口を大きく開けた。
 まずい。咽喉の奥に、青い光点が見える。火を吐くタイプのモンスターだ。
「姫! こちらへ!」
 レオンは彼女を抱き込むようにして背を向けた。
 この攻撃を耐えきったら、何とか彼女だけでも逃がそう。何故こんなモンスターがパプニカに、しかも元魔道士の塔にいるのかわからないが、自分でも初歩の魔法くらいは使えるのだし、最悪、相撃ちに持ち込めれば……! うん、ちょっと無理かもしんない。
 それでも、時間稼ぎが出来ればいい。
 彼女が逃げ伸びて、誰か他の人に助けを求める事が出来れば。運が良ければ自分も助かるだろう。
 レオンはそう計算して、歯を食いしばり、迫り来る灼熱に備えて背後に集中した。
 どがん、と派手な音がした。え!? と思い、レオンは振り返った。
 牛と鳥の混ざったようなモンスターが、カチンコチンに凍って火を吐くポーズをしたまま転がっていた。
 何が何だかわからない。
 と、レオン自身も誰かにぶっ飛ばされた。背中から体を打ち付ける。
 モンスターのように凍っていないのが幸いだ。隣に並んだモンスターを見ながら思う。
 しかし、誰が……? 新手か!? レオンは痛む体を叱咤して身を起こした。彼女を探す。いない。
 代わりにそこに立っていたのは、緑色の法衣を着た、まだ若い男性の姿。
 誰……?
「……身を挺してクロエちゃんを守ろうとする、その意気や良し!」
 その人はふん、と鼻を鳴らすと、とてもえらそうな態度で言った。
「が、圧倒的に弱過ぎ、実力足りな過ぎ。そんな野郎にクロエちゃんはやれねーな」
 額には黄色いバンダナ。
 何処かで見た事がある。とても特徴的なトレードマークを持つこの人は。
「ポップ! 会いたかった!!」
 突然、父が飛び出てきて、その人にタックルするように抱きついた。
 そうだ。
 レオンは思い出した。
 父の部屋で見たのだ。父の部屋にはこの人の大きな肖像画が飾られている。
 ――大魔道士、ポップ。

>>>2011/6/2up


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