薫紫亭別館


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 ダイは城に着くと、まっすぐにレオナの私室に向かった。
 この時間ならレオナは、午後の執務をひと段落して、自分の部屋でくつろいでいる頃合いだったからだ。
 重厚に装飾のほどこされたドアを性急にノックすると、ダイは返事も待たずにドアを開けた。
「なあに? 失礼よ、ダイくん」
 豪華な室内にはそれに負けないほど豪華な美少女がいた。
 芳紀十七歳、パプニカ女王、レオナだ。
「今日はダイくんとお茶をする約束はしてなかったと思うけど。なあに、何か用なの、ダイくん?」
 可愛らしいが、少々キツイ物言いだ。
 人に命令することに慣れきった声だった。
 美しい若い女王は、寝椅子から立ち上がって髪をはらった。
 くせのない長い金色の髪は、素直に背中に流れた。
「レオナ……」
 ダイはちょっととまどった。どう切り出すべきか迷ったのだ。
 そんなダイを、レオナは淡い茶色の目で凝視していた。
 先にレオナが口をひらいた。
「まあ、ここにおかけなさいよダイくん。今、お茶とお菓子を運ばせるから」
 レオナは今まで座っていた寝椅子を指さし、手を叩いて小間使いに用を言いつけると、自分もダイの隣に座った。寝椅子は、ふたりが座っても充分なゆとりがあった。
 ダイはなんとなくどぎまぎしながら、小間使いが茶を置いて消えるまで待っていた。
 故意なのか偶然なのか、ダイの肩にレオナの髪がかかって、そのさらさらしたくすぐったいような感触と、せっけんのいい匂いがダイを落ち着かなくさせた。
「あの、あのね、レオナ……」
「なあに、ダイくん」
 レオナは上目遣いに答えた。
 ダイの背はもうレオナもポップさえも追い越していて、そのことで文句を言われたりしていたが、ダイは苦笑するほかなかった。好きでのびたわけではないし、今更ちいさくなれというのも無理な話だ。
 それでも、今まで見上げるしかなかったレオナやポップを見下ろすのは快くないこともなかった。
 口で勝てないぶん、体格だけでもまさっていると思うのはダイには中々いい気分だった。
「なあに?」
 ダイは意を決して話しはじめた。
「あのね、レオナ。ポップのことなんだけど……」
「ああ」
 レオナはほんの少し目をすがめた。
 レオナには、ダイが何を言い出すのか、最初からわかっていたようだった。
「聞いたのね、ポップくんのこと」
「うん。それは……噂だけは。でも、直接ポップの口から聞いたわけじゃなかったし、ずっとデマだと思ってた。思っていたかったんだけど」
 苦しげに言ってダイは顔をふせた。
 レオナはそっと手をのばして、その頭を撫でた。
「そう。それで、怒ってるの? 私が、ポップくんに、出ていってもいいって許しを出したから」
「うん……」
 あいまいにダイはうなずいた。
 確かに始めはそのつもりだった。だが、レオナの顔を見たとたん、それまでの怒りがどこかへ行ってしまったような気がしたのだ。
 ダイはレオナの婚約者という立場だったが、ポップはパプニカの宮廷魔道士というかレオナの相談役というか、そういった地位についていた。魔道士の塔はあくまでポップの趣味なのだ。
 もっとも、それがただの趣味で終わらないあたり、さすがは商人の息子だ。
 そしてその商人の息子は、今度は自分で武器屋をひらくべくパプニカを出奔し、色々と画策しているのだ。
 ダイは長く息を吐いて、ぽつぽつと語りはじめた。
「オレ……オレは、ポップがオレに黙ってどっかへ行っちゃうなんて考えもしなかった。ずっと一緒に戦ってきて、平和になってもそばにいて、一緒にいるのが当然みたいに思ってた。……どうしてポップは、いきなりベンガーナへ行くなんて言い出したんだろう? オレ、何か悪いことしたのかな? それとも、この国に不満があったの? ……レオナは、理由を聞いてるんでしょ?」
 もちろんポップはレオナに理由を話したはずだ。
 ポップの出奔にも塔への援助にも、レオナの承認が必要なのだから。
「………」
 レオナはよるべない子供のような表情をしたダイの顔をまっすぐに覗きこんで、言った。
「……聞いたけど。ダイくんが納得するかどうかはわからないわ。ポップくんは、以前から武器屋をひらきたかったんですって。そのためにパプニカにいてお金を貯めて、それが目標額に達したから、それで……」
「嘘だ」
 ダイは言い切った。
「そんなの嘘だよ。ポップは魔法使いになりたかったんであって、武器屋なんてやる気はなかったよ。それくらいなら実家の武器屋を継げばいいじゃん。もともと、武器屋だったんだから」
「都会の方がいいんですって」
 ポップの実家はランカークスという片田舎にある。
「それなら、パプニカでもいいでしょ。レオナらしくもない、オレにさえわかるようなちゃちい嘘で、レオナがポップを手放すはずないじゃん。あれでも、世界最高の魔法使いなんだから」
 そのとおりだった。
 世界中を巻き込んだ三年前の大戦で、もっとも活躍したのがこの勇者ダイと、大魔道士ポップだった。
 大魔道士というのは魔法使いの頂点にあるものに与えられる称号で、ポップは二代目だった。
 一般には、グレイト・ルーンマスター・ポップという名で呼ばれる。
 その勇者と大魔道士を二人ながら抱えているというのは、パプニカにとって、他国を牽制する非常に大きな力になっていたのだった。
 容赦なくダイは続けた。
「それに、お金なんて、貯めるまでもなく待ってたじゃん。平和を取り戻したとき、あっちこっちから報奨金や恩賞が下されたんですから。武器屋をはじめるのに幾らかかるか知らないけれど、それで足りないってことはないでしょ。やる気なら、三年前の時点でやってるよ」
「………」
 観念したようにレオナは肩をすくめた。
 そうして立ち上がると、みずから私室の隠し戸棚に保管してあった小箱を取り出した。
 切り子細工のその箱にはダイは見覚えがあった。
 いつだったか、一番お気に入りのものだけを入れてあるの、と言ってレオナが見せてくれた宝石箱だ。
「……?」
 いぶかしんでいるダイの前で、レオナはそれを小卓に置き、ふたをあけた。
 目線だけでレオナはダイをうながし、近くに来たのを確認すると、宝石を丁寧に卓の上に並べた。
 が、それで終わりではなかった。
「……っ!?」
 底が、音もなくはずれた。箱は二重底になっていたのだった。
 一枚目の底の下に、ちいさく折りたたまれた紙が入っていた。
「これは……?」
 ダイが聞いた。レオナは咎めるような目をして、
「大きな声を出さないでね、ダイくん。……これは、ベンガーナ王からの密書なの。国のトップだけの話し合いだったから、ダイくんにも相談しなかったのよ。とりもったのは、ポップくん。だからこれの存在を知っているのは、私とベンガーナ王と、ポップくんの三人だけなの」
 ダイは食い入るようにその紙片を見つめた。
 何がかかれているのか、見なくてもわかるような気がした。

>>>2001/11/10up


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