足音も高くダイが塔から出ていってしまうと、スタンとハーベイは自分達のために新しい茶を淹れて、ソファに向かいあった。
スタンはカップを取りあげて、聞いた。
「……どう思う?」
「まあまあ、予想通りだね。予測されたことから一歩も出ない、というのが勇者なんて言ったって、普通の人だなあって気がするよ」
辛辣にハーベイは答えた。
「まあ、そう言うな。勇者といってもまだ十五歳の少年なんだし、それなら仕方ないだろう」
「僕が十三歳だってこと、忘れてないか? スタン」
にやりと、余りたちのよくない笑みをハーベイは浮かべた。
魔道士の塔最年少のこの少年は、そうやって、おのれの若さと才能をひけらかすところがあった。
スタンは苦笑した。
「覚えているよ、ハーベイ。そして僕が、二十五歳だってこともね」
塔の最年長と最年少の二人は、ときどき衝突しながらも、というかスタンが一方的に折れて、塔を治めていた。スタンは感慨深げに言った。
「マスターは……十八歳だったね。あの齢で、どこまで見通しているのかと思うと、僕は恐くなるよ。マスターの言ったとおりだったものね、勇者様の行動は」
「ふん。それくらい、僕だって予測していたさ」
反発するようにハーベイは言った。
ハーベイにとって、ポップは尊敬すべきマスターではなく、乗り越えるべきライバルだった。
そんな心の動きが目に見えてわかってしまうので、スタンも無理に張り合わずに、うまくやっていけるのかもしれなかった。
「……とりあえず」
スタンはカッフを置いて、話を元に戻した。
「マスターに言われたことは実行した。マスターの命令は勇者様に、マスターがいなくとも塔はやっていけるということを伝えることだったけれど、けしかけるな、とは言わなかったものね。勇者様には何としても、マスターを引き止めてもらわなきゃ。僕達には、まだマスターが必要だよ」
「……認めたくないけどね」
苦々しげにハーベイは言った。
彼らのマスター、大魔道士ポップは、実に大雑把でてきとーな性格をしていたのだが、魔法力は確かだったし、なんというか、妙に人を惹きつけるものがあった。
そこにいるだけでぱあっと場が明るくなるような、じっさい相当のおしゃべりでもあったが、しゃべらなくても隣にいたいような、そんな不思議な雰囲気を持っていた。だから、そのポップをほぼ独占……していたダイが不安になるのも、二人はわからないでもなかった。
その気持ちは、塔の者全員、もちろんスタンとハーベイにも、存在する思いだったからだ。
ハーベイはちっと舌打ちして、
「塔を管理しているのは僕達だけど、それでやっていけるのは根本に、マスターという後ろだてがあるからだ。僕だって、そこまでうぬぼれちゃいない。マスター抜きで、どこまでやっていけるのか、正直、……僕は不安だ」
「君らしくもないことを。ハーベイ」
苦笑してスタンは立ち上がった。
「まあいいさ。たまには弱音を吐くことも必要だろうからね。でも、皆の前ではそんな態度をとられては困るよ。マスターの代わりに僕達は、いつも泰然自若として、皆を不安にさせないように、構えていなくちゃならないんだから」
わかってる、とハーベイは唇を突き出して、妙に年相応に答えた。
※
ダイは早足で歩いていた。
魔道士の塔を後にして、ダイが目指すのはパプニカの王城、レオナのもとだ。
(まったく、ポップもレオナも、俺に黙って)
そう思わずにはいられない。
自分が勇者であるとかレオナの婚約者であるとか、そういうことをダイは鼻にかけたことはなかったが、こうもないがしろにされると、やっかみのひとつも出てこようというものだ。
ダイは目についた小石を蹴った。
王宮は広い。まともに歩けば回るだけで小一時間はかかってしまう。
いわんや、城の敷地の端っこにある塔においては。
瞬間移動呪文を使えば一発だが、そこまではしたくなかった。
自分が冷静さを欠いていることは、ダイにもよくわかっていたからだ。
ダイは空を見上げて深呼吸した。
それが災いした。
「あーっ! お探ししましたよダイ様っ!!」
けたたましく聞こえてきたこの声は。
ダイは声のした方向を見やった。
そこには、白い髪と灰色の目を持った、ダイの副官が走ってくるところだった。
「メイヤード……」
副官の名前はメイヤードという。
メイヤードは息を切らしながら、言った。
「お探ししましたよダイ様。また、魔道士の塔にいらっしゃってたんですね!? いけませんよ、もういいかげん、御自分の立場というものを自覚して頂かなくては。軽々しくふらふらと出歩いたりなさってはいけません。そういうときは、使者を立てるなりなんなりすればいいんです」
「わかっているよ、メイヤード」
ダイは疲れたように言った。
ダイの副官のメイヤードは、三十代半ばの男であったがどうも愛情過多というか、母性本能のようなものが発達しているらしく、なにくれと面倒をみて、ダイを可愛がってくれる。
普段はありがたくメイヤードの好意を受け取っているダイだが、メイヤードの好意というのはときおり相当に、ダイをうんざりさせるものでもある。
今がちょうどそのときだった。
ダイはちょっとはすっぱに答えた。
「で、なに? メイヤード。オレ、今からレオナのところに行こうと思ってるんだけど」
「おお、それはそれは。……ですが」
メイヤードは何か言いたそうな顔をした。
しかたなくダイは聞いた。
「なに?」
「はあ、これでダイ様づきの護衛隊の教練に、お姿を見せられないのが三日になります。もちろん、ダイ様がいらっしゃらなくても訓練に何の支障もありませんが、ダイ様がそこにおられるだけで、兵の励みになります」
「………」
ポップが魔道士の塔をしきっているように、ダイもダイの護衛隊を率いていた。
その数は少数精鋭の二百人ばかりだが、有事にはダイは、三万とも四万とも言われるパプニカの兵を統べる、総大将となるはずだった。
それだけに、ダイはこの隊を愛していた。
ダイみずから、剣を鍛え、号令をかけ、手足のように動けるように訓練した隊だ。
この兵達がいずれ小隊を任され、あるいはダイの意志をすみやかに伝えて、数万の兵を思い通りに動かすことを可能にするのだ。
隊の兵であることを示す、剣のつかにあしらわれた青いふさ飾りを、誰より気に入っていたのはダイだった。しかし。
「メイヤード……今日はちょっと勘弁して。ごめん、明日は必ず顔を出すから。絶対にのばせない用事があるんだよ。隊の連中にも、よろしく言っといて」
「はあ……」
逃げるようにダイはメイヤードから離れた。
これ以上ぶつくさ言われるのも面倒だったし、今日は本当に重大な用件があるのだ。
>>>2001/11/5up