薫紫亭別館


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 結局僕達がパプニカを出たのは、宣言があってから一ヶ月もしてからのことだった。
 おもな理由は、あちらの受け入れ体勢がととのってないという事だった。
 僕をむかえいれるために、ロモスでは城の一部を改築したそうだ。
 おつきの者はポップひとりだけだったから、召使い用の宿舎は考えなくてもよかったらしいけど。
 さいわい僕の成長はポップの二倍半ほどで止まっていた。
 これ以上おおきくなると、新しく宮を建造しなければなららないとこだ。
(べつに野宿でもいいのに)
 僕は暑さも寒さもあまり感じない。ただ雨だけはちょっとイヤだなと思った。
「そーいうわけにもいかないって。いやしくも一国の王子を預かろうってんだからさ、それなりに整えなきゃいけないじゃん。それにお前ダイの子供だし。ロモス王はダイに好感持ってるからきっと気合いいれて改装したと思うよ」
 僕がそう言うとポップは笑って答えた。
 でも以前より、元気がなくなってきたの、知ってる。
 準備だか打ちあわせだかでたびたび父様はポップを呼び出し、そのたびにポップはつかれた顔をして戻ってきた。
 こうなるともう父様がポップを苦しめているのはまちがいなく、僕は何度もポップにつめよった。
(父様に何されてるのか言ってよポップ! ポップがいやなら、僕から父様になんとかしてやめてもらうから!)
 ポップは弱々しく微笑んで、あやすように僕を抱いた。

 だからようやく、パプニカからロモスへ旅立ったとき僕はほっとしたのだ。
 これでポップも平静を取り戻す。ルーラという呪文のことは知っていたけど、修業をなまけていた僕はじっさいどれほどのものかよく知らなかった。
 それにロモスへはルーラを使わず、僕のつばさで空をののんびりと旅する事にした。
 ポップは自分も飛翔呪文で飛んでいることもあったけど、たいがい僕の背中に乗って楽をしていた。
 ちょっとズルイような気もしたけど、ポップが喜んでるからまあいいか。
 ロモスの王様はちっちゃくて、歳をとってて、顔をしわくちゃにして僕を迎えてくれた。それだけで僕はロモスの王様が大好きになった。
 クロコダインという人にも会った。
 僕はここで僕以外のはじめての人間でない種族を見た。
 クロコダインさんは豪放磊落な人で、がっはははと笑い、僕をぼんぼんといきおいよく叩いてあいさつしてくれた。こんなふうに扱われたことがなかったので、僕はかなりびっくりした。
 王様は僕のために宴をひらいてくれて、そこで僕をみんなに紹介した。
 王様はさらに続けた。
「ここは人間以外にモンスターもたくさんおるよ、ディーノどの。このクロコダインもそうじゃし、ロモスの山奥にはチウという大ねずみとその部下たちがいる。その部下のひとりはここで働いておるがな……今は勤務中なのかな、ちょっと呼びにやらせよう。ヒムといってな、金属生命体という珍しい種族なのだよ」
 人間以外もたくさんいる?
 そうかもしれない。この王様のところなら、人間もモンスターも仲良くやっていけるような気がする。
 パプニカでは感じられなかった、あたたかい空気だった。
 ここでは、だれも僕を特別の目で見ないのだ。
 僕はポップをふりかえった。
「もともとはクロコダインもヒムも、人間と敵対してたんだけどいろいろあって仲間になって、今はここで暮らしてるんだ。みんなダイの友人だよ。ディーノも仲良くなれるだろうね」
 うん! 僕きっと仲良くなれるよ!
 僕ははじめてポップに頼らず話しかけた。
 僕はしゃべれなかったけど、身振りでけっこうわかってくれたらしい。
 そうこうしているうちにヒムという人もやって来て、話の輪に加わった。
「オレはこいつ、ポップを二度も助けてやったんだぜえ」
 金属生命体だというこの人は、胃袋なんかあるのかなあという僕の疑問など鼻にもひっかけず食いまくり飲みまくり、伝法な口調で話した。
「ヒム! こらっディーノに酒なんかつぐなっ。こいつまだ二歳になるならずなんだからなっ」
「そうカタイこと言うなって。ホレいけ、ディーノ」
 お祭り野郎なヒムさんのおかげで座はいっきり盛り上がり、宴は大成功だった。
 僕はすすめられるまま飲んだお酒がまわって気持ちがよくなり、ほかの死体と化したひとたちといっしょに宴の間で眠ることになった。
 酔いの少ないひとたちがみんなに毛布をかけてまわってる。
 僕にも、ポップとクロコダインさんが何枚かの毛布を手分けしてかけてくれた。
「……こんなに喜ぶなら、最初からロモスに来てやればよかったな」
 ポップの声が聞こえる。
「……よせ。あまりつらいことは考えるな。お前の気持ちはわかる……ここには、マァムがいるからな。しかしいくらディーノのためとはいえ、よくダイがお前をここにやるのを許したな」
「許してないよ」
 こともなげにポップが言う。
「なかば無理やり出てきたんだ、レオナに協力してもらってね。……それでも説得に一ヶ月かかった。そのうえで、マァムにはぜったい会わないと誓約させられて」
 一ヶ月……一ヶ月というのは、父様を説得していたからなの!?
 ロモスの受け入れが整ってないからじゃなかったの!?
 マァムってだれ!? ポップとどういう関係があるの?
 父様とは、いったいなにがあったの……!?
「それは……!」
 クロコダインさんはそう言ったまま押し黙った。
「オレたちも寝に帰ろう、ディーノは眠っちまったようだから」
 待ってよ! 僕まだまだ聞きたいことがあるよ……!
 僕のからだは、僕の意志に半比例して、泥のような眠りに落ち込んでいった。

                    ※

 頭が痛い。
 絶えずハンマーか何かで殴られているように、頭の中ががんがんする。
「ふつか酔いだよ、ばあか」
 ポップの調合してくれた薬を飲んではみたものの、頭痛はぜんぜん治らない。
「きょう一日はおとなしくしてろ。まったく、ガキのくせに酒なんか飲むからだよ」
 ポップに聞いてみたいことはたくさんある。
 マァムってだれなのか。父様とのあいだに何があったのか。
 しかしいかんせんこの状態では質問もへったくれもない。
 ただ寝そべっているしかない。
 それに……なんとなく聞きにくい。
 話せるものならポップはとっくに話してくれているだろう。それをしなかったということは、とりもなおさず僕には知られたくなかったからなのだ。
(ポップう……今日はずっとついていてね)
 僕は甘えた。
 ポップにも、秘密のひとつくらいあるだろう。無理に聞きだそうとは思わないから、せめて体だけはそばにいて。
「はいはいわかってるよ甘ったれ。りんごジュース飲むか? 見舞いにさっき届いたんだ」
 僕は素直にうなずいた。
 どうかいつまでも、このままでいられますように。

(どうして僕はしゃべれないのかしら?)
 ふとそう思ってクロコダインさんに聞いてみた。
 クロコダインさんは以前母様の言っていたとおり僕の教育係に任命され、日中ずっと僕たちにあてがわれた宮の一室に来てくれるのだ。
「そうだな。だがモンスターなら言葉をしゃべれなくて当たり前ではないか? それでいけばディーノのほうが正しい。人間の言葉がわかるモンスターは数多くいる。が、話せるわけではない。骨格とか喉の構造がちがうせいだろう。オレは、リザードマン……つまり、リザード・ヒューマンだ。チウという大ねずみも言葉がしゃべれるが、二本足で立って歩いている。比較的、人間に近い種族だけが話せるのではないかと思うのだが……」
 なるほど。
 そう言われると僕は四つ足だし、人間に近いすがたとはお世辞にもいえない。
 ちなみにクロコダインさんとは身振りと、筆談で話している。
 こみいった話をしたいときは、外へ出て地面に爪で字をひっかくのだ。
(クロコダインさんは父様といっしょに戦ったことがあるんでしょ? そのころの話をしてよ)
 ポップにもさんざんねだって聞いた話ではあったが、ポップではかんじんの話が聞けなかった。すなわち、ポップ自身の活躍だ。
「ああいいとも。ダイとポップはデルムリン島で師、アバンの意志をつぎ大魔王を倒す冒険の旅に出かけた。はじめに寄ったのがここロモスだ。そして、同じくアバンの使徒だったマァムと出会う……」
 マァム!?
 このあいだ、聞いた名前だ……勇者の仲間だったなんて知らなかった。
 それに、ロモスで出会ったというならほとんど冒険の最初からじゃないか。
(マァムってだれ!? クロコダインさん、教えて! 僕はそんな人のこと、ポップから聞いたことがないよ!!)
 クロコダインさんは、まずったという表情で僕を見た。
「ポップは話してなかったのか……そうだな、そのはずだ。だれも自分の古傷を、かきむしりたいやつなどいないだろうからな……!」
 古傷。マァムという人が!?
 もしそうなら、僕は絶対その人を許さない。
 大好きなポップを苦しめるなんて許さない。
 僕は怒りで激しく牙をむいた。
「ちがう! はやまるな。マァムはポップを苦しめてなどいない。マァムは、ポップの婚約者だったんだ」
 ポップに婚約者?
 知らない知らない、僕はなにも知らない。
 その人は生きてるの? なぜ、結婚してないの!?
 どうしてポップは、あの水辺で、僕などの相手をして過ごしていたの……!?
「クロコダイン!」
 後ろからポップの声がした。
「なにを話してるんだ、様子を見に来てよかったよ! 大丈夫だディーノ、落ち着け」
 落ち着けったって落ち着かないよ! 僕にはわからないことばかりだ。
 その人が生きて、ここにいるのなら、どうして会いに行かないの……!
 どうして父様が、それを禁止するわけがある……!?
『そのうえで、マァムにはぜったい会わないと誓約させられて……』
 いつかの言葉が脳裏によみがえる。
「ラリホーマ!」
 催眠の呪文が聞こえて、僕は強制的に眠らされてしまった。

>>>2000/11/2up


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