「さよう、昨夜急にダイどのがみえられての……『もう通訳はいらないのだからポップは帰国させることにします』と言われてな……。わしも随分止めたのじゃが、なにせダイどのの意志がかたくての。最小限のあいさつをすませると、すぐにルーラで帰ってしまわれたわい」
ロモス王に謁見を願いでて、僕はことの顛末を聞いた。
「王様、僕にも帰国をお許しくださいませんか。お願いします」
「それは出来ん。ディーノ殿は、正式にパプニカ女王から遊学の依頼があったもの。期間は決めておらなんだが、このような短期間でお帰しするわけには参らぬ」
当然といえば当然、僕はパプニカへ帰ることは許されなかった。
ただ僕につき従ってきただけの、それも父様……国王の命がくだって辞したポップとは条件がちがう。
でもポップは、パプニカになんて帰りたくなかったんだ。
父様が力づくで、連れていった。
父様は、ポップに、またあんなことをしているのだろうか。
「父様を呼んだのは、クロコダインさんなの?」
僕はクロコダインさんと並んで庭園を散策をしながら、素朴な疑問をぶつけてみた。
「いいや、違う……ポップだ。お前の様子があまりにおかしいので、ポップが判断してダイを呼ばせたんだ。どうせ、いつかはお前が人間になったと報告せねばならないことだしな。ディーノの判断に任せてやりたかったんだが……」
そんなのはもうどうでもいい。
重要なのは、ポップが僕のそばにいないこと。
「ルーラって、一瞬で場所を移動できるんだね……」
僕にはもうつばさがない。
ロモスに来るとき、のんびりと空を旅した、大きくて黒いつばさが。
「クロコダインさん。父様に知らせるために誰かがルーラを使ったんでしょ、その人を教えて」
「……無駄だ。使える者がいても、お前の頼みは聞いてくれないだろう」
八方ふさがりだ。
一刻もはやくポップを助けだしたいのに、僕は遠く離れたここロモスで歯噛みしているしかない。
「……クロコダインさん。父様は、ポップが好きだったんだね……?」
思い切って僕は聞いてみた。
「だから暴行して、自分のものにして、マァムさんとの婚約を取り消させたんだ。だからって、そんなむりやり言わされたことなんて何の効力もないよ。どうして、ポップも、マァムさんも、それに母様たちまでもが容認してるの? クロコダインさんは、どうしてポップを助けてあげなかったの……!?」
「ディーノ、お前……」
クロコダインさんは正面から僕を見た。
「僕は知ってる。夢で、見たんだ。夢だったけど、それと同じくらい現実だという意識もあった。なんでだよ! いくら勇者だからって、こんなこと、許されるはずがないよ……!!」
僕はだんだんと感極まって、最後には大声になっていた。
クロコダインさんが、そっと手をまわして受けとめてくれた。
「許されたんだよ」
僕は驚いて顔をあげた。
「ポップが、許したんだよ……暴行された、当の本人が。だからオレ達はなにも言わず去った。マァムも……最後には去った。ふたりの関係を知っていて、それでもいいと言ったレオナはダイと結婚した。そして、お前が産まれた……」
ひくい、ちいさな声でクロコダインさんは独白した。
思い出すのもつらそうに、とぎれとぎれに、顔をゆがめながら……。
※
僕は魔法の練習を開始した。
魔法といってもルーラとトベルーラだけだ。それ以外は必要ない。
パプニカへ行ってポップを連れてとんぼがえりが出来ればいいのだ。
しかし独学なのでどうもはかどらない。師をつけてもらうわけにはいかなかった。
なんのために勉強しているのか一発だからだ。
「お前の気持ちはわかるが、ふたりの間に割り込むのはやめたほうがいい」
クロコダインさんはそう言う。
「いいじゃねえか、やらせろよ。ポップだって、いつまでもダイのなぐさみ者じゃかわいそうだろが」
最近はヒムさんもよく来てくれる。
ヒムさんの言うことはいちいち鋭くて僕には痛いのだけど、そうだよね。
僕はまちがってない。父様には母様もいるし、妹だって産まれたじゃないか。
「いちがいにそうとも言えないだろう。ここ二年ほどは、ディーノのために王宮から離れて暮らしていたというし」
「ダイのこった。ディーノの目を盗んでポップを抱くくらいしてることだろうぜ」
僕はぎくりとする。
父様はしょっちゅう遊びに来てくれたけど、それは僕じゃなくてポップが目的だったのかもしれにないのだ。
でもポップは喜んで父様を迎えていた。
夜にあんなことをされていたのなら、どうして……。
足もとがふわふわして落ち着かない。僕はまるで、底のない泥沼に足を踏みいれているようだった。
父様を受け入れた、ポップ。何を考えて、僕をひきとったのだろう。
父様から逃げ出すため?
それもちがう。ポップは世界最高の魔法使いだ。
逃げ出そうと思うとどこへでも行くことが出来たはずだ。
では嫌じゃあなったのかしら? 父様に犯されてモノ扱いされることが?
まさか、そんなことは無いだろう。
あんなに苦しそうだったのに。
それに、僕は確かにポップが愛情を注いでくれているのを感じていた。
水辺で輝いた日々はもう戻ってこないかもしれないけど、別の土地でやりなおすことはできるだろう。
「だからディーノ、お前さんが助けて、守ってやれよ。オレ達には出来なかったんだ」
思考の迷宮に入っていた僕にヒムさんが声をかける。
「オレは全面的にお前に協力するぜ。なにかしてほしい事があったらいつでも頼ってきな」
僕にも協力者ができたんだ。
自然にわいてきた笑みを僕はヒムさんに向けた。
何回も失敗をくりかえして、ようやくルーラとトベルーラが使えるようになったころ、僕は手始めにポップと住んでいた水辺へ飛んだ。
大成功だ!!
あとは、本番をいつにするかだけ。
やはり夜がいいだろう。昼間は見張りに見つかりやすい。
問題もあった。夜は、もしかして父様と一緒かもしれない。それはやばい。
では朝方。夜が明ける前の、うすく光の昇りはじめるところ。
うん、これなら大丈夫。
父様だって母様の手前、泊まりなんてしないだろう。
場所は……たぶん、魔道士の塔の最上階。水辺へ移る前は、そこがポップの私室だと聞いたことがある。
いざ決行!! ヒムさんとクロコダインさんだけに事情を話して、すぐに戻ってくるからと言いおいて僕はパプニカへルーラをとなえる。
どおおおん! 着地成功!!
魔道士の塔はあっちだね!
行くぞっ。僕は走りだそうとした。
「馬鹿じゃねえの、お前……」
ポップううううう!?
なぜか僕の真後ろに、ポップが立っていた。一体いつのまにっ!?
「あれだけハデな音たてといて隠密行動のつもりか!? ルーラの着地音が聞こえたとき、ディーノじゃないかと思ったんだよなー。さ、行くぞ。今からわらわら兵士が来るからな」
ぼーぜんとしている僕とポップの前に、本当に兵士が集まってきた。
「大魔道士さま! お手数おかけしました!! 賊をつかまえて下すったのですか!?」
「あーちがうちがう。これオレの弟子。はるばるロモスからやって来たんだ。朝っぱらから迷惑したな。悪かった、部署に戻ってくれ」
ポップが手際よく兵士達をさばいてくれて、僕はなんとか、賊になるのをまぬがれたらしかった。
「お前ってやっぱりお子様なんだなあ。図体ばかりでかくなりやがって、もー少し考えて行動しろよ。まあでも、魔法が使えるようになったのは進歩だな。よくやった。エライぞ」
ポップは手をのばして僕の髪をかきまわす。
「ポップに会いたい一心でかあ。やるなあディーノ、カッコイイぞお」
いつのまにか、父様までが、立って、いた。
「ふうん」
父様は悪戯っ子そうな笑みをうかべて僕らに近づいた。
「ロモス王には了解得てきたの? ディーノ。勝手に帰ってきちゃダメじゃないか。里帰りするならするで、親書のひとつも送ってくれなきゃ」
僕がなんと言い返そうか悩んでいるまにポップが答えた。
「あんまりいじめるモンじゃない。自分の国なんだから、たまには帰って来たいに決まってるだろう。せっかくだから、このさいディーノのおひろめをしたら?」
「ロモスの水はディーノにあってるって言ったのはポップじゃないか。ポップがいなけりゃ二度と帰ってこようとは思わないさ。それに、ディーノが人間になったのを知ってるのはこの国ではオレとお前だけ。いきなりこれが王子ですと言ったって、誰が信用するものか」
あれ!?
僕はまだ人間になったって公表されてないの!?
「様子みているだけだよディーノ。二歳で人間になったのなら四歳でまたドラゴンに戻るかもしれないだろ? どうしてそうなるか何もわからないから、もしものときのためにふせてあるだけだよ」
そうなのか。ポップの説明を聞いて僕はなるほど、と思う。
「どしたのディーノ。またしゃべれなくなったの? せっかく人間になったのに、それじゃ宝の持ちぐされだね」
父様!
「どおしてそういうことを言う。ダイの言うことは気にするなよ。ディーノが可愛いから、からかって遊んでいるんだ」
嘘だ。父様は僕がきらいなんだ。
「ありゃりゃ、嫌われちゃったかな……?」
僕は相当はげしい目でにらんでいたらしい。
「あたりまえだ。好かれたきゃもーちっとマシな態度とりやがれ。行くぞ、ディーノ。ダイも。ちょっと早いけど朝メシ食いに行こうぜ」
なんだか想像してたのと全然ちがう雰囲気にのまれながら、僕はポップと父様と歩いた。
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