「えらそうなわりには情けないんだよな」
つい声に出た。オレは慌てて口を押さえて周囲を見たが、さいわい誰にも聞かれなかったようだ。
こんなのがダイの耳に入ったら大変だ。
ダイはとんでもない専制君主──もっとも、それはオレにだけなのだが、そのオレが、王に向かってこんな不遜な口を利いたと知れたら、どんな目にあわされるかわかったもんじゃない。
オレはダイを王、と呼ぶ。
ダイがそうしろと言ったからだ。ダイはレオナの代わりにパプニカの王座についた。レオナの死には不審な点も多々あったが、他に王としてふさわしい誰がいるわけでもなかったから、これは当然の成り行きだった。
王に宰相として任命された、その夜、オレにくさびを打ちつけながら、ダイはこれからは自分のことを王と呼ぶように強要した。オレはまたひとつ、ダイとの絆が失われてゆくような気がしたが、諾々として従った。
オレは城から日当たりのいい中庭に出た。
庭師のスミスじいが丹精している庭園は、どこも手入れがゆき届いていて、季節の花が今を盛りと咲き誇っていた。オレは花壇をいちばん良く見渡せる、中央にある噴水の方へ歩いていった。
ここはレオナお気に入りの場所でもあった。
噴水の淵に腰かけて、オレは書類に目を通した。
何があっても、執務を滞らせるわけにはいかないのだ。
「……ご熱心ですな、ポップ様」
「デリンジャー」
オレは顔をあげて、なんとなく近付きにくそうにしている老人を見た。デリンジャーは大体の事情を知っているから、余計やりにくいのだろう。
「デリンジャーこそ。自分の仕事はどうした? 今年の福祉予算案の青焼きは仕上がったか?」
老人の言いたいことはわかっていたが、オレはわざと心にもないことを聞いた。
「はい。それは、明日にでも提出できると思います……ですが、そのう」
「なんだ。何か問題でも?」
「いえ、そういうわけでは……あの、ポップ様。何故このような場所で? また、王が何か……」
「いーや、全然。ちょっとした気分転換だよ。いつも同じ机に向かってたんじゃ、いい知恵も浮かばないもんな。ここは、仕事をするにはいい所だ」
オレははぐらかした。これは本心だった。
「ですが……」
オレは立ち上がってデリンジャー老人の肩をポンと叩いて、
「ああ、体のことを心配してくれてるのか? 優しいな、デリンジャー。でも大丈夫、オレは回復呪文が使えるからな。まったく、オレ魔法使いで良かった。普通の人間じゃ、あんなバケモノには歯が立たないもんな」
おどけたふうにオレは言った。こう言ってもデリンジャーが、ダイに言いつけたりしないことはわかっていた。デリンジャーはこのパプニカの城の中で、オレが信頼できる、数少ない味方であったのだ。
「はい、それはわかっているのですが……どうぞご自愛ください、ポップ様。私に出来ることでしたら、忌憚なくお申し付けくださいませ」
オレが口をはさむ隙を与えなかったので、仕方なさそうにデリンジャーはそれだけを言った。気持ちはありがたかったが、オレは実際、何も心配していなかった。
ダイは確かに精神の均衡を欠いているのだけど、それはオレがいれば、フォローできるたぐいのものだった。オレは別に、国のためとか、そんな崇高な志を持っていたわけじゃないけど、大体、パプニカはオレの故郷ってわけでもないし……だから、自分の犠牲の上にこの平和が成り立っているのだとか、そんなことは思わなかった。
「心配するな。オレ達はうまくやってる……つもりだ。オレは。ダイももーちょっと気楽にやればいいのにな。でも今はダメだ。猜疑心で凝り固まってる。だからオレがいるんだ。あいつに人を信じることを思い出させてやるために。そりゃ苦しくないと言えば嘘になるけど、助けてくれる人もいるしな」
オレはデリンジャーに向かって片目をつぶってみせた。デリンジャーは感激して、頬を紅潮させて何度も頭をさげた。
嘘は言ってない。デリンジャーもオレの力になってくれている。だが、オレが考えていたのは、また別の人物のことだった。
「頼むよ」
決済済みの書類をデリンジャーに手渡して、オレは話を打ち切った。
※
(はあっ、はあっ、はあっ……)
夜の中を、いつもと変わらぬオレの息遣いだけが響く。以前ほど苦しくない。ダイのやり方はいつも一緒で、まず下だけを脱がし、ひょいと両足を開かせるとすぐに体を進めてくる。
きついけど、手順がわかっているから心の準備だけは出来ているし、人間、どんな苦痛にもなんとか慣れてしまうものだ。こんなんじゃオレはもちろんだけど、ダイだってそう気持ちいいモンじゃないんじゃないか? と、オレが疑っていたときだった。
「……あッ!?」
ダイの手が、今まで決して触れようとはしなかった箇所に伸びてきた。オレはびっくりして叫んだ。
「ダ、ダイ!? どうしたんだ!?」
ダイはにやりとたちのよくない笑みを浮かべた。
それを手にしたからといって、オレを楽にしてやろうとか、そんなのでないのは明白だった。
ぎりっと、先端にダイが爪を立てた。
「痛いっ……!」
痛みに思わず腰を引こうとしたけれど、ダイがまだ入ったままだったし、入ってなくともダイがそんなことを許すはずがなかった。鍛えあげられてよく筋肉のついた腕は、オレの抵抗など片手で封じ込められるくらいの力があった。
「いた、痛い……ダイ、離して……!!」
中で暴れられるのとはまた違った痛みに、堪えられずにオレは哀願した。
「……お願い……っ!」
ダイはオレが苦しむのを観察していた。それはまさしく、観察というにふさわしい視線だった。
どうすればオレに苦痛を与えられるのか、実験しているような感じだった。オレが顔をしかめるのを見ると、更に面白そうに力を加えた。
「く……ううっ……あ……っ」
長い、長い責め苦が終わってダイが出ていくと、オレは一人、ぐったりした体を寝台に横たえていた。回復呪文をかけたものの、疲労感は消えなかった。
ひどく惨めな気分で、オレはダイのことを考えた──ダイはどうやら、オレの苦しむ顔を見てエクスタシーを感じるらしい。俺が最近慣れてしまって、余り苦痛を顔に出さなくなったので、物足りなくなってきたんだろう。
あれが実験なら、実験は大成功だ。
でもオレは実験動物じゃない。あんなふうに扱われる理由なんかない。でも逃げるわけにはいかない。何故なら、ダイは試しているのだ。
何をしても、どんなひどいことをしても、オレが逃げていかないということを。これはオレの忠誠心を試しているんじゃなくて、オレの愛情を試しているのだ。
レオナが死んだ後、いろんな悪い噂や憶測が乱れ飛んで、ダイは人間不信に陥ってしまった。
だから、苦しみながらもダイに縋って手を伸ばすオレを見ると、ダイは安心するのだ。今のダイにはオレしかいないのだ。
オレは今では真相を知っているけれど、それを皆に公表する気はなかった。ある意味では、ダイのせいだと言えなくもないからだ。
しかし、こんなのがこれからずっと続くのかと思うと、さすがにうんざりする。オレは茫様として見るともなく天井付近に視線をさまよわせた。
「……そうだな。そうしよう、やっぱり」
もし聞いている者がいたとしても、意味のわかるまい言葉を吐いて、オレはようやく眠りに落ちた。
>>>2003/4/16up