薫紫亭別館


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「でも、ポップのひらくのは武器屋でしょ。そんなもの売ってる人と友達になってどーすんのさ。それより、お父さんと連絡をとったほうがいいんじゃないの? ポップのお父さん、現役の武器屋なんだから」
 言ってからダイは後悔した。
 これでは、ポップが武器屋をひらくことを認めたような口ぶりではないか.。
 そんなことは許せないのに。絶対。
「うー。そうだなー。親父とも話はしなくちゃとは思ってるんだけどなー。親父の店から剣とか槍とか盗ってこようとか思ってるしなー。タダじゃ駄目だろな、親父もちゃっかりしてやがるから」
 ポップは答えた。
 ダイの内心には気づきもしなかったようだ。
「……ポップ」
 ダイは焦った。
 このままでは、ポップが武器屋をひらくことを認めたことになってしまう。
「あのさ、ポップ。どこか……二人だけで話をしようよ。言っとくけど、オレ、まだ納得したわけじゃないんだからね。それくらい、わかってると思うけど」
 ダイはポップのシャツの袖をひっぱって、言った。
 ダイはまだ、ポップ自身の口から説明を聞いたわけではなかった。
 何故いきなり、塔を出て、武器屋をひらくことにしたのか、何故ベンガーナなのか。
 噂だけが一人歩きして、だがそれが真実らしいと知ったとき、ダイは呆然としたのだった。
 ポップがダイに黙ってものごとを起こしたことなどかつて無かった。
 魔道士の塔を建設したときも、ダイは塔の中のガラクタを掃除するのに駆り出されたし、ダイもそれが楽しかった。あまり、以後の塔に近づくことはしなかったとしてもだ。
「………」
 ポップは初めて言いよどんだ。
 口から先に生まれてきたような男だが、言いたくないときには貝のように黙りこむことが出来ることも、ダイは知っている。
 それでポップにも、罪悪感がないわけではないことを、ダイは知った。
「ポップ。怒らないから言ってよ。どうして急に、武器屋をひらくなんて言ったの? みんな困惑してる、塔のみんなも、レオナも。……オレも。オレを置いていくの? ポップ」
「……違う」
 苦しそうにポップは言った。
 ポップにこんな表情をさせているのは自分だとわかっていたが、今は引けなかった。
 ダイも、ダイの我儘を通してここに来ている。
 ここで引いたら何のためにポップを探し出したのか、わからなくなってしまう。
「言いにくいのならどこかほかの場所へ行こうよ。こんな所で立ち話もナンだしさ。そこで、落ち着いて話をしよう。ね?」
 ダイはこの間のハーベイのようなセリフを吐いた。
 ポップは首を振った。
「……駄目だ。今は、まだ。わりい、ダイ、帰ってくれっ!」
「ポップ!?」
 ポップの手がダイにふれた途端だった。
 ぐにゃり、と地面が曲がったような気がした。
 倒れる、とダイは思った。
 その瞬間、ダイは、パプニカの自分の護衛隊の、連兵場に立っているのを発見した。
「──え!?」
「ダイ様!!」
 嬉しそうなメイヤードの声が聞こえた。
「ダイ様、いらしてくださったんですか!? レオナ様からダイ様はしばらく留守にする、と伺っていたもので、また当分は、ダイ様の指導はお預けかと思っていました。皆も喜びます。ささ」
 メイヤードはほとんど踊りあがらんばかりに近づいてきて、ダイを促そうとした。
 ダイは動かなかった。
 動けなかった、という方が正しい。
「ダイ様?」
 足を怪我したとか魔法で動けなくされていたとか、そういうことではなかった。
 自分は確かに、今までベンガーナに立っていたのに、そこでようやく見つけた人物と会っていたのに、そこから引き離されて、ろくな話もしないまま別れてきてしまったのが、とても悲しかったのだ。
 たぶん、ポップが何かしたのだろう。
 どうしてそこまで……、と、ダイは思う。
 せっかく会えたのに。やっと話が出来ると思ったのに。
 ポップは、オレに会いたくなかったんだろうか?
 その思いが、ダイを苦しませた。
「ダ……ダイ様っ!?」
 知らず、ダイは涙を流していた。
 メイヤードが例によっておろおろと、しかしどうすることも出来ずにダイの周りを歩き回っている。
 隊の護衛兵も、なにごとかと近づいてきた。
 もう陽もほとんど暮れて、ダイの泣き顔がはっきり見られたわけではないが、兵達は彼らの隊長をなんとかなぐさめようとした。成功したとは言えなかったが。
 突然、メイヤードはきびすを返した。
 ダイをほかの者に任せて、自分は、にっくき魔道士の塔へと向かった。
 メイヤードとしても、原因が塔のあるじにあることは、ここ最近の事情からしてもわかりきっていたからだった。
「スタン君! 出ておいでなさい!!」
 塔の下に立って、メイヤードは呼ばわった。
 スタンは五階の執務室の窓から、ひょいと顔を覗かせた。
「なにか御用ですか、メイヤードさん?」
 まったく緊迫感のない口調だった。
 メイヤードはますます激昂したようだ。
「いいから、ちょっと降りてきなさい! ダイ様に代わり、私があなたをこらしめてあげます!! 本当は大魔道士がいいんですが、今は行方不明ですしね」
「どうして僕をお名指しなんです」
「あなたが大魔道士の代理でしょう!? そして私がダイ様の代理。代理同士で、決着をつけましょう!!」
「……と、ああ言ってるけど。ハーベイ」
 スタンは執務室にいたもう一人の代理に声をかけた。
 ハーベイはダイを送り届けたあと、塔に戻ってきていた。もちろん報告のためだ。
「……あいかわらず失礼なヤツだ、本当に」
 ハーベイは白い頬を紅潮させてののしった。
「いつもいつも、子供だと思ってナメやがって。塔の代理はスタン一人じゃないってことを、この機会に思い知らせてやる。手を出すなよ、スタン。メイヤードは僕が料理する」
「出したくてもそんな力は無いよ」
 スタンは苦笑して飛翔呪文で飛びだしていったハーベイを見送った。
 メイヤードはホワイト・タイプのままだ。
 とすると、別にどちらかが死ぬような心配はないな、とスタンは窓を閉めた。
 うるさかったからだ。
 塔の連中は野次馬だから、今頃は窓に鈴鳴りになって、あるいは遠巻きにしてメイヤードとハーベイの一戦を見物しているはずだ。
 スタンはそんなことに興味はなかった。
 スタンには、やらなければならない執務が山積していた。
 スタンは机に戻って書類を広げた。
(……別に子供だからって、メイヤードさんが侮っているわけじゃないんだけどな……ハーベイが十三歳なのはハーベイの罪じゃないけど、ハーベイが二十三歳でも、メイヤードさんは僕をお名指しするだろうな。なるほど、ああ熱くなっちゃ、確かに管理者向きじゃないね、オスカー。しょうがないなあ、結局、面倒くさいことは、全部僕に回ってくるわけか)
 石の壁と閉じた窓ごしに外の喧騒が伝わってくる。
 スタンは恐るべき集中力を発揮して、注意深く意識からそれを排除した。

>>>2002/1/10up


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