「……大魔道士の移住と同時に、ベンガーナは貴国との恒久平和を約束する……って、もちろんこんな紙切れにたいした意味があるわけじゃないし、平和条約なら既に結んであるんだけど、……ベンガーナって大国でしょ。それに、勇者パーティーの仲間を一人も抱えていないのがベンガーナには不満なの。ロモスにはマァムがいるし、カールはアバン先生の国だし……パーティーの正式な一員ではないけれど、テランにはメルルが、リンガイアにはノヴァがいるでしょ。本当はヒュンケルがベンガーナに伺候してくれれば良かったんだけど」
レオナは難しい顔をして言った。
ダイとポップの兄弟子である戦士ヒュンケルは、ラーハルトという友人と共に世界中を旅しているのだ。
ダイは抗議した。
「だから、ポップ一人くらいベンガーナにあげちゃってもいいって言うの!? パプニカには、オレも、レオナもいるから……!!」
「そういう意味じゃないわよ!!」
レオナは激しくダイの声をさえぎった。
「言いだしっぺは、ポップくんなの。そこのとこ間違えないでほしいわね、ダイくん。ポップくんは、自分からベンガーナへ行くと言って、約定を取りつけてきたの。私はそれに乗っただけ。私だって、ポップくんを手放したくなんてなかったわよ。でも仕方ないじゃない、私が聞かされたときにはもうポップくんとベンガーナ王との間で話が進んでいて、断ることなんて出来なかったんだから」
にがにがしげにレオナは吐き出した。
レオナにとっても、不本意なことのようだった。
ダイは不思議な気がした。
「ポップは……何を考えているんだろう? オレにもレオナにも黙って勝手に話を進めて、そこまでしてベンガーナに行って、何をしたいんだろう? いや、武器屋を始めるというのはわかってるんだけどね、それが本当に、ポップの望みなんだろうか?」
「そうね……」
レオナは平静に戻ってつぶやいた。
「ポップくんは……自分が行けば、ベンガーナ王も満足するし、だからといって城には仕えずに、必要なときだけ王の相談にのるんですって。私の相談役からベンガーナ王の相談役になったわけね。立場的には、今と変わらないみたいだけど」
レオナはひとつ息をついて、
「また、こうも言ってたわ。パプニカの敵にまわるんじゃないって。その逆だって。ベンガーナが妙な動きを見せたら絶対に自分が阻止するって。身はベンガーナにあっても、いつでもパプニカと私たちのことを考えてるって……」
「冗談じゃないよ!」
つい、大声でダイは叫んだ。
「なんだかうまいこと言ってたけど、それって結局人質っていう意味じゃない? オレは、ポップにベンガーナから心配されたくなんかないよ。ポップはずっとここにいて、オレ達のことなんか心配せずに、好き勝手に遊んでりゃいいじゃん。何もしなくても、そこにいるだけでオレ達は安心するんだから」
「………」
自分もレオナも、たぶん塔の面々も。
ダイはそうふんでいた。不安でないはずがないのだ。
少し冷静になって振り返ってみると、スタン達の言い分はやけに理路整然としすぎていたではないか?
あれは、自分達の塔主が塔を出ていくことの、でも止められないことがわかっていたからこその、必死の自衛だったのではないだろうか。そう、自分達に言い聞かせていたのではないだろうか?
「レオナ」
ダイは言った。
「このまま待ってても埒があかない、ちょっとベンガーナへ行ってくるよ。……何日か、滞在するかもしれない。城をあけて悪いけど。あとのことは、メイヤードに頼んでおくから」
「……わかったわ」
素直にレオナはうなずいた。
じっとしていられないダイの気持ちがよくわかったからだ。
「ありがとう」
ものわかりのいい美しい婚約者の頬にかるく口づけると、ダイはベランダに出て、そのまま瞬間移動呪文、ルーラをとなえた。
※
──ちょうどその同じ頃。
巨大なボロぞうきんが空から降ってきた。
が、落ちた場所は魔道士の塔の前だったので、誰ひとりとして驚く者はなかった。
「おーい、生きてるかあ?」
気づいた学生の一人が声をかけた。
ボロぞうきんと見えたものは、ボロぞうきんのようにくたびれはてた、一番新入りの学生、ラウールだった。
「み、みず……」
ラウールが言うのにお約束のようにミミズをさしだし、どこにンな力が残ってたんだ、と突っ込みを入れたくなるような速さでそれを払いのけられると、ようやく学生はコップに水を汲んできてやった。
そのさい、ついでとばかりルドルフも連れてきた。
「……ラウール!?」
少々陰気な灰色の髪をした学生は、自分とコンビを組んでいる相棒の名を呼んだ。
ちょっとびっくりしたようだった。
「どうした、ラウール。君、今日はマスターのお供でベンガーナに行ったはずじゃなかったのか。もう、御用は終わったのか? で、マスターは? 君一人で帰ってこられるはずないしな」
ルドルフはあたりを見回した。
ラウールは出戻りのルドルフと違い、本当に本物の新入生で、魔法のマの字も使えなかった。
だから、今朝ベンガーナへ連れていかれたラウールが戻ってくるためには、ポップにルーラで連れ帰ってもらう必要があったのだ。
ごくごくと咽喉を鳴らしてコップの水を飲み干すと、ラウールは、
「はー疲れた。マスターって、すげえ人使い荒いのな。朝っぱちから叩き起こされて説明もしてくれないままベンガーナに連れてかれてさ、しばらくはお城に用があるとかで城門の外で待ってたんだけど、それが終わると不動産屋の物件めぐりさ。あんまり新しくない、そこそこの築年数の建物ばかり見て回ってさ、マスターならもっと立派な、どころか新築の豪邸さえ建てられると思うんだけどな」
そこまでをぺらぺらとまくしたてたが、ルドルフの質問にき全くと言っていいほど答えてはいなかった。
ルドルフは苛々したように言った。
「僕は、君がどうやって魔道士の塔に戻ってきたのか、それを聞いてるんだけどな」
「ああ」
ラウールはそうだった、というような表情をした。
それからルドルフと、まだそこにいた学生にとっては呆然としたくなるような内容をさらりと言った。
>>>2001/11/24up