そんなこんなで、ダイとポップはオーランド地方に来ていた。
渋るメイヤードを説き伏せて、ここに来るのはダイも楽しみではあった。
じっさいに楽しい道中だった。
泥棒が見つからなくても、オーランド地方の豊かな自然や特産品の大理石をふんだんに使った街並みなどは、王都より美しいくらいだった。
それが一週間前に終わっていれば。
「ポップう、もう充分遊んだじゃない? もう帰ろうよ。みんな心配してるよ」
「レオナやメイヤードはそうだろうが、塔のやつらが心配しているとは思えん」
おおむね当たっていたが、例外がふたりいた。
ダンテとゼノンだ。
「いい性格してやがるからなあ、あいつら。性格がいい、とは言わないのがミソだ」
「ポップの教育のたまものなんじゃないの」
皮肉を言えるほど成長した自分を悲しく思うダイだった。
ポップはしかし嬉しそうに、
「お、言うじゃんダイ。おまえを教育したのもオレなんだぞ、わかってる?」
「ちがうよ。オレの教育係はデリンジャーだもん。ポップじゃないよ」
「そのデリンジャーは、オレの作成したカリキュラムに沿っておまえを教育したんだぞ。やっぱりオレがおまえの先生じゃないか」
「反面教師って言葉知ってる?」
なかなかに火花散る展開であった。
だが、はためには、仲の良い親友同士が互いに突っかかりながら歩いているようにしか見えなかっただろう。
片方にはそれは事実だった。
ポップは、最近知恵がついて多少反抗的になったダイを、手ごたえがあると歓迎していた。
ポップはレオナとの毒舌合戦からでも知られるとおり、こういう緊張感のある会話、といいうのがけっして嫌いではなかったのだ。
対してダイのほうは本気で頭にきていたから、つい口調も荒っぽくなった。
この余裕のなさが、まだまだポップに手玉にとられる要因なのであった。
「……それにしても、この街もだいぶお祭りムードになってきたね。本当に式典が近いんだ。お祭りは、世界各地で同時に行われるんだからね」
ダイは辺りを見回しながら言った。
白い建物のてっぺんからは縦横無尽にたくさんの旗をつけたロープが張りめぐらされ、窓には赤や黄や、目立つ色の花々が飾られていた。
景勝地としても名高い地方だったから、人々は必ず花を丹精していたり、庭の芝生の長さまで、こまかく決められていた。今も、とおりすがりの家で主人らしい男性が、鎌を持っていそしんでいるところだった。
「なんだか楽しそうだね、ポップ」
「そおかあ? オレ達だってよくやらされていることだろうが。庭師のスミスじいに」
頑固一徹、庭師のスミスじいは、そこらへんでヒマそうにしている若者をつかまえては助手がわりにこき使うのだった。勇者と大魔道士といえど、例外ではない。
「そうだけど。王宮の庭って広すぎて、やってるとうんざりしちゃう:けど、このくらいの庭ならちょうどいいかなって」
「まあ、このくらいならな。あれ見ろよ、あっちの庭じゃ子供が芝を刈ってるぞ」
兄と妹らしい子供がふたり、兄はまだ大きすぎる鎌を手にしていたし、妹はじょうろ片手に植木に水をやっていた。
「男って損だなあ」
「そうかな? 水だってけっこう重いよ」
のどかなおだやかなオーランドの街をそぞろ歩きながら、ダイとポップはそれでものんきな会話を交わした。どのみちこのふたりでは、そう長いケンカは続かなかったし、時間さえ許せば、まだまだこの美しい地方を見て回りたい、とダイにしても思っていたのだ。
「腹へったなー、ダイ。なんか食うか」
「賛成」
手近のこざっぱりした飲食店に、ダイとポップは連れ立って入った。
オーランド地方には観光客向けの小奇麗な店がたくさんあるのだった。
「いらっしゃいませえっ」
店の構えにふさわしい明るい女の子の声がして、すぐにその子が水を運んできた。
「なにかおススメはある?」
「白身魚のソテー高草添え、黒巻き貝のレモンバター煮込み、肉のかわりに鮭の切り身を入れたサーモン・シチューなどがございますが」
マニュアル娘は慣れたようすでよどみなく答えた。
「最後のシチュー、いいな。それでいいな? ダ……っと、スタン」
少々語尾がぎこちなかったが、マニュアル娘は素直にかしこまりました、と頭をさげて戻っていった。厨房にシチュー、二人前でーすなどと言っているのが聞こえる。
ポップはほっとしたように胸をなでおろした。
「……セーフ。バレなくてよかったな、スタン」
「オレはダイだよ、ポップ」
即座にポップの張り手が飛んだ。
「ってー!!」
「バカ、どこにオレ達の正体を知ってるやつがいるかわからないから、人目があるとこでは偽名で呼びあえって言ったろ!」
「偽名、ねえ……」
二人はスタンとハーベイのバッジをぶん取って、スタンとハーベイになりすまして旅に出た。
しかし、それでは今まで道ばたで、堂々と本名をしゃべりまくっていたのはどうなるのだろう。
「外はいーんだ。別につけられてる気配もないし、歩いてりゃ、話を少々聞かれたところで意味わかんないだろーしな」
「そこまで神経質になることもないと思うけど……」
ダイは眉間にしわをよせて店内を見た。
店内はまだ混むには早い時間帯らしく、ダイとポップのほかには隅っこに男が一人と、こちらも旅行中らしい品のよい老夫婦が香り高いお茶をはさんで、向かいあわせに座っていた。
「油断は禁物だぞ、ダイ。壁に耳あり障子に目あり、って言うだろ」
「障子ってなにさ」
「カールの某地方のごく一部にだけ伝わっている、紙でできたドア、らしい。昔アバン先生が
言ってた」
「ふーん」
うっかりうなずいてしまうところだった。
ダイはこぶしを握りしめて、
「……ちがうっ! オレが言いたいのは、どーしてわざわざスタンとハーベイと名乗って旅をしなきゃないないかなんだよっ」
「だって、勇者と大魔道士は今まさに式典の準備とリハーサルの真っ最中なんだもん。ここにいるわけにはいかないじゃないか」
「だから、どーしてそこまでして泥棒をつかまえなくちゃいけないんだよ!?」
ポップはさげすみきったように、
「何回も説明してるだろ。このバッジは、まだ一般の庶民にまでは知られてないものの、他国の王族とか貴族には絶大な威力を発揮するんだ。なんたって大魔道士のお墨付きだからな。このバッジを悪用でもされたら、それはすべて塔と、オレの責任になっちまう。そうなる前に、一刻も早くつかまえなきゃならないんだ」
「………」
理屈はわかる。筋は通っている。
しかし通っていないところもある。
「でも、なんでオレ達が乗りださなくちゃいけないの? ほかのやつでもいいじゃないか。それこそ、本物のスタンとハーベイでも」
「盗んだのは、このバッジの威力を知っているやつらだ。たぶん、二人組み……だろうな。一人かもしれないが、オレの弟子どもがコンビで活躍してるってーのも、バッジの価値を知ってるやつならそれも当然知ってるだろうし。言いたかないが、確実に犯人は以前、塔にいたやつらだろう」
ダイは顔をしかめさせた。
魔道士の塔の厳しさに耐えられずにやめていく者も、ただのひやかしで入ってきた者が放校されることも、塔では珍しくない。
「どいつかは知らないが、一時期は机を並べて勉強した者を、同じ塔の卒業生につかまえさせる、というのも酷な話だろう。バッジなしの見習いどもには任せられないしな。その点、オレ達なら身内の恥もさらさずにうまく解決できるだろう」
「……なるほど。なら、なぜオレ達がスタンとハーベイに化ける必要があるの?」
そこが一番の問題点だった。
スタンとハーベイも、ダイとポップが出向くのは以外とあっさり承知しても、おのれの持つシャムロック・バッジを手渡すのには、最後まで反抗したのだった。
「イヤです」
「僕もおことわりします」
ふたりはきっぱり言ったものだ。
「おまえらなあ、師匠の言うことが聞けねえのか?」
「師匠なら師匠らしくしてください」とスタン。
「僕は、マスターから何か習ったことなどありません」とハーベイ。
ふたりともいい性格をしている。ダイは笑った。
半盲目的にポップを信望している魔道士の塔の学生の中で、これだけポップを拒絶できるというのはちょっとすごい。
机の背後の大きく開かれた窓の桟に腰かけて、ダイはとても一筋縄ではいかなそうな師弟をじっと観察した。
結局ポップが塔主権限でむりやり取り上げたのだが、スタンとハーベイはもちろん納得していなかった。ポップが懇切ていねいに説明してやるほど親切ではないのは知っていても、ダイの目から見てもこれは横暴だと思った。
「ねえ、そろそろ教えてくれてもいいでしょ。あ」
そこでマニュアル娘が注文した料理を運んできたので、ダイの質問は宙に浮いてしまった。
ほかほかと湯気のたてるシチューを見て、ダイは機を逸したのを知った。
もうポップはダイの質問に答えてくれないだろう。
完全に目の前のシチューの方が大事になっている。
いそいそとスプーンをかまえる。真剣そのものだ。
(くっそー。タイミングの悪い)
心の中で思わずつぶやくダイだった。
旅が始まってから三週間、オーバーした一週間をのぞけば約半月がふたりに許された時間だった。
その間、ダイはこの話題を持ち出してはのらくらと逃げられている。いつもの弁舌にごまかされたり絶妙のタイミングで邪魔が入ったり。ポップには何か憑いてるんじゃないかと疑いたくなるほどだ。
そうしてほとんど観光気分でここまでやって来てしまったが、しかしいつまでも遊んでいるわけにもかない。
「おいおいダ……じゃない、スタン」
ポップの不興げな声と食事の途中にもかかわらず、ダイは荷物袋からオーランド地方の地図を取り出してテーブルに広げた。
>>>2001/1/19up