薫紫亭別館


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 夢を、見ている。
 あのときと同じだ。僕はまた父様の中に入って、過去を追体験しているのだ。
 初夏だった。世界がいちばん美しい季節。
 父様とポップは、大魔王を倒し、そのあとで傷ついた体を癒すべくなかよく同じ部屋で静養しているのだ。
「起きても大丈夫なのか? ダイ」
「うん。もともと、回復呪文で体力もケガもなおってるし」
「タフだなあお前は……。そりゃ体は万全かもしれねえけど、なんつーかこー、精神的にさあ……」
 父様は、そんなポップの所に歩いていって、そっと……ふれるだけの、キスをした。
「……ダイ」
「……いや? ポップ」
 僕のはいっている父様は少しだけ顔をゆがめて、不安そうにポップの返事を待っている。
「いや……じゃ、ない」
 体重をかけないように、慎重に気をつかって父様はポップのベッドにしずむ。
 恋のはじまり。
 父様とポップの関係はここから始まったのだ。
 僕はてっきり、あの日、父様が乱暴したときが最初だと思っていたのだけれど、それなら、父様が怒ったのも納得がいく。
 ポップは父様と関係を持ちつつマァムさんと婚約した。
 だから父様は怒ったのだ。
 でも、父様だって母様と結婚した。
 それでは今はもう、父様にポップを引き止める事なんて出来ないじゃないか。
 僕がポップをもらっても、いいじゃないか。
「私はダイ君がポップ君をより好きでもかまわないわ」
 母様が言う。
「ダイ君が私も愛してくれている事は、ちゃんとわかっているもの。私は一番でなくてもいい。私が一番、ダイ君を愛しているもの」
 父様が母様を愛しているのは前の夢で見た。
「いいんじゃないか。オレの事は気にするなよ、ダイ子供ほしがってたし。……オレじゃ子供はできないもんなー。マァムも、レオナくらいふっきれてたら今頃は、オレ達の赤ン坊もできてたかもな……」
 暗い表情のポップ。
 マァムさんとは、あの後どんな話し合いをしたんだろう。
「だれか! ダイ君を呼んで! お願い、その子を近づけないで!」
 扉の向こうから、母様の声が聞こえる。僕が産まれたんだ!
「なんてことだ……ありうる話だったのに。ああ、大丈夫だよレオナ。しっかりして」
 父様は母様をなだめるのに必死だったけど、目は僕の方を向いていた。
 ああ、ちゃんと気にかけてくれていたのだ。
 僕が産まれて、本当に喜んでいてくれたのだ。
「おいで」
 ポップが僕を抱きあげる。あのときには気づかなかった、ちいさな目配せ。
 一瞬にして父様とポップは意志の疎通をはかり、ポップは僕を、父様は母様の面倒をみることに決まったのだ。
「オレがディーノを育てるよ。そうしたほうが絶対いい」
 僕のいないところで、父様とポップは僕の養育について話し合った。
「オレはディーノともポップとも離れたくない」
「無茶言うな。レオナの気がふれるぞ。そうでなくてもオレがいたり女王としての抑圧があったりして大変なんだ。ようやく産まれたきた子はドラゴンだったしな……。今はオレに任せろ。お前の子だ、可愛がるよ」
 そして子供の僕とポップは水辺へ移っていく。
 父様は身を切られるような思いで僕達を見送っていた。
 何度も水辺を訪れるうちに、僕はどんどん育ってゆく。目には見えない疎外感。
 僕がポップを慕うにつれ、父様はそこからはじきだされたような気分になる。
 一緒に暮らしていれば、こんな事にはならなかったのに。
 僕が眠ってしまうと、いつかヒムさんが言っていたように父様はポップを抱いた。
「いた……痛い、ダイ、やめ……!」
 いきおい、扱いも荒っぽくなってしまい、ポップを苦しめてしまう。
 わかってはいるのだけど、止まらない。
 このままでは僕もポップも失ってしまう。
 そう考えた父様は、母様がまた妊娠したのをさいわい僕を引き取る事に成功する。
 でも僕は王宮に拒否反応をおこして、見兼ねたポップが僕をロモスに連れていってしまう。
 ロモスには、マァムさんがいる。
 マァムさんは、ポップと別れて故郷であるロモスへ帰っていたのだ。
 父様は妹も母様も愛していたけど、僕もポップも愛してた。
 パプニカで日を過ごしながら、いつも心はロモスの僕達に飛んでいた。
「大魔道士様が、ディーノ様のご様子がおかしいのでぜひ来ていただきたいと……」
 内密に届けられた知らせ。
 何事かとすぐに父様はロモスへ向かう。
「……なにしてるのさ、ポップ」
「仕方ないだろう、ディーノが離さないんだから」
 父様がロモスで見たもの、それは──……、
 自分ほどに成長した息子と、最愛の恋人が同じベッドに横たわっている姿だった。
 狂う。狂ってしまう。
 今までそこは父様の場所だった。
 父様の中で僕は青いドラゴンだったのに、いつのまにか僕は人間と化してわがもの顔でその場所を占拠しているのだ。
 だから父様はポップを連れ帰った。
 最後の砦がボロボロに崩れたようなみじめな気分で。
 だからポップは僕とは行けないと言ったのだろう。
 こわれてゆく父様を、人間にとどめるために。

「オレが好き? ポップ」
 僕がポップに問いかけたように、父様も同じ質問をくりかえす。
「好きだよ、ダイ」
「本当に? マァムより、ディーノより?」
「本当だよ」
 血が熱い。父様の中に流れている竜と魔族の血が、行き着く場所を求めて逆巻いている。
「嬉しい……!」
 いつも探していた、求めていた場所。
 ああ、僕達は同じものを見つめていたのだ。
 ずっとこの腕に帰りたかったのだ。
「なんだ、子供みたいだぞ、ダイ」
 ポップは飛びついてきた父様をやわらかく受け止める。
 父様はさからわない体をひらいて、欲望を注ぎこむ。
 そうする事によって、父様の血は精錬され、人間に立ち戻る事が出来るのだ。
 ……僕よりもっとずっとポップを必要としているのは、父様だった。
「ダイ、ダイ……!」
 そしてポップも、父様を愛しているのだと、僕は知った。

>>>2000/11/9up


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