「シチュー食べながらでもいいから聞いて。オレ達、もうずいぶんこの地方を歩いてきたよね。スタート地点こそダンテとゼノンが泊まった宿屋からだったけど、そこでも情報ゼロだし、どういう根拠でこのルートを選んだのか、とっくりと聞かせてほしいんだけど」
ダイは地図を指で指し示しながら言った。
地図には、ふたりが通ってきた街と街道とに赤でしるしがつけてあった。
「うーむ、なんかさらに赤くなったな。意外とマメだよなー、ダ……スタンって」
感心されてもちっとも嬉しくない。
「ポッ……ハーベイが何もしないからじゃないか。情けないけどオレはあまり記憶力に自信がないからね、こうやって書きこんどかないと、どの道をどう通ってどの街を調べたかわかんなくなっちゃう。人目がないところでは、けっこう空飛んだりして距離を稼がしてもらったしね」
来たことのない地方だったので、ルーラが使えなかったのだ。
つけつけとダイは言った。
「……あんまり言いたかないんだけど」
「なら言うな」
すかさずポップの茶々がとぶ。
「聞けって。言いたかないけど、ポ……まさかハーベイ、わざとハズしてる、なんてことはないだろうね?」
「………」
「なんだその沈黙わっ。やっぱりそうなんだね!?」
ダイはついにキレた。
どうも怪しいと思っていたのだ。
予定をオーバーするまではダイも素直についてきたものの、これだけせっぱつまってもへらへらしている、というのは予定の行動としか思えない。
「ど──すんだよおっ!? 式典まであと三日だってえのにっ。手ぶらじゃカッコつかないって言ったのはポップのくせにい。だからってオレ一人で帰って、レオナの怒りの集中放火をあびるのはイヤだよ。もーひきずってでも連れて帰る……」
むぐっとダイの口の中に、ポップがスプーンを突っ込んだ。
さいわいくっついていたシチューはとっくに冷めていたのでダイはやけどせずにすんだ。
「……いーから黙れ。でかい声ではっきり本名しゃべりやがって。見ろ、みんな見てるじゃねーか」
みんなといっても男がひとりと老夫婦、それにマニュアル娘くらいのものだが。
「あ、うるさくしてすいません」
照れくさそうな笑顔をつくって頭をさげる。
人好きのポップの笑顔は、それだけで警戒心を解かせるはたらきをする。
しかし、ちょっと甘かったようだ。
マニュアル娘がふたりのテーブルに近づいてくる。
「ねえ、さっきポップとかレオナとか聞こえたけど、あンたたち何者?」
うさんくさそうに、でももしかして、本物の勇者様と大魔道士様かもしれない……という期待をこめた目でふたりを見つめる。
ダイとポップがその偉業や現在の身分にかかわらず、世界中をあちこち放浪するというのも有名な話だ。
ポップは言った。
「オレ達は魔道士の塔の学生だよ。知ってるだろ? 大魔道士様……オレ達はマスターって呼んでるけど、大魔道士ポップ様が王都にひらいた学校さ。オレ達はそこの卒業生。ここにはある使命を帯びて、秘密裏に来てるんだ」
「ええっ?」
マニュアル娘はなんだか楽しそうな声をあげた。
「ひみつって何? ねえ教えてよ。私、誰にも絶対に言わないから」
「誰にも話せないから秘密なんだよ」
「えー、いいじゃない」
けち、とかダメ、とかマニュアル娘とポップの軽やかな応酬がはじまる。
マニュアル娘はすっかり信用したようだった。
さすがに勇者と大魔道士本人とは信じかねたらしい。
不意にマニュアル娘は言った。
「ねえ、その胸につけてるの、シャムロック・バッジって言うんでしょ?」
ダイとポップは顔を見合わせた。
ポップはバッジに手をやって、娘によく見えるようにして、
「……へえ、よく知ってるね。このバッジのことはまだあまり世間には知られていないのに」
「えへへ、すごいでしょ。なーんてね。私も教えてもらったの。つい一週間前よ。一週間ほど前にも、魔道士の塔の学生さんがこの店に寄ってったのよ。もしかして同じ用事なのかしら?」
「………!」
一瞬、緊張が走った。
ふたりは目線を合わせ、ポップにダイはうなずきかえして、ポップはまた人なつこい顔をつくった。
「へえ、知らないな。もっとも、卒業生同士はお互い何の仕事をしてるかなんて教えあわないもんな。ほら、秘密厳守だから。どいつらだろう、今、塔を留守にしてるのはエドモスとオスカーと……」
「ダンテって書いてあったわ。裏にもちぬしの名前が彫ってあるんでしょ? 自慢そうに見せてくれたわ」
「もう一人いなかった?」
「いたわ。灰色の髪の、ちょっと陰湿そうなひと。ダンテさんって人はちゃんと見せてくれたのに、その人は名前も教えてくれなかったのよ。なんだか嫌な感じだったわ」
ポップのさりげない問いに、マニュアル娘は唇をとがらせて答えた。
「ごめんよ。そいつはたぶん、ゼノンだな。無口なヤツなんだ。そうすると、これから先どこかで会うかもしれないな。やつら、どこへ行くとか言ってなかった?」
「えーっと……ニーヴ。ニーヴって言ってたわ。この街の西にあるちいさな村よ」
ポップはわざとらしく手を打って、
「ニーヴ!! うっわー、もしかしてマジで同じ任務かもしれないぞ。やだなあ顔あわせたくないなあ。どっちかが成功してどっちかが失敗したら、なんか気まずいじゃないか?」
「あんなへんぴなところに何の用があるの?」
無邪気にマニュアル娘はたずねた。
「だからそれはヒミツ。教えたら、こっちが怒られちゃうからね」
さらりとかわし、ポップはダイをえながして店をあとにした。
ふたりはまず地図を買った。
手持ちの地図には載っていなかったのだ。
「ニーヴって本当にちいさい村みたいだね」
歩きながらダイは言った。
手に、地図を広げたままだ。
「だな。この街周辺地図を買って、やっと載ってるくらいだもんな」
「それにしても、なんでこんな村に向かったんだろう? あの女の子じゃないけど、オレだってふしぎに思っちゃうよ」
「そりゃ、オレ達をまくためだろう。あっちだって馬鹿じゃない。盗んで二週間も三週間も経てば、追っ手が放たれているくらい予測できるだろうよ。この場合、追っ手ってのは本物の勇者と大魔道士なわけだが」
ポップはこともなげに言った。
ふと、ダイは思い出したように、
「あ、そうだ! ねえ、ポップがスタン達のバッジを持ってきたのって、こんなこともあろうかと思ったからなの? あの女の子、すっかり信用してたもんね」
「そういうわけでもないんだが……あの子だって、盗んだやつに教えられなきゃ、バッジの存在すら知らなかったんだからな。だから理由はもっと別のことだ。もっとも、こうして少しずつ、一般庶民にもバッジのことが知れればいいな、とは思ってたが」
「もー。なんなのさ。秘密主義にも限度があるよ!」
ダイは頬をふくらませた。
ポップはにやにや笑っているだけで、それには答えようとしなかった。
ダイはがさがさと地図をたたむと、
「さあて、と、そろそろ行こう。この地図だと……うーん、着くのは夜になっちゃうかな? ちょっとズルをして、こっそり空飛んだ、としても」
「ええっ、もう行くのか!? いーじゃんそんなに急がなくても、のんびり行こうぜ、のんびり。今夜はこの街に泊まってさ」
ポップはあせったように言った。
「駄目! せっかくの手がかりなんだよ。これをのがすともうチャンスは無いかもしれないんだよ。あの話だって、もう一週間も前の話じゃないか。へたしたらもうニーヴを発って、またちがう村へ行ってるかもしれない。そしたら二度手間だ。ぜったいにニーヴでつかまえるんだ」
(待っててね、レオナ。メイヤード。もう、今日は調査できないとしても、明日じゅうには決着つけるから。そしたらギリギリで、あさっての式典に間にあうから)
ダイは心の中で、やきもきしながら待っているであろうレオナとメイヤードに謝った。
そしてどうもとてもやる気の足りなさそうなポップの手をむんずとつかんで街はずれに来ると、もうポップには任せずに、自分でトベルーラをとなえた。
>>>2001/1/23up