「いいかげんグロッキーになったオレが、もう帰りましょうよ、と言うと」
『情けねえなあ、若いのに』
ポップは言った。ベンガーナの首都から少し離れた、中規模程度の町だ。
『マスターほど若くはないですよ。……ったって、一歳か二歳の差でしょうけどね。大体マスター、オレのことなんか関係なく動いてるじゃないですか』
『そおかあ?』
ポップは首をかしげてみせた。
『そうですよ。なんのためにオレを連れてきたんです? そりゃ多少の荷物持ちとかはしてますが、それほど重い荷物じゃないですよ。不動産の書類ばっかですし。これならマスター一人で動いたほうが、よほど身軽じゃないですか』
『なんだ、かまってやらなかったからスネてんのか、ラウール』
『そうじゃないですってば!』
『面倒くさいヤツだな、んじゃ帰れ』
「……で、次の瞬間には、体がふわっと浮いたかと思うとここへ落っこちてたってワケだ」
ラウールは簡単そうに言ったが、魔法に少しでも詳しい者なら、ポップのしたことがそう簡単なものではない、というのがわかったはずだ。
ルドルフともうひとりの学生は顔を見合わせて、
「ルーラの発展形だ……」
「また新しい呪文を開発したんだな……改めて、マスターが只者じゃないのを実感したよ」
つぶやきあった。
ラウールは一人きょとんとした顔で、
「なにが? なんかスゴイのか?」
がっくりとルドルフ達は肩を落とした。
もうひとりの学生は講義するように、
「あ、あのなあ。シロウトのおまえにゃわかんねーだろけどさ、塔にいるからにはもう少し魔法のことも勉強しろよ。魔法ってもんは、そう万能じゃないんだよ。自分が連れて飛ぶならともかく、相手だけを自分のイメージした場所に送りこむなんて芸当、マスター以外には不可能なんだよ。だからあの人は大魔道士なんだよ」
「ふーん」
「おまえ、本当にわかってるか?」
いまひとつ意味がわかってなさそうなラウールに学生は情けない声をかけた。
ルドルフは少し考えこんでいたが、やがて顔をあげて、言った。
「……とりあえず、スタンとハーベイのところに報告に行こう。実はさっき勇者様が来て、マスターに会わせろって怒鳴ってたからな。スタン達も困っただろう、マスターのスタンドプレイは今に始まったことじゃないし」
魔道士の塔の塔主代理というのは、なかなか気骨の折れる仕事なのだ。
一度放校されてなんとか復帰したとはいうものの、ルドルフとしては、余りなりたいポジションでもないな、と思わずにはいられなかった。
※
ベンガーナ。
世界一の大国で商業国で、文化だの風流だのを薬にもしたくないポップのいかにも好きそうな国だ。
それに、確かにこちらのほうが合っている、という気もする。
どことなく騒々しく、美観もへったくれもなく実用本位に建てられた建物は、それなりに機能的な美しさがある。
ポップの好みがわかるだけに、ダイは気が気ではなかった。
(だからって、ポップをベンガーナになんか渡せるもんか)
内心でダイはぐちった。
子供っぽい独占欲だとはわかっていても、ダイはそう思った。
ポップはダイの親友で仲間で兄弟子で、およそ血のつながり以外のあらゆる絆で結ばれていたが、それもポップを引き止める何の役にも立たないことも、ダイにはわかっていた。
離れてもそれは変わらないと、ポップは言うだろう。
そのとおりかもしれないが、ダイはそばにいてほしかった。
ポップはダイには体に流れる水か呼吸する空気のような存在で、だが水や空気には、それを必要とする者の心など知ったことではないように、ポップにもダイの気持ちなど、関係ないのかもしれなかった。
ああ、とダイは思った。
(そっか……オレが怒ってたのは、ポップがオレの意見を聞きもしないで、すべて一人で決めちゃったせいか……。相談されたからってまず賛成なんかしなかっただろうけど、でも、こんなになる前に一言でもあれば、もう少し違っていたかもしれないな……)
にぎやかなベンガーナの通りをダイはぼんやり歩いていた。
ここへ来て初めて気づいたことだが、ダイはポップがベンガーナのどの都市にいるのか、それさえ聞いては来なかったのだ。
(やっぱりオレって馬鹿かも……)
といって、もう一度パプニカへ帰って塔の連中に聞き出す気にもなれない。
所詮はポップの子飼いなのだ。飼い主の不利になるようなことは、言わないに決まっている。
ダイは服のポケットを探った。
王宮にいるかぎり金は必要ないが、メイヤードがうるさいので最近は金貨の数枚も忍ばせている。
今はそれがありがたかった。
これだけあれば、贅沢しなければ数日間滞在するのに何の支障もない。
ダイは、自力でしらみつぶしにポップを捜すことに決めた。
※
「地図を」
スタンはルドルフとラウールにくっついてきた学生に命令して、ベンガーナの地図を持ってこさせた。
執務室のポップの机の上にそれを広げて、皆はその周りに集まった。
皆とはスタン、ハーベイ、ルドルフ、ラウールだ。
地図を持ってこさせられた学生は、部外者ということで退出を命じられていた。
それを言うならルドルフとて同じなのだが、ラウールの相棒ということでお目こぼしに預かったのだった。
「もうちょっと縮尺の小さい地図はなかったのか」
いまいましげにハーベイが言う。
「まあまあ。どの町のどの建物かなんて、今はそこまでわからなくてもいいよ。それじゃラウール君、今日、君とマスターが立ち寄った町の名前をあげてくれる?」
穏やかにスタンが言った。
ラウールはそれで相当気が楽になったらしく、すらすらと町の名前を答えた。
スタンみずからがペンをとって、赤インクで地図の上にしるしをつける。
「ふむ……」
地図を見ながらスタンはうなった。
>>>2001/12/15up