その夜。
ダイはレオナの寝室に潜りこんでいた。
寝室と言っても、やましいことをするわけではない。
知識はあったものの、ダイはまだそういう目でレオナを見たことはなかった。
女の子というのはダイにはか弱くて柔らかくて守らねばならない大切なもので、そんな対象にするなどとんでもないことだった。反対に、レオナの方がやきもきしているくらいだった。
「そう。そんなことがあったの」
レオナは優しく言った。
淡い水色のゆったりしたドレスとガウンをはおったレオナは、豪奢な上に清楚なとびきりの美少女だった。
ただ、今のダイにはレオナのその魅力も通じないらしい。
ダイはぐるぐると頭を悩ませながら、寝台にうつぶせになって、言った。
「……オレ、なんだか、本当にわかんなくなっちゃったよ、ポップのこと。夕方までは、なんだかんだ言ったって、ポップのことすべて理解できてるって思ってた。そりゃ、不安だったり心配だったりしたよ。でも、会えばそんなこと解決しちゃうと思ってた。……けれど、違ったんだ。ポップは何も言ってくれなかった。言ってくれずに、オレをパプニカに送り返して、また逃げたんだ。ひどいよ」
レオナは寝台のそばの椅子に座って、ダイの話を聞いていた。
ダイの気がすむまでグチを聞いてあげるのが、今の自分の役目だと思ったからだった。
「ねえ、どう思う? レオナ。ポップは、どうして逃げたりなんかしたんだろう?」
不満そうにダイは言った。
ようやく意見が求められたことに、レオナは口をひらいた。
「……思うんだけど、ポップ君に、逃げたとかそういう意識は無いんじゃないかしら。逃げる気なら、結界の揺れ……だったわよね、それでわかった途端に逃げることが出来たはずだもの。それに、ポップ君の方からダイ君を呼んだんでしょう? 逃げ回っている人が、そんなことをするかしら」
「だって……」
ダイは承服しかねる顔つきでぶつぶつ言った。
レオナは、なんとなくダイを抱きしめたいような気分になって、ほほえみながら言葉を続けた。
「だってじゃないの。ポップ君にも、理由があるのよ。今は話せない、何か。時期が来れば、話してくれるわよ、きっと」
「そうかなあ」
レオナは決めつけるように、
「そうよ。ポップ君の手がかりだって魔道士の塔からもたらされたんでしょ? 塔に、ポップ君がベンガーナへ連れていった学生が戻ってきて、その学生から町の名前を聞いたって言うじゃない。それってたぶん、その子からダイ君に伝わると思ってしたことだったのよ。でなきゃ、そんな意味のないことポップ君がするはずないもの」
「あー……そっか……」
さすがはレオナだ。ダイは改めてレオナを見た。
レオナとポップにはどこか似たところがあって、似たような思考パターンを持つレオナには、ポップの考えがよくわかるのかもしれなかった。
二人とも、口が悪いところも策謀家なところも同じだった。
オレの趣味って片寄ってるよな、とはダイもよく自覚するところだ。
「うんっ。あんがと、レオナ」
ぱふっとダイは首までシーツをかぶった。
「レオナに相談して良かったよ。オレだけじゃ、今も一人でぐるぐる悩んでただろうからね。おやすみなさい、レオナ。いい夢を」
言ったかと思うと、次の瞬間にはダイは寝息を立てはじめた。
レオナは呆れたように、腰に手をあててダイを睨んだ。
「……もうっ。こんな美人な婚約者がこんな格好でいるってのに、手をつけるどころか興味も無いなんて。お子様なんだから。それでも男なの、ダイ君?」
レオナはダイの顔を覗きこんだ。
ダイはすやすやと、安らかに眠っている。
「……ま、いいか。可愛いから。なんだか私、ダイ君のお母さんになったような感じがするわ。いい子ね、ダイ君。今はまだ子供でいいけれど、もう少し経ったら大人になってね」
レオナはするりとダイの隣にすべりこむと、両手で頬をとらえて、こちらを向かせた。
そのひたいにおやすみなさいのキスをして、レオナも眠りについた。
※
日々は何事もなく過ぎていった。
ポップがいなくとも、魔道士の塔は、スタンが頑張っているらしく順調に運営されていたし、政務にも──もともとポップは閣議などには参加していなかったので──特にいなくて困る、ということもなかった。
護衛隊への指導などさらに関係なかったし、以前スタン達がシビアに言っていたとおり、日々の生活に何の変化も不都合もなかった。それを認めるのは、ダイには寂しいことだったが。
ダイは、後ろをふりかえる。
ダイの後ろには、いつもポップがいた。
そのおどけたような、でも一本筋の通った姿がそこにあるだけで、ダイは安心した。
ポップに助言を求めたことは、よく考えれば、余りなかったような気もする。
ダイはいつでも即断即決で、迷うこともほとんどなかった。
あったとしても、そういうときはレオナがいて、レオナが話を聞いてくれていた。
ポップとはいつも遊んでいたような気がする……旅の計画を立てたり、実際に出ていってしまったり、ポップの部屋でうだうだしているだけでも、ダイはとても楽しかった覚えがある。
(オレって、あまりポップとまともな話してなかったんだな……)
今更ながらにそう思う。
だから今、ポップを見失ってしまったことは、ポップのダイへの罰なのかもしれない。
ダイはそうも思った。
もちろん、あの後、ダイはもう一度塔へ行って、ハーベイにあの町の名前を教えてもらおうとした。
ダイは送ってもらっただけですべてが終わったような気がして、まぬけなことに、それを聞くことすらしていなかった。
しかしそれは出来なかった。
ハーベイは、メイヤードとの小競り合いの最中、突然意識を失って、今も眠ったままだという。
ルーラを使おうとしても、どうも記憶があやふやで、全然関係ない場所に行ってしまったりした。
それも仕方ないだろう。
ダイは、あの場所にはほんの数分いただけで、しかもポップのことで頭が一杯だったのだ。
(ポップ……)
遠くに魔道士の塔を眺める位置に立って、ダイは考えた。
もしかして意味など無いのかもしれない。
ポップがベンガーナに行くことも、塔を捨てるとかダイを置いていくとかそんなんじゃなくて、ただの気まぐれなのかもしれない。
ハーベイが眠ったままなのも、ベンガーナ王からの親書も、意味もない旅立ちに意味をつけるために、無理にポップが自分を追い詰めたような気がしてきていた。
(ポップ……ポップ、今、どこにいる?)
風に吹かれて髪をなぶらせ、目を閉じて、ダイはベンガーナのどこかにいるだろうポップに、想いをはせた。
>>>2002/1/14up