「……鐘の音だ。式典始まっちゃったねポップ」
ダイが耳をすませて言った。
この日ばかりは国のどの塔も神殿も、同じ時間に鐘を鳴らす。
こんな片田舎のトーマス村でもそれは同じだった。
うまやの主人は馬の世話をポップに任せて、自分たちは村の広場へ遊びに行ってしまったのだそうだ。
随分無用心な話だったが、田舎特有のゆったりした空気と、ポップの人好きする性格とがそうさせたのだろう。ダイは感心してしまった。
「ようし、戦闘開始だ。行くぞ、ダイ!!」
さっさと馬をうまやに戻して、ポップはダイに手をかけた。
まじかに見るポップは、これ以上ないほど生気に満ちた表情をしていた。
明らかにポップは、この日、この時間になるのを待っていたのだった。
「はいはい。もう、好きにして。毒食らわば皿まで、とも言うしね」
遅刻は決定してしまったのだ。
このあと更に数時間送れたところでどうってことはない。ダイは腹をくくった。
「そう投げ遣りになるなよ、きっと面白いからさ。ダイにもストレス解消させてやるって言ったろ?」
そう言えば最初こそ、気晴らしだとかなんだとか言って出てきたような気がする。
旅の経過のせいで、反対にストレスが増したような気がしないでもないが。
と、ダイは思わずにはいられなかった。
「しっかりつかまってろよ。リリルーラ!!」
ポップは仲間のもとへ転移する、特殊な移動呪文をとなえた。
※
「おおー」
天幕の内がわで歓声があがる。
「あれが大神官様かあ。オレ、初めて見たよ」
「フス様はほとんど神殿から出ていらっしゃらないからなあ。なんでももう百歳になんなんとするご高齢らしいぞ。マスターがそう言ってた」
ポップをかわいがってくれる第神官のフス長老も、この吉日に、皆の前に姿をあらわしていた。
遠くの群集の中には、宗教熱心な信者がありがたそうに手をあわせて、ふし拝んでいる者もいるようだった。
「それよっか、あの巫女の女の子、ちょっとイイと思わないか?」
すでに悟りきったかさじを投げたか、それともスタンに感化されたか、ゼノンとダンテも無節操な会話を交わしていた。
その足もとでは、ロープでぐるぐる巻きにされたメイヤードが、息苦しさからか悪夢ゆえか、くぐもった息を鼻から出して、うんうん唸っていた。
※
「───到着!」
ひときわ高い声をあげて、ポップは呪文を完了させた。
転移したのはだだっぴろい枯れた空き地に、細く石畳が敷かれている道だった。
村と村をつなぐ街道だ。旅人はこの道を通ることで、安全に、より早く目的地をめざすことができるのだった。
そして、この通る者とていなさそうな田舎道に、ダイとポップ以外の旅人がふたり。
「うわっ」
ふたりは相当にびっくりしたようだった。
似たような灰色の服とマントをつけて、背後にけたたましく登場したダイとポップをふりかえった。
「な、なんだおまえらはっ!」
背の高い、赤毛のほうが言った。なかなか美形の青年だ。
しかし、ポップが興味を示したのは、もう一人の灰色の紙のほうだった。
「ルドルフ。ひさしぶりだな」
「マスター……!!」
灰色頭は食いしばった歯のあいだから、かすれたような声を出した。
目は、ぎらぎらとポップを睨めつけている。
赤毛がぎょっとしたように言った。
「え、マスターって、大魔道士様のこと!?」
「今はハーベイだ。そしてこっちはスタン」
悪シュミだなあ、と思いつつダイはぺこんと軽く会釈した。
ポップをマスター、と呼ぶのは魔道士の塔の学生だけだ。それだけで、ほぼ九割がた、反抗を自白したも同然だった。
ルドルフと呼ばれた灰色頭は、用心深げに数歩あとじさりながら、
「……マスター……勇者様も。オレ達に何の御用ですか……?」
「え、勇者様って、勇者ダイ様!?」
いちいち赤毛が驚く。
「何の用、とはごあいさつだな。このオレに向かって。おまえらが盗んだシャムロック・バッジを返せ。ネタはあがってるんだ。それともまさか、ダンテとゼノンに改名したって言うんじゃないだろうな?」
「マスターこそ、いつ、ハーベイになったんです?」
ポップは鼻で笑った。
かなり意地の悪い笑みだった。
「言うなあ。その意気やよし! そうでなくっちゃ面白くない。おまえらはオレの祭りの相手に選ばれたんだ、光栄に思うように」
「……嫌です。マスターに見込まれるほど、不幸なことはありません」
オレの立場はどうなるんだろう。ダイは思った。
「マスターじゃない。今のオレはハーベイだし、おまえは塔から追放されたんだからな。それなりに熱心だったのに、もったいない。いるんだよなー、手クセの悪いやつって」
話を聞きながらダイは、へえ、となんとなく事情を察した。
このルドルフとやらには、どうやら盗癖があったらしい。そのせいで、魔道士の塔から追い出されたらしい。
「……勉強はどこでもできます。たとえ塔でなくとも。大体マスターは、僕達に指導してくれることなんかなかったじゃないですか」
自分のことを僕、というのは魔道士の塔の伝統なのかもしれない。
ただカマトトってるだけかもしれないが。
塔主たる僕は実にえらそうに、
「ふん。それでも直弟子と認められるのはいるぞ。本物のスタンやハーベイや、エドモスにオスカー、それにダンテとゼノンのようにな」
「………っ!!」
青ざめていたルドルフの頬に一瞬にして血の気があがった。
ポップはさらに追い打ちをかけるように、
「なけなしの魔法力で憧れのシャムロック・バッジを手に入れて、やったことがコソ泥か? 何のための修業なんだ? ウェイトレスの女の子に見せびらかしたり、同窓の名前をかたって小金持ちの田舎者に招待されることが目的なのか?」
きっつー……。ダイは顔をおおった。
と、そのとき、連れの赤毛がそろそろとこの場を離れようとしているのに気がついた。
ダイは赤毛の首根っこを押さえて、逃げられないようにした。
「わーっ、離せえっ!」
「まあまあ」
ダイは暴れる赤毛をなだめた。
「心配しないで、オレは平和主義者だから。あんな乱暴なポップとは違うよ。それより、質問に答えてくれる?」
赤毛はがくがくとうなずいた。
※
「おおい、飲み物もらってきたぞおっ」
「やったあ♪」
祭りの最中、レオナや来賓の方がたに興される飲み物と菓子を厨房からぱちってきて、ポップの手下組は天幕の中で宴会をはじめた。
メイヤードは相変わらずうなっていた。
※
「……だから、オレはルドルフの幼なじみなんだよ。ガキの頃はそんなに親しくなかったんだけどな。あいつ、頭良かったし。魔道士の塔に入ったって言うから、故郷の村では英雄扱いされたりして、けっこう尊敬されてたんだけど、いつのまにか帰ってきてた。元々勉強しかとりえのないやつだったんだよ。……どうも、塔ではもっともっと頭のいいやつがいると知って、落ち込んでたみたいだな」
軽薄そうな外見としゃべり口調とはうらはらに、ラウールと名乗った青年は真面目に答えた。
「盗癖が出たのもその頃からだよ。昔はそんなクセなかった。引っ込み思案で地味でめだたない、フツーの子供だったもん」
「………」
ダイはふっと想像をめぐらせた。
魔道士の塔は、素質と才能とに売るほどの自信があるやつらの集まりだ。
そのせいか、どうも性格も多少難ありで、一歩間違うとキじるしの仲間入りしてしまうような、エキセントリックなやつが多い。
その中で、田舎では秀才だの神童だの言われても、塔に入ると自分ていどに頭のいいやつはゴロゴロしていて、自分より後から入ってきた年下の、たとえばハーベイだのが、ポップに認められて、直弟子の証たるシャムロック・バッジをつけて、世界中を飛びまわっている……たしかに、あまり耐えられない状況ではあるだろう。
「だからって……盗みはよくないよ」
ラウールをねじあげたまま、ダイは月並みなセリフを口にした。
ラウールはぺっ、と唾を吐いて、
「オレだっていいとは思っちゃいねーよ。でも、しょーがねえじゃん。そうやって息抜きすることしかできなかったんだからよ」
(……うーん……)
ダイは困った。気持ちはわからないでもない。
でも、盗みに走るというのがわからない。
負けないように頑張って努力する、というのならわかるのだが、そういうじめついた、あえて言うなら暗い感情の発露のしかたは、ダイの性格にない。
(ポップだって、けっして天才ってわけじゃなかったんだけどなあ……)
今でこそああだが、知りあった当初はこれ以上ないくらいお荷物の役立たずで、マトリフという初代大魔道士と出会わなかったら確実に死んでいた、といのが実際のところだ。
しかしポップには天性の明るさとか愛嬌があって、どんなに落ち込んでも沈みっぱなしということがない。それにはダイもずいぶん助けられたものだった。
(ポップってば意地っぱりだから、どんな修業をしてたかなんてオレだってよく知らない。でも、魔道士の塔よりは厳しかったはずだ。何度も、焼けこげたりずぶ濡れになったりして、ぼろぼろになったポップの服を見てきたもの。塔なんか、自分で勝手に修業するんだろ? 自分で組んだカリキュラムなんか、信用できるもんか)
考えれば考えるほど腹が立つ。
ダイは手荒にラウールを地に叩きつけると、ぐい、とあごを上向かせた。
「……なるほど。ルドルフ君とやらについてはよくわかったよ。じゃあ君は? ラウール君。君は何故、彼と一緒になってコソ泥してるの? 教えてほしいんだけど」
スタン顔負けの笑みを浮かべて聞く。
ラウールの顔に同様が走った。
「そ、それは……」
「マムルークさん宅から物を盗んでいったのは君だね? ラウール。たぶん、君が主犯なんだ。ルドルフ君の盗癖を知って、彼の魔法力と情報を利用して、この地方に来ていたダンテとゼノンのバッジを盗みだした。そうだろ?」
ダイは襟首をつかんだ手に力をこめた。
「盗みの同期が仲間へのねたみや羨望によるものなら、塔を出た時点でルドルフ君の動機は消滅しちゃってるんだ。もちろん味をしめたのかもしれないし、百歩ゆずってバッジを盗もうと言い出したのはルドルフ君かもしれないよ。でも、主犯は君だ。君は、盗んだバッジを罪の意識もなく、嬉しそうに見せびらかしていたようだしね」
ダイは思い出していた。
マニュアル娘が語ったことには、自慢げに見せたのは一人だけで、もう一人は名前も言わなかったのだそうだ。そいつは灰色の髪をしていた。ルドルフの髪の色だ。
「ひゅーひゅー、ダイ、カッコイイぞ! いつからそんなに知恵が回るようになった!?」
ルドルフと対峙しているはずのポップが、とても誉めことばは思えないヤジをとばす。
ダイはちろりとポップを見てから、
「……あそこにポップがいる。魔道士の塔の塔主だ。君がダンテのバッジを持っているなら、早く出したほうがいい。ポップは許さないよ。君を。でも、今ならオレが口添えしてあげられる。ポップを止められるのは世界広しといえどオレだけだからね。このさき一生を暗い塔の地下牢ですごすのと、何年かかっても、陽のあたる場所に出られるのと、どっちがいい?」
ダイの迫真の脅し文句だった。
ラウールは完全にふるえあがって、すぐポケットからバッジを取り出して、ダイに手渡した。
バッジの裏にはダンテと彫ってあった。
「やっぱり。まあ、これでこっちは終わり……、と。ポップ! あとはそっちだけだよ!!」
ダイは大声で呼ばわった。
>>>2001/2/18up