(……ったく……ポップめ、本当にロクなことをしない……)
ゆるゆると覚醒してゆく意識の中で、ダイはそう思った。
(ここは……どこだろう。まだ、あの村にいるのかな……だろうな。ポップにはオレを抱きかかえて、どっかへ連れてゆく腕力なんかないだろうしな……)
そうこうているうちに感覚が戻ってきた。
首すじや手のひらがちくちくする。どうも、ワラの上に寝かされているようだ。
太陽の光をたっぷり吸ったワラのこうばしいような匂いと、独特の動物くさい匂い。
どうやらここはうまやのようだ。
(ポップってば、うまやを借りたのか……まああの状況では、宿を探すったって……の、前に宿屋なんて無いか。ニーヴにも無かったしなあ。あのおばさん、そうだ、クララと言ってたっけ……いい人だったなあ。豪快できっぷがよくて。コトが一段落したら、もういちど泊めてもらったお礼と、助けてくれたお礼とを……)
ダイの思考はとりとめもなかった。
(なんだかまぶしい。今、何時ごろなのかな……何時?)
さあっと血の気がひいてゆくのがわかった。
反射的に起きようとする。力が入らない。
(ポップめ……薬か……!!)
舌打ちしてたは張りついたような目をあけて、視線だけで状況を把握しようとした。
想像のとおりここはうまやのようだった。
ただ、馬の姿は見えない。ポップもいない。
(オレをこんなところに寝かせたまま、なにやってんだか……)
ダイはあきれたような気分で親友の顔を思いうかべた。
最高最強の魔法使いは、ワガママで自分勝手で、思いっきりマイペースに生きている。
おかげでダイはいらぬ迷惑をこうむったり、無謀な冒険に巻きこまれたりしているわけだがダイにはそれが嫌ではなかった。ダイも、ふりまわされるのを楽しんでいるのだ。
こんな状況にもかかわらず、ダイは思わずくすりと顔をほころばせた。
(まったく……昨日こそ油断して、昏倒させられちゃったけど、薬くらいでオレを止められると思ってるのかなあ。ポップってばしっかりしているようでいて以外と間が抜けてんだよ。こんなもの、オレがちょこっと本気を出せば、)
ダイは指先だけに集中して、ぐっとこぶしに爪を立てた。
それはかすかな痛みだったが、ダイにはそれで充分だった。
「よ……っと」
その痛みを通じて全身の感覚が戻ってくる。
深呼吸して、ダイは体のどこにも異常がないのを確認すると、腹に力をこめて、ゆっくりと上体を起こした。
「ふう」
あらためて辺りを見回す。
天井近くに明かり取りの窓があいている。光はそこから射しているのだった。
ダイ自身はさすがに馬と同居、というわけでもなく未使用の新しいワラの上に寝かされていたようだ。
ダイはそろそろ立ち上がった。
服についたワラを払い落として、これからどうしようかな? というように首をかしげる。
ポップを捨ててはいけないだろう。バッジを盗んだやつらとはまた別の意味で、ポップにもおとしまえをつけてもらわねばならないのだ。
「……とりあえず、外に出てみよっかな?」
誰にともなくつぶやいて、ダイはうまやの戸に手をかけた。
戸をひらいたとき、ダイは目的の人物が逃げもせずに堂々と遊んでいたのを知った。
「ポ、ポップうう」
力なくダイは言った。
「よー、ダイ、おはよう! やっと起きたか。寝ぼすけ。まあこっち来いよ、朝メシ用意してもらったから」
誰のせいで今まで寝ていたと思っているのだろう。
ダイは頭痛をこらえてポップに近づいた。
「……なにしてんの?」
ポップに抗議したところでムダなので、ダイは今、現在の状況を聞いた。
「放牧。てきとーに馬を運動させて、時間になったらうまやに戻して、そしたら出ていっていいって。それを条件に一夜の宿と、朝メシを用意してもらったんだ。ま、食えよ。豪勢だぞ」
「……ほんとだ」
バスケットの中にはタマゴと野菜のサンドイッチと、焦げ目のついたローストチキン、チーズ、大ぶりの腸詰め、季節のフルーツなどが揃っていた。ごていねいにワインまで添えてある。
「どしたの、これ?」
ダイは料理の数々を指さして聞いた。
「だから、労働の報酬」
放牧の見張りのことらしい。
「そうじゃなくて、朝食にしてはやけに豪華すぎないって……はっ」
いきなり理由が思いあたった。
ダイは叫んだ。
「ポップう! 何してんだよこんなとこで!? 今日が何の日か忘れたっていうなら、オレが思い出させてあげようか!? ちょっと歯ァ食いしばってくれる? 大丈夫、手加減はしてあげるから!」
バキボキと指の関節を鳴らす、ぶっそうな大丈夫の発言にもポップはまったく動じずに、ナイフでチキンを切り分けながら、
「覚えてるとも。今日は式典──平和記念祝誕祭の日だ。お祭りだお祭り。この日を待っていた。去年のぶんまで遊んでやる。ふふふ、楽しみだよなあ、ダイ?」
不敵に唇を釣り上げて、笑った。
「ポップ……なにか企んでるね?」
ポップがこんな表情をするときは、百パーセント、なにかろくでもないことを実行に移そうとしているときだ。
ポップはダイを手招いた。
「わかってるじゃないか。さすが親友。とにかく、ここへ来て腹ごしらえしとけよ。腹がへっては戦はできぬ、って言うしな」
※
鐘の音が響きわたる。
パプニカの、式典のはじまりを告げる鐘だ。
ダイの剣の突き立っている岬の上には仮の裁断がしつらえられ、かがり火が焚かれ、神官が祝詞をあげ、巫女が舞いを捧げる。
裁断の反対側にはパプニカ女王レオナと勇者ダイの席を筆頭に、来賓、パプニカの重鎮、貴族、王都の名士、などなどの席が並ぶ。
足もとにはもちろん緋色の絨毯が敷かれ、ご婦人のドレスやお歴々の靴を汚さぬようになっている。
すこし離れたところに行事進行役の大魔道士の席。
ここには大魔道士の正装をしたポップ……になりすましたハーベイが、ひたいに黄色いバンダナをして、なに食わぬ顔で関についている。
裏方にまわったスタンは、おもてから見えないように張った天幕の中からこまごまとしたことを指図しながら、こっそり顔をのぞかせて、式典の様子をうかがっていた。
「よしよし、誰もマスターと勇者様が影武者だとは疑っちゃいないようだな」
「……疑ったところで、口に出せないだけじゃないですか……」
そう受け答えたのはダンテだ。
かわいそうに、ダンテはこの三週間ほどでげっそりやせて、異様に目が落ち窪んでしまっていた。
同じくゼノンもがっくり肩を落としながら、
「マスター、やっぱり間に合いませんでしたね……」
「やっぱり、と弟子をして言わしめるところがさすがだなあ。いいじゃないか、いなくても支障はないんだし」
スタンはかけらも心配してないようだった。
「ほら、見ろよ。あのハーベイの誇らしそうな顔! よっぽど嬉しかったんだな。正装して大魔道士と呼ばれるのが。オレは、どっちかっていうと影武者なんて、頼まれたってごめんだけどなあ」
すすめた本人とは思えない言い草であった。
スタンとはこういう人物だ。
「……それよりスタン。これ、このまま置いといてもいいの……?」
ダンテよりはまだ実務能力が残っているらしいゼノンが聞いた。
目線の先には、『これ』が転がっていた。
「いいよ、ほっといて。とうぶん目は覚まさないだろうから、念のために猿ぐつわをかませて、両手足をロープでしばっといてくれる? メイヤードさんが起きて暴れだしたら、とてもじゃないけどオレ達では取り押さえられないよ」
ダイの副官、というかなり高い地位にいるはずのメイヤードは、魔道士の塔の学生……つまりポップの手下によって、貯蔵庫の中のじゃがいものように、地面にじかに寝転がされていた。
>>>2001/2/13up