薫紫亭別館


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「……で、見つからない、と」
 執務室にはいつものメンバー、ポップとスタンとハーベイ、ダイもちょうど居合わせていた。丸腰で不安と言いつつ、塔に入り浸っているダイである。
 いつもの四人はいつもでない一人の話をいつものソファに座って聞いていた。
「惜しくないヤツを亡くしたな」とポップ。
「そうですね。講師役ならエドモス一人だけでも事足りますし」と、スタン。
「あんな生身だか幽体だかわからない男はさっさと引導を渡してやった方がヤツの為です。はっきり幽霊にしてやった方が、却ってわかりやすくなるというものです」……とは、ハーベイの言だ。
 予想はしていたが、誰もオスカーの心配をしていない。ダイは報告に来た学生に同情した。
 運搬役に選ばれたこの学生は、まだカールに行った事がなかった。よって、ルーラは使えない。瞬間移動呪文は、記憶を頼りにその土地へ移動するものであるからだ。そして魔道士の塔では、ルーラが使えるようになる為にも、こういった機会に学生を他の国にトベルーラで移動させる。
 帰りはルーラで戻れるし、一度その国に行ってしまえば次からは自由にルーラが使える。行きの時間だけ計算しておけばいいわけだ。それも、空を飛んで行くわけだから大幅に時間は短縮される。筈だったのだが。
「トンビの大群にぶつかって、荷物を落っことすとはなあ。空路も油断は出来ないな。まさに一寸先は闇って感じだな。トンビの大群なら一度くらい、オレも遭遇してみたい所だが」
 本当に面白そうにポップは言った。
「マスターならいずれその機会もあるでしょう。オスカーに負けず劣らず、ふらふらしてるんですから。それにしても、他の備品が無事で良かったですね。割れ物もありましたから。布で梱包しておいたのが良かったんですかね」
 スタンの発言は本気なのか嫌味なのか微妙な所だ。
「いずれにせよ、君はもういいよ。カールから頼まれた物は届けたんだし、オスカー入りのインク壺ひとつくらい無くったって」
 ハーベイは僅かに自分より年上の学生を君呼ばわりして、執務室から追い払おうとした。だが責任を感じているのか、学生はその場から動こうとしない。ダイはその学生を援護してやりたくなった。
「まあまあ、そう言うなよ。オスカーを探さなくちゃいけないんだろ? 手伝って貰えばいいじゃん」
 ポップとスタン、ハーベイが一斉にダイを見た。
「探す!? オスカーを!?」
「僕達がですか!?」
「……冗談じゃないですよ」
 まさかこういう反応が返ってくるとは思わなかった。ダイは言った。
「え? だって、このままにしてはおけないだろ!? ……いいのかな? でも、幽体ってのが実体に戻らないと、大変な事になりそうだし……」
「まあ、いずれ死ぬだろうな。幽体、つか魂がないワケだから、自力で動くこともメシ食うことも出来んし」
「既に植物状態でしょう。エドモスからは、まだ何も言ってきてはいませんが」
「どうせ放置してるんだろ。オスカーとエドモスって、必ずしも仲が良かった訳じゃないし。それにインク壺を落としてからまだ二日目だし、気づいてない、という事も考えられますよ」
 テンプレでもあるのか、と穿ちたくなるくらいポップ、スタン、ハーベイの順に説明してくれる。ダイはますます驚いた。
「し、死ぬって! 植物状態って……何をそんなに呑気に喋ってるんだよ!? 大変じゃないか。その、エドモスっていうのがオスカーと仲が悪いなら、そちらで手を打ってくれる、なんて事は無さそうだし。早くオレ達でインク壺を見つけないと……!」
「だから、何で?」
 ポップも少々苛立ってきたらしく、つっけんどんに言った。
「オスカーも魔法使いなら、自力で帰ってくる努力をすべきだろ。塔で何を学んでたんだ。これくらいの事態に対処出来なくてどうする」
 スタンも頷きながら同意した。
「そうですね。授業に、封印された場合の脱出方法、というのもあった筈です。マスターが教鞭を執ったわけじゃありませんが」
「問題は、非常に腹立たしい事ですが、マスターとオスカーのレベルが違い過ぎる……といった事でしょうか」
 ハーベイの言葉にダイはハッとした。
 魔法使いにとって、レベルの差、というのは致命的だ。同じ呪文でも、術者のレベルによって強弱が変化するからだ。
 大魔王バーンのメラがポップのメラゾーマ級の威力だったように、幾らナンバー2とはいえ一介の弟子に過ぎないオスカーと、大魔道士たるポップとではその差は歴然としている。比較するのもおこがましい。
「そういやそうだったな。んじゃ、オスカーは永遠に壺から出られないな」
 ポップが言った。あはは、と笑い合う魔法使いの面々をダイは信じられない思いで見た。
「よくな――いっ!!」
 ダイは怒鳴った。
「笑ってる場合じゃないだろ!? ひと一人の命がかかってるんだから、みんなもう少し真面目にしろよ!」
 再度、魔法使いの面々はダイを見た。
 スタンが、理解出来ないとでも言いだけな顔で、眉をひそめて切り出した。
「勇者様の方こそ……何をそんなに拘泥しているんです? オスカーが脱出しようとしまいと、勇者様には無関係じゃないですか」
 かああっとダイは頭に血を上らせた。
「むっ、無関係とかそーいう問題じゃないよ! 人が一人見殺しにされそうになってるのに、見過ごす事なんて出来るわけないだろ!?」
「オレと、お前の仲を覗き見しようとした奴だぞ?」
 ポップも不思議そうに言う。
「それもこの際いいの! 王たる者、時には私怨を超えて判断しなきゃならない事もあるって、レオナも言ってた。だからオレはオスカーを助けるの! だからみんなも協力してよ!」
 魔法使いの面々は、出て行き損ねた学生も含めて、じーっとダイを凝視した。それは、ダイをたじろがせるのに充分な程だった。
「な、何だよ。何か文句あるの!?」
 詰まりながらもダイは言った。それを聞くとポップは急ににこやかになって、
「いーや、全然!? そうだよな、お前の言う事にも一理あるよな。スタン、指揮を取れ。学生を全員招集して説明しろ。ハーベイはマジック・ダウジング・ロッドの制作。塔に数本なら置いてあるけど、全員には行き渡らないからなー」
「全員!? 塔に生徒が何人いると思ってるんですか!?」
「全員……先日より総力戦ですね」
 ハーベイが檄昂して、スタンが淡々と答える。
「そうだ。オスカーを無事見つけたら、ヤツのおごりで全員バーベキューパーティーだ。そうも言っとけ。何かしらの褒美がないと、あいつらもやる気出ないだろうからなー」
 突然てきぱきと命令を下し始めたポップにダイは唖然とする。何が原因でスイッチが入ったのやら。まあ前向きに考え始めてくれたのは良い事だろう、うん。
「マスターは?」
 スタンが当然の疑問を口にした。
 ポップは隣にいたダイと肩を組んで、
「オレは、ダイと二人でカールに状況説明に行ってくる。久々にエドモスをからかうのも悪くない。アバン先生にも会いたいしな」
 ポップは、わめくハーベイを無視して窓枠に足をかけた。ダイと手を繋いで、ルーラを唱える。スタンはいつものように、内心を窺わせない笑顔でそれを見送っていた。

>>>2010/5/5up


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