「いやあ、見事にバラバラだね。海ぎわだったり山側だったり。どう思う、ハーベイ? これらの町に、なにか共通点はないかな?」
「……聞いたこともない町ばかりだな」
スタンの問いにハーベイはうっそりと答えた。
しるしをつけた箇所を指でなぞって、町の名前を読みあげる。
「……バージルシティ、アッピアシティ、ネモラ、チャリス……この地図を見るかぎり、どれも中規模以下の町ばかりだ。マスターは好んで、そういうのばかりをピックアップしたみたいだな」
「なるほど。派手好きのマスターの趣味とも思えないが、この選択にも何か意味があるんだろう。……さて、どうするハーベイ? 勇者様に教えてやるかい?」
「もちろん」
ハーベイは断定した。
「つい今しがた、近くでルーラを使った波動が伝わってきた。塔の者でないなら、勇者様しかいないだろう。さぞかし業を煮やして、一人でベンガーナへ飛んだんだろう。無駄なことを。僕達ですら不可能なのに、いくら勇者様とはいえあのマスターをつかまえられるもんか」
「そうだけど。でも勇者様は、勇者様だからね」
おっとりとスタンは言った。
ハーベイはかみついた。
「目に見えない絆で結ばれている、なんて気色悪いこと言うなよ、スタン。そんなものに頼らなくても、勇者様の後なら追える。精神パターンをバッジに記憶させておいたからね」
「おや、いつのまに」
「……なんだか、君にそう言われると、感心されてるのか馬鹿にされてるのかわからなくなってくるよ……まあいい、僕はとにかく勇者様を追うよ。むやみに捜しまわったって、マスターが見つかるはずないんだから」
「あ、あのう……」
会話に加われずに、スタンとハーベイの顔をかわるがわる見ているしかなかったラウールが口をひらいた。
「あの、バッジに記憶させておいたって……どういう意味ですか? バッジって、シャムロック・バッジのことですよね?」
「こ、こら、ラウールっ」
同じく黙って聞いているしかなかったルドルフが慌てたように言った。
シャムロック・バッジというのは四つ葉を銀で象嵌したバッジで、魔道士の塔の卒業免状である。
塔で勉強する者なら誰しもが手に入れたいと望み、しかし力及ばず夢破れて去って行く者も多い。
それほど難関なのだが、特に希望したわけでもなくいつのまにやら塔に入っていたラウールにとっては、大した意味はないらしい。実にお気楽そうに、質問を口にのぼせた。
「ああ……」
スタンは苦笑した。ハーベイは狷介そうな目でラウールを睨みつけている。
ちょっと類を見ないほどの美少年なだけに、そういう表情をするとやけに凄味があった。
「あ、あの……?」
雰囲気を感じ取ったのか、ラウールは不安げな顔をした。
スタンは安心させるように、
「いいんだよ。君が知らなくても無理はないものね。ルドルフ君ならわかるだろうけど。なんたって、このバッジにトレーサー機能がついているのを発見したのは、ルドルフ君だったものね」
ルドルフは顔を赤らめた。
以前、放校されていたときルドルフは、バッジを盗みだし、レプリカを作ろうとしたことがあった。
そのさいにバッジに付属していた色々な機能を見つけだしたのだが、バッジへのルドルフの情熱がなければ、それらは今も知られていなかったかもしれなかった。
「言葉のとおりだよ。バッジに精神パターンを記録することで、僕らは勇者様の後を追えるんだ。勇者様といわず、記録しておいた者なら誰でもね。……もっとも、マスターは駄目だけど。バッジはマスターの手製だから、最初からマスターのパターンだけは記録できないようにされてるんだ。僕らは、それを解除するほどの技術はないしね」
「マスターを追跡できれば、こんな手間をかけなくてもすむのにな」
爪を噛んでハーベイはぼやいた。
「その苦労がむくわれたときがいいんじゃないか。じゃ、これ軍資金。あんまり無駄遣いするなよ」
「当たり前だ」
スタンが引き出しから取り出した麻の袋を受けとって、ハーベイは開かれた窓に近寄った。
「ときどき鏡で連絡する。いつも、鏡には注意していてくれ」
「わかった」
えらそうにスタンに指図して、ハーベイはルーラをとなえた。
スタンは怒りもせずにそれを見送っていた。
「……えっと……」
ルドルフとラウールは、自分達がどうも場違いな場面に立ち会ったような気がして、いたたまれなくなった。スタンは例によって如才ない気遣いを発揮して、ふたりに向き直った。
「ごめんごめん、忘れてたわけじゃないんだけど。鏡っていうのは一種の通信魔法でね、鏡に自分を投影することで、離れた場所にいる人といつでも話ができるんだ。僕は、そんな高等な魔法使えないけど」
コンビを組んでいるのがハーベイで良かったなあ、とスタンは細い目をさらに細めて笑った。
なんとなくはぐらかされたような、そんな消化不良の気分のまま、ルドルフとラウールは執務室から出された。
※
──誰かに呼ばれたような気がした。
雑踏の中でダイは立ちつくすと、首を巡らせた。
ベンガーナに知り合いなどいない。一方的に、ダイの顔を知っている者ならいるかもしれないが。
しかしそれも、この人通りの多い場所では対して特長のないダイの容姿は、周囲に埋没してしまったようだった。それならポップもそうだろうな、と、ダイはちょっと自嘲気味に笑う。
ダイもポップも黒髪だった。はっきり言って、一番多い髪の色だ。
それこそ、黒髪でもいま物陰からこちらをうかがっているハーベイほどの顔だちでもない限り、
……え?
「ハーベイ!?」
ダイは叫んだ。
ハーベイは小走りに近づいてきて、騒がないでください、とささやいた。
今度は小声でダイは聞いた。
「ハ、ハーベイ、どうしたの? 一体……」
「少しはお静かになさってください。僕は、勇者様が無謀にも何の手がかりも持たずにここへやって来たのを知って、追いかけてきたんです。まったく何を考えてたんですか? マスターが一筋縄じゃいかないことを、誰より知っているのは勇者様でしょうに」
「う、うん……」
ダイはくぐもった声を出した。
ダイは、この少年が苦手だったのだ。
きらめくような才気と、売るほどの自信と、十三歳という年齢の少年だけに可能なようなひたむきな夢と憧れとを求めて走り続けている。そのほかの物は容赦なく切って捨てる潔さも、今のダイには眩しすぎるものだった。
といって、ダイがそれほどハーベイと歳が離れている、というわけでもなかったが。
「とにかく、どこか落ち着ける場所へ行きましょう。こんなところじゃゆっくり話も出来やしない」
「………」
勇者に対するものとしてはいささか不敬な言い草だったが、ダイはおとなしく従った。
どうもダイは、こういう人を人とも思わずに勝手に振り回すタイプに弱いところがあったのだ。
通りを一本はずれたところにある古びた、しかしなかなか小奇麗な茶屋を見つけるとハーベイは先に入ってダイを手招いた。魔法使いというのは、どうしてこうも傍若無人なのが多いんだろう、と内心でダイは思った。
>>>2001/12/23up