薫紫亭別館


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 ダイとポップが開放されたときには開放されたときには陽はもう中天にさしかかっていた。それをまぶしく見上げて、ダイはまた半日ムダにしたのを知った。
「油断したなあ……やっぱ夜のうちに決着つけとくべきだったんだよ。ポ……ハーベイが明日の朝でいいじゃん、なんて言うから」
 一刻も早く逃げた二人組を追いかけたいのに、思わぬところで時間を食って、ダイは少なからず苛ついていた。それでも坊主のことを、きちんと偽名で呼んでいるのが泣ける。
「しょーがねーだろ。ここまで来りゃつかまえたも同然、って思ってたんだから」
 ポップも憮然として言った。
 が、さすがにバツが悪いらしくダイと顔をあわそうとはしない。
 ふたりの陰険なやりとりを聞いていたもうひとりの人物が割って入った。
「こおら。仲良くしなさいよ、スタンちゃん。ハーベイちゃん」
 昨夜、泊めてくれたおばさんだった。
 おばさんは、マムルークさん宅にダイとポップが留め置かれて尋問されているのを知ると、親切にもふたりの弁護をしに来てくれたのだった。
「この子たちは昨日あたしの家に泊まったよ。でも、なにひとつ盗まれてやしなかった。どころか宿賃として、コインまで数枚置いてってくれたんだ。律儀なことじゃないか。それに、その子たちが言うにはそいつらはニセ学生なんだろ? なら、この子たちには関係ないよ。騙されるほうが馬鹿なんだよ」
 おばさんはかなりきっぷのいい性格らしかった。
 おばさんがいなければ、いかにダイとポップが盗まれたものの弁償をしたとて(もっとも、そのせいでなぜ学生がこんな大金を持っているのだと疑われたのだが)最低一昼夜はしょっぴかれてぶちこまれていたところだ。
「ご……ごめんなさいおばさん。迷惑かけちゃって」
 素直に謝ったのはもちろんダイだ。
「なあに。気にしちゃいないよ。困ったときにはお互いさまさ。あはは、あたしは別に困っちゃいないけどね」
 おばさんは豪快に手をふって笑った。
 そして交互にふたりの顔をしげしげと見た。
「ふーん」
「な……なんですか?」
 少々おびえてダイは言った。
 おばさんはそれから、ポップでさえ硬直するような恐ろしい一言を吐いた。
「いや、見てただけだよ。そうそう、あたしの息子夫婦が街で雑貨屋をやっててね。せっけんやら洗濯ばさみやら売ってんだけど、中にはちょっと毛色の変わったものも置いてんのさ。ひからびた猿の左手だの、勇者様がたの細密画の複製だとかね」

                    ※

「やっぱりバレてるよね、あれ……」
「バレてるだろう。これだからおばさんってえのはあなどれない」
 お昼を食べていけというおばさんの誘いを丁重に断って、ダイとポップはまた旅の途上だった。
「きのうの夜から気づいてたのかな?」
「さあな。もしかして、とくらいは思ってたかもしれないが、確信に変わったのは今日だろうな。オレ達が路銀に苦労する身分じゃないってのもわかったろうし」
 バックにレオナというスポンサーがいるダイと、そのレオナから過ぎるほどの手当てをもらっているポップには、マムルークさんに弁償したところでおつりが来るくらい裕福な旅をしていたのだった。
 ダイはひょいと隣を歩くポップの顔を見上げた。
「でも、ポップ」
「ん?」
「どうするの、まだ、旅を続けるの? 式典は明日なんだし、いいかげん王都に帰って安心させてやって、終わったらまた来ればいいじゃない」
「ば──か。本気で言ってんのか、ダイ?」
 ポップは一蹴した。
「逃げられたってほんの半日程度じゃねーか。やつらはトベルーラも使えないんだし、徒歩じゃどんなに急いだってたかが知れてる。オレ達が今すぐ追えば追いつけるって!」
「でも、方角もわからないんじゃ……」
「こっちだ」
 ポップはやけに自信たっぷりに宣言した。
「………」
 ダイは疑わしそうな顔をして、
「……なんでわかるのさ、ポップ」
「初歩的な推理だ。やつらはどーも地図にも載ってないような村ばかり選んで逃亡してると見たっ。だからオレ達の探索にもひっかからなかったし、情報も入ってこなかったんだ。周辺地図によるとニーヴから一番近いちっちゃい村はトーマス村、だから次はトーマス村の方角っ」
(うっそくせー……)
 ダイは思った。
 理屈はわかるがそれにしては自信がありすぎる。
「ポップ。まだオレになんか隠してない?」
「オレが!? ダイに? まっさかあ、ンなことするわけないだろ!?」
 けらけら笑って、ポップは勢いよく大股で歩きだした。
 そしてダイをふりかえって言った。
「それにマムルークさんに払ったぶんも、しっかり取り返さなきゃいけないしな。ドロボーめ、商人の息子をナメんなよ」
 なんてわざとらしさだ、と、内心でつぶやきつつダイはポップについて歩いた。

 トーマス村。
 トーマス村はニーブよりさらにちいさい村だった。
 こんな村では、よそ者が来たら一発でわかってしまうだろう。しかしさっそく聞き込みを始めたダイの耳には、何の手がかりも入ってこなかった。
「……ポップう……!」
 ジト目でダイはポップをにらみつけた。
 もう夕方だ。西の空が夕日に染まって赤い。
 カラスが数羽、ひなの待つ巣へと戻っていった。
「な、なんだ? ダイ」
「大うそつきっ、やつらはこの村にいなかったじゃないかっ。もー駄目、タイムリミット! 帰るよ、ポップ!!」
「ま、待てっ」
 二の腕をひっつかんでルーラをとなえようとするダイを、ポップがあわてて留めた。
「待て、ダイ。まだ帰るのは早いっ。どっかに隠れてるかもしれないしっ」
「どこに隠れてるって言うんだよ!? 証拠もなしに適当なこと言わないで。もうポップのでたらめにはうんざりしてるんだからね。ポップがいつまでも、ズルズルとこの旅をひきのばそうとしたって、もう、ダメだからね」
 ダイの堪忍袋はかなり大きめにつくってあるのだが、今回はその許容量を越えてしまったようだった。式典は明日にせまっているのだ。
 正式な開始時間は昼すぎ……お茶の時間くらいからだったが、ダイにはそれまでに色々と段取りをつけたり、頭の中に式典のプログラムを叩きこんだりしたかったのだ。
「わーかった、わかったっ。だから離せっ」
 ポップが叫んだ。ダイの力で思い切りつかまれていたのだから無理もない。
 仕方なくダイは手を離した。そのときだ。
「………!?」
 ダイはがくっとひざをついた。体から力が抜けていく。
 意識さえ朦朧となってくる。
「わははは、ダイ、油断したなっ。何年オレとつきあってるんだっ。あ、まだ二年か。まあ重要なのはつきあいの深さじゃなくて、濃さだよな」
 ポップが何かしたらしい。
 魔法か薬かわからないが、ダイはうずくまって、仁王立ちしているポップを見上げた。
「安心しろ。何も取って食おうってわけじゃない。ただ、明日の式典が終わるまで眠っていてもらうだけだ。……さすがに一人でフケるのは勇気がいるしなー。ダイと一緒なら何も恐くない。レオナの怒りもかわせるしなっ!」
 こっこのくされ大魔道士……っ!!
 ダイらしくもないお下品なセリフは声にならずにかき消えた。
 完全に意識を失うダイの耳に、ポップの高笑いが響いていた。

>>>2001/2/5up


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