「そーいう問題じゃねえ。乱世での英雄は治世での一般人だっ。こんな魔法力、平和な世の中じゃ何の役にも立ちゃしない。むしろ無いほうが自然だ。おまえだって同じなんだぞ、勇者ダイ。これからのおまえは、勇者としての力よりも為政者としての能力とか、統率力とかを問われるんだからよ」
「あ。もしかしてスタンを塔のトップにしたのは」
ダイもつねづね不思議だとは思っていたのだ。
魔道士の塔を統べる塔主の位置に、ほとんど魔法力の無いスタンがついたのは。
「そうだ。それに、これからは魔法使いが生まれなくなる。そんなにいきなり減るわけじゃないが、もう必要のなくなる能力だからな。これを退化と呼ぶか進化と言うかは微妙なところだが、そこまではオレ達が心配することじゃない。ンなこたあ、オレ達の死後、何年か何十年か経ってからの人々が決めてくれる」
「………」
ポップがそこまで考えていたのかと、ダイは感心していたのだが。
「……違うっ。今はそんな話をしてるんじゃないんだっ。だから、自分が仕事してるのに、他人が遊んで給料もらってたら、ヤじゃねえか!? 今だって、レオナの相談役なんてふざけた職務で法外な給料もらってるのにさ。……それに、オレが、ヤなんだよ。いつまでもおんぶに抱っこで、ダイに迷惑かけてるのがさ」
「迷惑だなんて、そんな……!!」
ポップは手のひらを突き出して、わかってるわかってる、とでも言いたげなゼスチャーをした。
「思ってないのは、わかってる。でも実際そうなんだ。おまえのそばにいるかぎり、オレはいつまでも子供でいられる。だけどおまえは王になるし、そうすると、オレの相手ばかりしてられないだろう? ……スタンが言ったよ。たとえおまえが王となっても、マスターは塔の者みんなで遊んであげますよって。でもオレはおまえしか欲しくないし、それなら、オレが成長するしかないんだ」
闇の中で、ポップの目がきらりと光ったような気がした。
「……成長するために」
静かに、力強く、
「対等になるために。今日を明日につなげるために、オレは行く。おまえがそうやって止めてくれても、そばにいるとつい甘えちまうからな。でもきっと、帰ってくるから。おまえのそばに、戻ってくるから」
それでいておごそかにポップは言った。
ダイは目を疑った。
以前からコロコロと表情のよく変わる忙しいヤツだと思っていたが、こんなポップを見たのは初めてだった。もっとも、顔が見えたわけではない。
謙虚だとか殊勝だとか、これくらいポップに似合いそうにないものを身にまとわせて、いつものちゃらけた雰囲気を虚空へと消している。
今の今まで、ポップは、ダイのよく知っている大魔道士だったのに。
別人のようだった。
ダイは無意識に手をのばした。
「……ダイ?」
その声で、ダイは自分がポップの腕をつかんでいるのを知ったが、手を離そうとは思わなかった。
ポップも、ふりほどこうとはしなかった。
「……ポップ」
「なんだ」
と、言われても、ダイに返す言葉などなかった。
なんとなく、このままではいけないような、このまま別れてはいけないような、そんな気がしたのだ。
「ええっと……」
ためらいながらダイは、さらにポップを引き寄せた。
ポップはちょっと迷惑そうにダイを見上げた。
「何のマネだ?」
「えっと、ポップが、どこか行っちゃうような気がして……」
「ああ? だからさっきから言ってんだろ。オレはベンガーナで武器屋を始めるって」
「いや、そういう意味じゃなくてさ」
ポップは随分と大人びて見えた。
ダイは一人で、別の意味でとり残されてしまったような錯覚にとらわれた。
つかまえておかなければ、鳥のように自由に飛び去ってしまう、というような。
戻ってくるという、ポップの言葉に偽りはないと、そう思うけれど。
約束が、欲しかった。
「あのね、ポップ」
ダイはそっと顔を寄せて、耳もとでささやいた。
たちまちポップの頬が朱に染まった。
「ダ、ダ、ダ、ダイっ、本気で言ってンのか!? し……してもいいかって、なにする気だっ!!」
ポップは唇をわななかせて、怒鳴った。
「なにって、ナニを」
「へーぜんと言うなああっ!! どーしたんだダイい、あのちっちゃな可愛かった純真なダイはどこ行っちまったんだ……何かしつけを間違えたのか!? オレの教育方法がおかしかったのか!? とにかくオレは、貴様をそんなふうに育てた覚えはなーいっ!!」
別にポップがダイを育てたわけではないのだが。
ダイは耳を押さえて言った。
「大声出さないでよ、ポップ。オレ、そんなにヘンなこと言った? ポップは、オレが嫌いなの?」
ヘンと言えばこのうえなく変なのだが、ダイはそれには気づいてないらしい。
ポップはいささか錯乱しながら、
「き、嫌いなわけじゃねーが……」
なんか、意味が違うぞ、という後のセリフは小声だったのでダイには聞こえなかったらしい。
ダイはにっこりと笑った。
「じゃあ、いいじゃない。オレ、ポップが本当にオレのところに戻ってきてくれるか不安なんだ。だから、オレのものになって、ポップ。そうしたら、安心してオレもポップを送り出してあげる」
「……ありがたき幸せだよ」
ポップは呆れたように諦めたように言った。
それを聞いて少しダイは不安になった。
「……嫌なの? ポップ」
「ばあか」
今夜三回目の『ばか』を言って、ポップはダイの背に手を回した。
ポップは続けた。
「しょーがねーなー……オレの方こそ、おまえがいつのまにか大きくなっちまったと思って、焦ったり悩んだりしてたんだけどなー。聞いていると、おまえは今でも子供のまんまだ、ダイ。まあ、いいや。オレがおまえのものになったら、おまえは安心するんだな?」
「う……うん」
「来いよ」
いたずら小僧が遊びに誘うときのような口振りだった。
ダイは思わず聞き返した。
「こ、来いって……なにを?」
「おまえ馬鹿か!? ヒトがせっかくお許しを出してやったってのに、意味もわからねえならもういいっ、出てけ!!」
ここはダイの部屋だったのだが。
ダイは再度、本当に嬉しそうな笑みを浮かべた。
「わかるよ。わかる、けど、なんだか信じられなくて。ありがと、ポップ。……好きだよ」
もう言葉はいらなかった。
二人して、ダイとポップは寝台に沈んだ。
>>>2002/1/18up