「良かったね、ポップ。うまくいったみたいで」
学生達も集まってきた。
「マスター」
「マスター、恥ずかしながら自分は経験ないのですが……大丈夫でしょうか? 人魚の相手を務めるのは、名誉な事だとわかっているのですが」
何やら不穏な発言が飛び出す。
それに答えるポップの言葉もまた、ダイを仰天させるに充分だった。
「大丈夫だろー、今回はおまえらの実力じゃない、取り引きだからな。いわばビジネスだ。オレが、レオナからの話を人魚に仲介した。お前らがよっぽど下手じゃない限り、海中に引き摺り込まれることは無いだろう」
「ち、ちょっと待って! 何の話をしてるの!?」
下手とか経験とか相手とか、総合すると途轍もなく危険な話をしているような気がする。
そういえば、こんな所に来ていいのかとか言っていたような気がする。もし、ここに来ること自体、レオナを裏切っているとしたら……?
「だから、取り引き。人魚のウロコは、人魚が子供を授けてもらう代わりに人間の男にくれるものなんだ。人魚ってのは女性しかいないから、繁殖には人間の男の力を借りるのさ。生まれてくるのは全て女性、つまり、人魚だけどな」
「………!!」
そういうことは先に言え――っ!!
と、怒鳴ってやりたかったが声にはならなかった。怒りの余り酸欠状態で、それこそ魚のように口をぱくぱくさせる。ポップは平然とした顔で、更に爆弾発言を続けた。
「あ、誰でもいいって訳じゃないんだぜ。普通は人魚の方が人間の男を観察して、審査して、それに通った者だけが選ばれるんだ。男にとっては名誉な事だよな。だからウロコを貰った者はまず手放さない。お守りとしての力があるのも本当だ。ただ、海の上だけで陸ではほとんど効果がない。一般に、余り出回らないのはその為さ」
うんうん、と学生達も同意している。
「けど、せっかく選ばれて相手を務めても、そこで人魚を満足させられなかったらおしまいだ。怒った人魚に海中に引き摺り込まれて、大抵は溺れ死ぬことになる。いいかお前ら! 実力で選ばれたわけじゃないんだから、せめて夜だけは一人前と認めて貰えるように頑張れ! でないと明日の朝日が見られないと思えよ!!」
「はいっっっ!」
全員が唱和した。
ダイは頭が痛くなった。
ズレた集団だとは思っていたが、ここまでアホだったとは。きっとヘッドが悪いんだろう。率いている塔主がああだから、学生達にまで伝染してしまうのだ。
「ポップ。ちょっと……」
ポップの手を掴んでダイは学生達の輪から離れた。
「なに考えてるのさ!? オレはレオナの婚約者なんだよ!? 人魚のお相手なんか出来るわけないじゃん!」
「だから許可もらって出て来たんだろ。後から文句言うなって念も押しといたし、心配ないって。人魚が選ぶのに、お前ほどふさわしい奴もいない。何たって勇者だ。塔の学生達がダメでも、オレとお前なら確実に選ばれると思ってさ」
勇者と大魔道士。
確かに子供子供の父親としては最高だろう。しかし。
「お。あちらさんもいらっしゃったようだな」
人の気も知らず、ポップは波間に目を移した。
波間に銀色の飛沫。人魚の尾が海面を叩いた時に上がる飛沫だ。それらは群れとなってこちらへ泳いでくる。人魚の女王が、沖合いにいる仲間を呼び寄せたのだろう。
「お待たせしました、魔道士の塔の皆様。さあどうぞ、お一人ずつ好きな娘とつがいになって、私達に子供を授けてくださいな」
人間の倍以上もある人魚達は、浅瀬に近付くにつれ小さく小さくなって、ほぼ人間と変わらない身長になった。尾びれだけで砂浜に立ち、人間が服を脱ぐように魚のしっぽを脱ぎ、人間が服を畳むように脱ぎ捨てたしっぽを畳み、手にかけて、人間と全く同じ、二本の足で立つ。
思わずダイも見惚れてしまっていた。
濃淡の差はあるものの、みな一様に緑色の髪と目を持ち、どの娘もそれぞれ美しく、魅力的で、隠すつもりもないらしいまあるい胸の尖りは、まるで花を頂いているようだった。
学生達はふらふらと、一人、また一人と人魚の娘に近付き、その抱擁を受けた。さすがにダイも目をそらした。待て。雰囲気に流されてしまっていたが、これはかなり異常な状況ではないか!?
ポップといると確かに思いがけない光景が見られるが、誰がこんな集団乱交シーンを見たいと頼むものか。どうして誰も何も言わないんだ。一人くらい正気に返るヤツはいないのか!?
「さあ。勇者さまと大魔道士さまも」
そして自分もするするとその身を縮ませ、しっぽを脱ぎ、蟲惑的な微笑を口もとに刷いて二人を誘った。ポップがはーいっ、と元気よくお返事して近付こうとするのを、文字通り首根っこをひっ掴んで止める。
「い……いえ結構ですっ、オレ達は遠慮しますっ!」
ダイが言うと、
「なに言ってンだダイ。こちらから持ちかけた話を、こっちから断るなんて失礼だろうが」
ポップが首をひねって睨みながら抗議する。
「し……失礼でも何でも、受ける訳にはいかないよ! ポップ、自分の立場わかってる!? オレ達そんな簡単に、ほいほい子供つくる訳にはいかないんだよ!?」
ダイはレオナの婚約者だ。つまりパプニカ次期国王だ。国王の嫡出子がそこらにいては、やはり色々とマズイだろう。
「それはお前の事情だろ。オレには関係ないもんねー。オレは美しい人魚姫と、一夜の思い出をつくるんだっ。お断りするなら一人で断ってこい、ダイ。すみません、女王。今行きますからー」
後半は人魚の女王に向けて言ったポップを見て、ダイは、思った。
駄目だ、これは。
余り人前ではやりたくなかったが、仕方ない。
「人魚さんっ!」
首根っ掴んだままのポップの顔を向けさせて、激しく口づける。突然の事に対処出来なかったポップが動揺している隙に、舌を忍びこませ、上の歯列の裏側あたりをざらりと舐め上げる。
ようやくダイが唇を離した頃には、ポップはすっかりとろんとして、息を喘がせていた。
「お……オレ達こーいう関係ですから、人魚さん達と子供つくる訳にはいかないんです。諦めてくださいっ。本当に、本当にすみませんっ!」
そう、ダイとポップは実はそういう関係にあったのだ。
大魔王との大戦の日々の中で、明日をも知れぬ夜の中で、不安におののく二人がお互いの熱を求めあうようになったのは、ごく自然の成り行きだったろう。いかに元が脳天気で強大な力を持っていたとしても、二人とも、まだ今より幼い少年だったのだ。
時には重圧に負けそうになる事もある。そうして寄り添いながら培った信頼関係は、平和になった今でも変わらず続いている。
親友であり、恋人同士、と言ってもいいだろう。
レオナはそれを知って尚、ダイを望んだ。彼等とレオナとの関係は、事情を知らない第三者には、とても説明しがたいものなのだ。したところで、納得しては貰えないだろう。
「まあ、そうでしたの?」
怒るかと思われた女王は、意外や口もとに手を当てて含み笑いを漏らすと、そばにいた人魚の娘に手をかけ、
「………っ!?」
二人の目の前で、熱烈なキスを繰り広げた。
ダイとポップがあんぐりと口をあけて見守るのを、人魚の女王は小気味良さそうな表情で見ていた。
「子供をつくる為には異性の協力が不可欠ですけど、やはり、真の恋愛は同性とするものですわよね。勇者さまと大魔道士さまがそういう、崇高な関係と知って嬉しいですわ。そういう事情なのでしたら、もちろん無理強いはしませんわ」
唇を離して誇らかに言う。
女王は人魚の娘の肩を抱いて、思わせぶりにウィンクしてから二人で海に入っていった。恐らく人魚同士の交わりは、本来海中で行われるのだろう。
「えーっと……」
取り残されたダイは頭を掻きながら一人ごちた。
ポップもキスの衝撃から立ち直ったらしい。
「てめえ、ダイ! なんて事しやがるっ!」
>>>2010/4/21up