薫紫亭別館


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 ……深い眠りのなかで、僕は見たこともない女のひとを見ている。
 肩までの、明るい栗色の髪。気の強そうな、優しそうな、若い女性。
 あなたはだれ?
 あ、そばにポップもいる。濃緑の旅人の服を着ているポップとその女の人と、僕は旅をしている。
『はやくいらっしゃいよ、ダイ』
 ダイ? それは父様の名前だ。
 でもあきらかに、その人は僕に向かってそう呼んだ。
『どうしたの? ダイが遅れるなんて珍しいわね。どこか体調でも悪いのかしら』
『ンなこたあないない、ダイに限って。心配することないって、マァム』
 マァム! ではこの人がかの女性なのか。ポップの婚約者だとかいう。
『あんたの心配ならしないけどね、ポップ』
 すがめた目でポップに言う。
 この女、僕のポップに!
『まあまあふたりとも。ごめん、遅れちゃって』
 僕であるところのダイはそう言って仲裁にはいる。
 もう父様! 余計なことしなくていいのに。
『ふんッ』
 ふたりして同時に顔をそむける。あらら、とても婚約しているという雰囲気じゃないけど……?
『もう、仲良くしてよふたりとも。これからロモスの王様のところに行くんだから……』
『だってよーダイ、この女が、道案内と称してワケわかんない道通るから……!』
『こっちのが安全なのよッ!!』
 ケンカしながら父様たちは、道なき道を進んでゆく。
 どうしてなのかはわからないが、僕は父様の中にはいって冒険を追体験しているようだ。
 そして、冒険の中でも冒頭に入るロモス。僕の記憶が確かならば、今からはあのクロコダインさんと戦うはずだ。
 ゆらり、と景色がゆらめいて場面が変わった。
 母様。
 若い母様が氷の中に閉じこめられてる。
 はやく、はやく助けださなきゃ。
『ベギラマ───ッ!!』
 僕のはいっている父様は最後のちからをふりしぼって、閃熱呪文をとなえた。なんだろう、見たこともない道具だ。
 でもそのかいあって、母様は氷から助けだされた。
『レ……レオナ……!』
 父様が母様に駆け寄る。
 とたん、あったかい、安堵したような気持ちが流れこんできた。
 父様、母様を愛してるんだね。なんだかとても嬉しい。
 あまりかわいがってはもらえなかったけど、母様だもの。
 また場面が変わる。
 今度は、あのマァムという女が手をふって去っていくところだった。
 さよならマァムさん、もう帰ってこなくていいよ。
 それなのにポップは母様にノセられてマァムさんを追いかけていってしまった。
 このとき、ちょっとムッとしたのは、僕なのか父様だったのか……?
 次はどこかの武術会場だった。
 あ、あれ、マァムさんじゃないか。髪型と服が変わってたけど間違いない。
『マァム───っ、がんばれ───ッ』
 横でポップが身をのりだして応援してる。
 僕である父様は、表面上は笑っていたけれども内心おもしろくはなかった。
 こんな筋肉だらけの女のどこがよかったんだろう?
 ポップのほうがずっときゃしゃでか弱そうじゃないか。
 おそらく腕だってポップのほうが細いよ。こんなの、ポップには似合わないよ。
 ポップには、そう、たとえば……。
 くるくると場面は変わる。
 あるときは夜の月のみずうみであり、あるときは皆で大破邪呪文をとなえていた。ポップがマァムさんに告白したのはこのときだ。
 父様は大魔王をたおすことだけに集中することにして、胸をよぎった不安を無視した。
 不安……いや、怒りだ。
 父様は、ポップに対して怒っていた。
 本当に最初の最初から、そばにいて、ポップを守ってきたのは自分なのだ。
 こんな、ぽッと出の、途中リタイアしていたような女に心奪われるなんて許せない。
 父様……父様もポップが好きだったの!?
 それにしては、独占欲がかちすぎているような気がする。
 場面が変わる。
 大魔王をたおして世界は平和を取り戻した。
 父様も母様も、ポップも、クロコダインさんまでも勇者のパーティは全員パプニカで暮らしている。
 でもおかしい。
 クロコダインさんやヒムさんは今はロモスにいるじゃないか。
 それにこの面識のない、ヒュンケルさん達はどこに行ったの?
『このたび正式に婚約いたしましたあ』
 おどけた調子でポップが言った。内輪だけの、ちいさな集まりで。
 かたわらでマァムさんが、赤くなりながらポップの耳をひっぱっている。
 お祝いのことばをのべるみんな。
 僕である父様だけが、目をギラつかせてポップをにらんでいる。
『ポップ、ちょっと……』
 さりげなく父様はポップを誘いだした。ポップはほいほいついてくる。
 誰も気づかない。
 熱い。
 からだが熱いよ、父様!
 父様は皆のいる部屋からじゅうぶん離れた、だれもいない小部屋にポップを連れこんだ。
 父様、なにをしてるの、とおさま……!?
『─────ッ!!』
 父様の手でふさがれたポップの唇から、声にならずに悲鳴がほとばしる。
 僕である父様はポップにのしかかって何かをしている───何かを。
 ああ! 
 あの夜、必死で耳をそむけた夜、父様がしていたのはこれだったのだ。
 父様の手、僕の手がポップの衣服をひきやぶり、腕をさしこんでポップの素肌をまさぐっている。
 おびえきったからだがふるえている。ポップは目を見開いて、どうかやめてくれと哀願していた。
 いつか、ポップが言っていた……目は口ほどにものを言うってやつ、あれは本当だ。僕にはポップの思いが痛いほどわかったよ。
 でも父様はちがう。父様にもその気持ちは伝わっていたはずなのに、父様にはポップの願いをきく気が毛頭ないようだった。
『……婚約を取り消すって言って』
 首すじに顔をうめながら父様はささやいた。
『言ってよ。あれはただの気の迷いだって』
 と……父様! あなた、まだポップの口をふさいだままじゃないか。
 はなしてあげて、それじゃ返事なんか出来っこない!
『言って!』
 無理だよ! やめてあげてよ父様!
 父様は、ひきちぎった衣服の残骸を手にとると、ポップの口に突っ込んだ。
 う……っ。
 吐き出せないように、大量に、喉の奥まで。
 ポップが手で、布をとりだそうとする。その手をかんたんにつかんで、ひとまとめにすると、父様は、とうさまは……!!
 この行為をなんというか知らない。
 ただ父様が突き上げるたびに、ポップは身をよじらせて苦しんで、鳴らない喉をうめかせる。
 ポップが痙攣している。酸欠かもしれない。
 ポップが死んじゃう!
 父様は、ギリギリで喉の奥までふくませた布を引きだした。
『あああああ!!』
 おそろしいようなポップの悲鳴が響きわたった。
 その声を聞きつけたらしい、ほかのみんながこの部屋を探り当てたときには、ポップはもう息も絶え絶えになっていた。
『ポップ……さっきの言葉を言って』
『わ……かった……。マァムとの、婚約は、とり、けす……』
 ぐったりと、気をうしなったからだを腕に抱いて、僕……父様は笑った。

>>>2000/11/3up


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