薫紫亭別館


back 塔top next



 エドモスは赤い巻き毛を背中まで伸ばした、長身で体格のいい、いかつい顔の男だった。言われなければ、誰も魔法使いとは思わないだろう。
「カールまでようこそ、マスター。お久しぶりです。勇者様にはお初にお目にかかります。エドモスといいます。以後、お見知り置きを」
 訪ねるより先に、ルーラの振動音で二人が来たのがわかったらしいエドモスが、宿舎から出て来て深々とこうべを垂れながら言った。
「うむ。ご苦労。オスカーの体は?」
「講師控え室に。そのままにしてあります」
 案内されるまでもなく、勝手知ったる……といった様子である建物に向かってポップはずかずか歩く。その後を、ポップより体格のいいエドモスがくっついて歩くのは、ちょっと珍妙な光景だった。
 ダイも後ろに歩きながら、もの珍しげに周囲を見回すと、あちこちの窓や物陰からこちらを覗いている青年達がいた。察するに、カールの学生だろう。
 ダイと目が合うと、さっと頬を朱に染めながらも、片手をひたいに当てて騎士としての礼をした。その辺が魔道士の塔とは違うところだ。
「ポップ。ここってどういう学校なの?」
 石づくりの大きな建物が三棟、コの字型を書くように並べられている。あのひらけた場所は、練兵場か何かだろうか。
 ダイの予想も当たらずとも遠からず、
「ここは、世に名高いカール騎士団を育成する為の学び舎でございます、勇者様。集められているのは皆良家の子弟ばかりで、主に騎士としての剣技や武術を学びます」
 ポップの代わりにエドモスが答えた。
「魔法の講義は、希望する者のみに行っておりまして……それほど忙しいものではありません。こうして、お二方を迎えに出られる程度ですから。ですから、オスカーが例え眠りっぱなしになっていようと、それほど不都合もございません」
 建物の中に入り、細長い廊下を歩くと、その突き当たりが講師控え室だった。
 ドアを開けると案外狭い。パプニカからの客分ということで、ここはエドモスとオスカー専用の控え室らしい。書架にみっしりと本が詰まっている。そして、実用本位で選ばれたらしい木製の机の上には。
「オスカー……よく寝てるようだな」
 ポップが拍子抜けしたように言った。オスカーは薄い茶色の髪をした、どこにでもいそうな中肉中背の青年で、机に肘をついて両手を組んで、その上に頭を乗せて眠っているように見えた。
 彼が、特技の幽体離脱ではるばるパプニカまで、自分とポップの邪魔をした男なのだ。
 今更むかついてきて、ダイはオスカーの髪を掴んでしげしげと顔を観察すると、いきなり手を離した。
 ゴン! といい音がした。オスカーの意識があったなら、寝ていても飛び起きた事だろう。
「で、どうするの? ポップ」
 飄々と言う。
「……いや、オマエが協力しろと言ったから、ここまで来たんだが……」
 ポップは少々ヒキ気味に答えた。
「そうだったっけ? 忘れちゃったよ。で、エドモスは、どこまで事態を把握してるの?」
 今度はエドモスに聞いた。エドモスはあくまでも礼節と形式を崩さず、
「まあ、大体のところは。オスカーがぴくりとも動かなくなった所に、塔からの備品と目録が届きましたから。恐らく、オスカーがヘマをやらかしてマスターに封印されたのでしょう。自業自得です」
「さすがはエドモス。わかってるじゃないか」
 晴れやかにポップは笑うと、
「オスカーの幽体を閉じ込めたインク壺は、今、魔道士の塔総出で探している所だ。迷惑な話だがな。ハーベイにマジック・ダウジング・ロッドを人数分作らせてる。それさえ出来れば、後は人海戦術だ。すぐ見つかるだろう。えーっと……」
 ポップは探るように室内を見た。
 エドモスが、タペストリーをはぐって裏の鏡を露出させてポップに勧めた。
「どうぞ。マスター」
「サンキュ。スタン、オレだ。いるか!?」
 あ、とダイは思った。ポップオリジナル・スペルの鏡を使った通信魔法だ。問い掛けると同時に鏡の中にスタンの像が浮かんで、
『はい、マスター。感度良好です』
 鏡の中のスタンが答えた。今、この鏡はパプニカの魔道士の塔と繋がっていて、向こうからも、こちらの映像が見えるはずだ。
「マジック・ダウジング・ロッドの出来はどうだ? 完成した端から学生に持たせて他出させろ。早ければ早いほどいい」
『マスター……マスターが出て行かれてから、数時間と経っていないんですよ。そう簡単に出来るわけないじゃありませんか。今は、拡大した地図を片手に範囲を割り振っている所です。ここぞという地点には、以前からあったロッドを持たせて、オスカーを落とした本人に行かせました。悲壮な顔をして出掛けましたよ』
「落っことした責任を感じているんだろう。ムダな事を。まあいい。ロッドの制作には、手先の器用な奴を何人かハーベイのサポートにつけてやれ。その方が能率が上がる」
『はい、マスター。わかりました。他に指示は?』
「無い。ポップより以上」
 鏡は結んでいたスタンの像をぷちっと切ると、また元の乱雑な控え室の様子を映し出した。エドモスはその鏡に元通りにタペストリーをかけた。
「……と、いうわけだ。オレ達の役目は、ここでオスカーの体を無事に保つこと。オスカーが壺から解放された時、いざ、体が無かったら不便だからな」
 言いつつ、ポップは机に突っ伏した格好のままのオスカーに回復呪文をかけた。
「探さないなら、凍れる時の秘法でも施そうかと思ってたんだが……短時間で見つかるだろうから、ベホマでいいだろ。まったく手間をかけさせる。戻ってきたら、こっぴどく叱ってやらなきゃ」
「誰が誰を叱るんですって? ポップ君」
 この場にいないはずの声がした。
 穏やかなのに、一本芯の通った誰も逆らうことの出来ないこの声は。
「あ……アバンせんせ……っ!?」
 そこにいたのはダイとポップの師、アバンだった。
 威厳を演出するために蓄えた口ひげが、本人の思惑とは裏腹に悲しいほど似合っていないアバンは、仁王立ちで腕を組んで、ドアの所に立っていた。
「あ、アバン先生、どうしてここに……っ!?」
 こそこそと、ポップがダイの後ろに隠れながら言う。もちろん訪ねるつもりはあったのだろうが、向こうから来るとは計算外だ。しかも、怒っている。
「報告があったんですよ、勇者様と大魔道士様……つまり、あなた方が来たとね。なるほど、さっきのルーラの振動音はそれだったかと、懐かしさに誘われて来てみれば、何ですか!? 自分の弟子をインク壺に詰めたんですって!?」
 アバンはつかつかと歩いてきて、ダイの後ろからポップを引っ張り出した。
「アナタという子は……ポップ君! 君ももう、一人前の魔法使いなんですから、魔法をそんな事に使っちゃダメでしょう!」
「せ、せんせー、だって……!」
 ポップが弁解しようとするのをアバンは遮って、
「だってじゃありません。叱られるのはアナタの方です、ポップ君。私がお説教してあげます。君には指導者としての自覚が足りません。こちらに来て、私著の『家庭教師の心得』を熟読しなさい。君は家庭教師じゃありませんが、人に物を教える立場に変わりはないですし」
「せっ、先生! 痛いですうっ!」
 アバンはポップの片耳を掴んで部屋を退出しようとした。エドモスが僅かに非難がちに、
「アバン様。マスターは……」
「ああ、いいんですよエドモス君。キミが師をかばいたい気持ちはわかりますが、私もポップ君の先生として、この子を正しく導かなくてはなりません。心配しなくても、音読一回と心得要項の書き取りだけで、許してあげますから」
「いえ、そういう事ではなく……」
「いいんだよ、エドモス。ポップにはいい薬さ」
 ダイがエドモスの袖を引いてささやいた。
「では、ダイ君。夕食時に。それまでエドモス君にここらを案内して貰ってください。ダイ君は、この学校は初めてでしょう?」
 はい、とダイが返事をし、エドモスも、ポップの目配せで納得いかない顔ながらも了承すると、アバンは軽やかに手を振って、ポップを連れて出ていった。エドモスは不安そうに見送っていた。
「……大丈夫でしょうか、マスター。アバン様も、わざわざ言いがかりをつけに来られなくとも」
 これを聞いてダイは目を丸くした。
「え!? だって、悪いのはポップじゃない!? ポップがオスカーを封印したから……」
「勇者様は、そんなにマスターの責任にしたいのですか?」
 ダイは詰まった。責任も何も。
 エドモスは急に腑に落ちた、という表情になると、
「ああ。勇者様は勇者……当たり前ですが、で、いらっしゃるんですものね。アバン様も、マスターの師とはいえその実は勇者ですし、マスターのお考えがわからなくとも不思議はありませんね」
「どういうこと?」
 ダイは純粋に疑問に思った。
「それは、案内させて頂きながらお話しましょう。アバン様のお言い付けでもありますし。どうぞ、勇者様。改めて、カール騎士団養成学校へようこそ」

>>>2010/5/6up


back 塔top next

Copyright (C) Otokawa Ruriko All Right Reserved.