父さ、ま……。
僕は泣きながら目をさました。
父様、あなた、あなたという人は……!
「ディーノ! よかった、気がついたか」
ポップ! まともにポップの顔が見られなくて、僕は目をそむけた。
痛あッ!
どうしたんだろう。そうしただけで僕のからだはばらばらになりそうなほどの激痛が走った。
「しっかりしろ。オレにもどうすればいいのかわからん。お前、まる二日眠ってたんだよ……わかるか?」
ポップがひたいに手をあててくれる。でもなにかヘンだ。
ポップの手のやわらかさやぬくもりが、今までとは段違いに伝わってくる。
(………?)
僕は無意識に、傷む手をのばしてポップの手をつかんだ。
これは……だれの手? しろいながい、むきだしの手が、ポップの腕をつかんでいる。
(これ、は……!?)
「そうだ。お前の手だよ、ディーノ」
僕は、人間になって、いた。
僕は人間になっていた。
ポップの話だと、僕を落ち着かせようとラリホーマをかけた瞬間から僕の変化がはじまったという。
ポップとクロコダインさんの見ている前で僕はあっというまにちいさくなり、うろこが消え、四肢がのび、今のような人間のかたちになった。
母様があれほどほしがっていた、人間のこども。
もっとももう子供とはいえない。よわい二歳にして僕は二十五歳のポップの背を追い越し、わずかながらポップを見下ろすほどあったからだ。
「すぐに王様に連絡を! そして、医師を派遣してもらってくれ!」
ポップの指示で、寝ているあいだに僕は診察され、健康な完全な男子であることが証明された。
パプニカには……まだ報告してないという。
僕の意志をおもんばかってくれたのだ。今までドラゴンとして無体に扱われて、人間になったからといってしっぽをふるわけにはいかない。
(あの夢は、僕のはんぶんをつくっている父様の遺伝子が、僕に見せた記憶なのかもしれない)
僕には確信があった。
あれは……あれは、実際にあったことなのだ。
父様は暴力でポップを支配し、婚約を取り消させ、自分のもとにつなぎとめたのだ。
これは推測でしかないけれども、その事が原因で、それまでパプニカにかたまっていた勇者一行が思い思いに去っていったのではないかと思う。
「ディーノ、痛みがとれたら発声と歩く練習しような」
僕はまだベッドにくぎづけで、そのかたわらでポップがにこやかに面倒をみてくれる。
自分のしあわせをぶち壊しにした男の子供を、どうしてこんなに親身になって世話してくれるんだろう。
僕はそっと目をふせる。
話そうと思えば今すぐにでも話せたと思う。
でもなにを言えばいいのかわからない。
「………」
僕が目をあわせず、返事もしなかったのでポップは静かに部屋から出ていった。
ごめんなさい! 優しいあなたは、僕のこの状態を情緒不安定のゆえだと思ってくれているかもしれない。
ドラゴンからいきなり人になって、とまどっているだけだと。
違うんだ。
目をあけていても、とじていても、あのときのポップの苦痛にみちた表情がはなれない。
からだが熱い、父様……!
「よう、元気かディーノ?」
しばらくしてクロコダインさんが入ってきた。
「せっかく人間になったというのにうかない顔だな? それも、かなりの美形になったというのにな。オレも人間に生まれ変わるなら、ディーノくらい美形になりたいものだ」
豪快に笑って言う。
おそらくポップが、僕の気をまぎらわせようと呼んだのだろう。
でも今はあまり嬉しくない。僕はひとりで、誰にも会わず閉じこもっていたいのだ。
「前髪だけ寝ているまに切っちまったがな、うっとおしそうだったんで。でも残りはあんまりきれいだったんでそのままにしといた。どちらかというとレオナ似かな……ディーノは」
銀色に近い色のない金の髪。長さは腰までもあって、ゆるくウェーブがかかっている。
目は青い。僕のうろこ色だった青い青いサファイア。あのうろこがなつかしい。
こんな、ふにゃふにゃした肌だけが身を守っているなんて。
「でもそのがっしりした体格はダイゆずりだな。たいしたもんだ、そうきたえてもないのにそれだけの筋肉があるってのは」
父様。父様ゆずりの体格。ちから。
では僕も、ポップを暴力で支配することができるのだ。
いつかの夢。あの夢の中で、いつしか僕は完全に父様と同調し、ポップに暴行しているのだ。
髪が、のびる。
父様の闇色の髪が、うすくあわい、僕の金の髪へと。
(いやだあああ!)
違う。僕は父様とは違う!
僕はポップにそんなことをしたいなんて思ってない。そんなおそろしいこと。
ポップのからだに僕を突き立てるだなんて、
……そんなおそろしいこと。
「ディーノ! どうしたディーノ!!」
ああ、呼んでいるのはだれ?
ばたんとドアがひらいて、だれかが入ってきた。
「またかクロコダイン! おっさん、ディーノになに話したんだ!」
錯乱して、暴れている僕をおさえようとだれかが近づく。
よく知ったにおい。僕は安心してその人にしがみつく。
「デ、ディーノ……」
「……よくわからんが……おさまったようだな」
だれかがなにか言ってる。でもそんなことはどうでもいい。
僕はやっと手にいれた、安心できるあったかいぬくもりにしがみついて、ようやくあの夢を見ない眠りに落ちていった。
「……ここにディーノがいるの?」
足音と話し声が聞こえてきた。
「ああ……ずいぶんと興奮していてな、ポップがなんとか落ち着かせたんだが……」
「ふうん。ポップがね。でも人間になったディーノなんて想像もつかないや。レオナに似てるって話だったけど……」
足音は僕の部屋の前で止まり、ぎいいっととびらを押して部屋の中へ入ってきた。
「……なにしてるのさ、ポップ」
そうだ。この僕のしがみついているあったかいものは、ポップというのだ。
「……仕方ないだろう、ディーノが離さないんだから」
「ふん、そんなもの」
足音はつかつかとベッドに歩み寄り、いきにり僕の手をつかむとポップからひきはがした。
「ダ……ダイ! なにを……!」
僕はうしなわれたぬくもりを求めて目を覚ます。
「起きた? ディーノ。前にも言ったろう、いいかげんひとりで眠れるようになれってね。……まったく、そんな大きいナリして添い寝が必要だなんてどうかしてるよ。ほら、ポップだって迷惑してる。こんなせまいベッドにふたりだなんて、骨がおかしくなっちゃうよ」
「と……う、さま……」
しわがれた声で僕はしゃべった。ポップが驚愕に目を見開いて、僕を見てる。
「デ、ディーノ! しゃべれたのか……」
クロコダインさん、いたの。邪魔だよ、出ていって。
僕はこれから父様から、ポップを奪いかえさなくちゃいけないの。
「とうさま……! ポップを、かえして、よ……!」
なれない舌をつかって、離す。
「なにを? ポップを? 冗談じゃないよ、ディーノ、頭おかしくなったんじゃない? 可哀想に。しつけに失敗したんじゃないポップ。よりによって、この、オレからいちばん大切なものを返せだなんて」
心底ふしぎそうな父様の声。左腕にしっかりと、ポップを抱きかかえて。
「ポップは、物じゃないよ……とうさま……!」
「物だよ」
ひくっと喉が動いてポップが息をのむ。
父様は言い切った。
「ポップはオレのだよ。もうずっと前にオレが決めたの。そんなことも知らなかったの? ディーノ」
僕は痛みをこらえてながら身を起こす。
「かえして……! 父様……!」
よろめきながらベッドからおりて、僕は父様につかみかかった。
「しょうがないなあ、もう」
そして、僕の首のうしろに手刀ひとつ。
たったそれだけで、僕は床に倒れた。
「ディーノ!」
ポップ。ポップが連れていかれちゃう。
「ダ、ダイ! お前、実の息子になんちゅうことしやがる。離せディーノが……!」
「ダぁメ」
クロコダインさんが、僕を抱きおこしてくれた。
「大丈夫かディーノ……ダイは、ポップのこととなると見さかいがなくなるんだ。けして、ディーノが嫌いなわけじゃないからな。さあ、今日はもうなにも考えずに休め」
僕をベッドに戻しながらクロコダインさんが言う。
クロコダインさん、お願いだからポップを僕からはなさないで。
父様を追いかけて。
どうか……。
意識がすうっと遠くなる。
次に目覚めた僕を待っていたのは、僕を残してパプニカにポップと父様が帰っていったという知らせだった。
>>>2000/11/4up