薫紫亭別館


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「本当にここなの、ハーベイ? 本当に、ここにポップがいるの?」
 ルーラで連れて来られて、ダイは夕飯のおかずの買い出し途中らしい主婦や家に帰る子供や、一日の仕事を終えてほっとしたようすの人々の通る、商店街に立っていた。
「間違いありません。まだマスターの魔法力を感じます。勇者様、なんとなくここじゃないような、マスターがいないような気がしませんか?」
「す……する」
 ダイの正直な気持ちだった。
「それが証拠です。マスターは、この町に結界を張り巡らせています。この結界にふれると、マスターの意にそわない者はなんとなく嫌な気分になったり、体調が悪くなったりします。勇者様ですら弾きだして、マスターは何を企んでらっしゃるのやら。ですが勇者様、僕が協力できるのはここまでです。ここからは、お一人でお願いします」
「……なぜ!?」
 思わずダイは聞き返していた。
「僕らにとって、マスターの命令は絶対だからです。マスターは、後を僕とスタンに任せて、ご自分は武器屋を始めるとおっしゃられました。それを止めることは僕らには出来ない。異議を唱えることも出来ない。だから勇者様にお味方したんです。僕らの代わりに、マスターを引き止めてもらえるように」
「………」
 ダイはやはり、と思った。
 納得したような失望したような気分だった。
 魔道士の塔のすべての基準は魔法力であり大魔道士であり、ダイが勇者だろうと未来の国王だろうと塔は、ダイのために協力したわけではなかったのだ。
 それでも、とダイは気持ちを切り替えた。
 塔が協力してくれたから、ダイは予想以上に早くポップをつかまえることが出来た。
 厳密にはまだだったが、ここまで来れば同じことだ。
「助かったよ、ハーベイ。あとは自分でやるよ、ありがとう」
 ダイは素直に礼を言って、歩きだそうとした。
 その後ろ姿に、ハーベイは声をかけた。
「右です、勇者様。右からマスターの魔法力を感じます。僕らが来たことは、結界の揺れでマスターにはわかっているはずです。逃げようとする気配は感じられませんが、急ぐにこしたことはありません」
「わかった!」
 ダイは走りだした。
 混雑する人の波を、器用によけながら出来るだけの速さでダイは走った。
 遠く夕陽が沈もうとしている。
 夜が来るのだ。唐突にそんなことを思った。
 やがて、ダイの感覚にも、それとわかるほどの魔法力が感じられてきた。
 だが、何か微妙に違う気もする。
 ポップだけじゃなくて、これは……?
「ダイ!」
 なつかしい、なつかしい声!
 ダイははじかれたように声のした方を向いた。
 黒い髪、紫の瞳、お気に入りの緑色の法衣を着た、ダイの大好きな見慣れたポップの姿がそこにあった。
「ポップ……!」
 感極まったようにつぶやいて、駆け寄ろうとした。
 そのとき、ポップの隣に、血のように赤いローブを着た人物がいるのに気がついた。
(魔法使いだな)
 一目でダイは見抜いた。
 それも、かなり力のある魔法使いだ。ハーベイと同等か、それ以上の魔法力を感じる。
 先程の違和感はこれだったのだとダイは思った。
 あれはポップのすぐそばに、もうひとり強力な魔法使いがいたからこその違和感だったのだ。
 ダイは油断なく、彼を観察した。彼女、ではなかった。
 フードを深くさげて顔はほとんど見えなかったが、それくらいは間違えない。
「よく来たな、ダイ。よく、ここがわかったな。あ、はーん……ズルしたな? ハーベイに連れてきてもらったんだろう」
「──なんで!?」
 結界の揺れがどうとか言っていたが、そんなことまでわかるのかとダイは驚愕した。
「わかるよ。だっておまえ、ふところにハーベイのバッジ忍ばせてるじゃん。バッジをつくったのはオレだからな、波動がビンビン伝わってくるよ。駄目じゃん。自力で来たって顔をしたいなら、魔法系の物は体からはずしておかないと」
 ポップはなんでもなさそうに言って、手をのばしてダイの胸をぽん! とはたいた。
 怒っているわけでもない、馬鹿にしているわけでもない、すべてを許容したような笑み。
 ポップの笑いかただった。
 こうして向きあっていると、ここがベンガーナであるとか、そんなことは全く関係がなくなって、いつものようにレオナの目を盗んで遊びに出た旅の途上でもあるかのような気がした。
 そういえば、ポップと一緒なら、どこに行っても楽しいばかりだったことを、今更のようにダイは思い出した。
 ポップは赤いローブの人物を手で示して、
「紹介するよ、ダイ。つっても、オレもまだ知り合ったばかりなんだけどな。魔術師エイクだ。ベンガーナに魔術師なんて、珍しいだろ?」
「あ……うん……」
 あいまいにダイはうなずいた。
 ベンガーナに魔法使いが少ないのは本当だ。
 この国の人々は魔法よりも、おのれの腕や鍛えあげた肉体の方を信望している。
 だから、もしポップが本気で武器屋をひらくつもりなら、この国はまさにうってつけだった。
「……エイクです。よろしく」
 赤ローブはぼそりと言った。
 自己紹介というよりも、ひとりごとめいた物言いだった。
 ダイはなんとなく反感を覚えた。
「ダイです。こちらこそ」
 挨拶を返したものの、ダイは早くポップとふたりきりになりたかった。
 ので、妙にそっけない口調になった。
「おまえなあ……」
 ポップは何か言おうとしたが、それは口の中で消えた。
 代わりにエイクに向かってちょと、と言うと、エイクは心得たようにいなくなった。
「ポップ。エイクって……」
「この町でマジックアイテムショップを営んでる。女の子向けのアミュレットから、呪殺道具一式まで、エイクの店で手に入らないものは無い。ちょっといいよな、それ」
 ポップは心底うらやましそうだった。
 ダイはちょっと意地悪したい気分になった。

>>>2002/1/1up


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