薫紫亭別館


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「うう、飲みすぎた……」
 ダンテとゼノンは青い顔をして、ひざをついてうずくまっていた。
 かたわらにはまだメイヤードが、やはり苦しげに体を折って横たわっていた。
 スタンは飲み物──つまり、酒をなみなみとついだグラスをあげて、
「もう? まだ祭りはこれからじゃないか。弱音を吐くのは早いよ。式典はまだまだ半分も終わっちゃいないんだからね。それに……まだ真打ちが登場していない。ハーベイなんてザコだよ。オレも、だけれど」 
 スタンはいっきにグラスをあおった。
「メイヤードさんもアンリも、不敬だけど女王様ですら主役じゃない。 マスター……と、勇者様が登場しなきゃいつまでも祭りは終わらない。早く帰ってきてくださいね、マスター達。女王様が、爆発寸前で待っていますよ」
 天幕の内側からのぞき見て、スタンはレオナの顔色をじっと冷静に観察していた。

                     ※

 ポップとルドルフはしばらく無言で睨みあっていた。
 やがてポップが先に口をひらいた。
「……すごいタイミングで逃げだしたな。オレ達が追ってきてるのがわかってたのか? そりゃまあ予測はついてただろうが、それにしてもタイミングが良すぎる。たった一晩の差、とはな」
「………」
 ルドルフは歯でも痛いような表情で、かつて師とあおいで教授を願った大魔道士の顔を見つめた。
「いいからなんでも弁解してみろ。それによっちゃ、処分を考えてみないこともない。もちろん、すべて不問に付すなんてできるわけもないが、オレは感心してるんだよ。……おまえ、気づいたろ?」
 何に、とはポップは言わなかった。が、ルドルフにはわかったようだ。
 ルドルフはかすかに、だが力強くうなずいた。
 ポップはにやりと笑った。
「よろしい。それでこそ、一時期でも塔にいた、オレの教え子だ。おまえはオレに教えられたことなんか無い、と言ってたようだが、条件はみな同じだ。その中から誰が、オレのしかけた仕掛けに気づくのか、オレはずっと楽しみにしていた。初めて気がついたのがバッジの正式な持ち主じゃなくて、ルドルフ、貴様だったのが面白い。──いつ、気づいた?」
「……盗んで、三、四日ほどしたころです」
 陰気にルドルフは話しはじめた。
「僕はどうしてもバッジが欲しくて、同じバッジが欲しくて欲しくて、ダンテとゼノンから奪ったのを参考に、型をとって自分でつくろうとしたんです。材料は銀じゃなくて、鉛でしたが……僕には、銀なんて高価なもの手が出ませんでしたから。そのとき、気づいたんです。……これは、普通のバッジじゃないって」
「当然だ。オレがつくったんだからな」
 無意味にポップは胸をはった。
 そんなこと自慢になるか、とダンテは押さえつけたラウールの背中にどっかり座って、ふたりの会話を拝聴していた。このあたりダイもけっこうヒドい。
「そうですね……マスターの手製ですからね」
 ルドルフは自嘲するような笑みを唇に刷いた。
「僕は、返すつもりだったんです。信じてくれないかもしれませんが、でもその機能を知ってからは、どうしても手放せなくなりました……知ってますか、マスター? 僕はあなたに憧れていたんですよ」
「それがどうした。オレにとっちゃ、そんなもの珍しくもないぞ」
「僕には大事なことだったんです。というより、塔にいる者はみな、同じことを願っているのではないでしょうか。僕はマスターの片腕に、相棒になりたかった。勇者様のように対等に、なんて願いません。だからこれはほんのささやかなことです。せめて試験に合格して、シャムロック・バッジを取って、直弟子として認めてもらいたかった。その機会さえ、マスターは与えてくれなかったですが」
「自業自得だ。手クセの悪さを発揮して、みんなに放校されたのはおまえだ。オレがやめさせたわけじゃない」
 倣岸に僕はあごをそらして、
「大体その根性が気にいらん。条件は同じだと言ったろう。その気になればいくらでも自分でチャンスをつかんで、上へあがることはできたはずだ。自分の努力不足をヒトのせいにするな」
「そうかもしれません。それについては反省しています」
 意外にもルドルフは素直に認めた。
「ですが、バッジを持った者だけに加護を与えるのは不公平だと思います。塔はそれはマスターを慕ってできた押しかけ弟子の集まりですが、それでもマスターには責任があると思います」
「そんなもの無い。おまえはなにか勘違いしているぞ、ルドルフ。それは好きになられたら、好きになり返さねばならないというような理屈と同じだ」
 ダイはああ、と不意に納得した。
 ポップがバッジを与えるために受けさせる試験は、どんな基準で人を選んでいるのかダイにさえ謎だったのだ。
 なぜなら一番弟子のはずのスタンは魔法力はからっきしだし、もう一人のバッジは魔法力も頭脳も容姿までズバ抜けているが、性格だけが難点の、どちらも何故コイツが、と首をひねりたくなるようなやつらだったのだ。
 のちのエドモスとオスカー、ダンテやゼノンこそ多少落ち着いているものの、おとなしく見えるのは周りが周りだからで、塔の外に出せば、彼らも充分奇矯なやつなのだ。
(ポップってば、自分の意志、をはっきり持ってる人間を、重点的に選んでたのか……)
 塔の執務室で、きっぱりポップを拒絶したスタンとハーベイを思いおこしながらダイは思った。
 もちろん能力的なことも考慮したろう。
 大魔道士の直弟子なのだ。めったなことでは許される照合ではない。
「加護ってなに?」
 無邪気にダイは聞いたが、ふたりはびっくりしたようだ。
 ラウールは話の流れについていけずに、目を白黒させて、せわしなく残りの三人の顔を見比べていた。
「そうですか……勇者様でさえ知らされていないことだったのですね。僕がここで教えていいのか悩みますが、ストップがかからないので言ってしまいます」
 ルドルフは大きく深呼吸して、ゼノンが持つはずのシャムロック・バッジを懐から取り出した。
「もっとも最初に感じたのは、お守り……護符としての力でした。これは、かの有名な『アバンのしるし』にもあった能力だそうなので、それほど意外ではありませんでした。僕は、それから裏側を調べました」
「………」
 ポップはにやにやしながら聞いている。
「どうして名前が、そして通しナンバーまで彫ってあるのかが、僕にはひっかかったのです。もちろん卒業免状ならば、名前が書いてあっても不思議ではありませんが、それではナンバーは何なのか? と思ったわけです。僕はこれを、整理しやすくする為ではないかと考えました。何の為に? マスターが監視しやすくするためです」
 そうですねとばかり、ルドルフは僕に目配せした。
「監視と言っては語弊があるかもしれません。マスターは親切心で、この機能をつけたのでしょうから。このバッジには、端末としての機能を持たせてあるのです。わかりやすく言うと、マスターは塔にいながらにして、逐一これを持つ弟子達の行動を知ることができるです。そうして、これを媒介として、マスターは危機に陥った弟子達に魔法力を送ることができるのです」
「まだそこまで援助してやったことはないがな」
 ポップは肯定した。
「教えてやって、オレの力をあてにされても困るしな。何のための卒業免状だかわからなくなっちまう。それで? ほかに気づいたことは?」
「……僕が、マスターから紙一重で逃げられた理由です。これには、トレーサーとしての役目もあります。水や鏡にかざせば、近くにいる直弟子の位置を知ることができます。僕がこれを知ったのは偶然ですが、マスターなら僕達がどこに逃げているか、すぐにわかったはずです」
 ダイはすごい目をしてポップをにらんだ。
 ふい、とポップはそっぽを向いた。
「それにリリルーラ……マスターはこの呪文も使えます。仲間の顔を思いうかべてそこに移動する特殊な呪文ですが、マスターは、弟子ひとりひとりの顔なんて覚えておられない。そうでしょう? 弟子は何人もいるし、塔は入れ替わりが激しいですから。僕はさいわいにも、覚えていてくださったようですが。そういう、顔も忘れた者のところへ駆けつけるための、マーキングの意味もかねてますね? その機能を使って、ここへいらしたのでしょう?」
 睨みつけるダイを無視してポップは、
「そうでもない。新入りや下っぱならともかく、直弟子に取り立てようと思うほどのやつらだからな。マーキングしているのは本当だが、それは二次的な機能た」
 わざとルドルフを怒らせようとしているような返答だった。
 ルドルフは激昴した。
「あなたは……っ!! やっぱり、僕らのことなんてどうでもいいんじゃないですかっ! 僕らだって、あなたに認めて、気にかけてもらいたかった。バッジを持っているやつらがどれだけ妬ましかっ?ことか。あなたには、想像もつかないでしょう!!」
「じゃ、やっぱり主犯はおまえなのか? そこでダイの下敷きになってるラウールとやらじゃなくて?」
 ルドルフの頬がべつの意味で赤くなった。
「そりゃまた……事情が変わってくるな。オレは、自力でバッジの機能を見つけたおまえを見直して、塔主権限で塔に戻させてもいいと思ってたんだけど。むろん、二度と盗癖は出さないと誓約書を書かせてさ。でも、主犯がおまえとすると……」
 更正は難しいかな? とポップは続けた。
「マスター!! 僕は……っ!」
「お、おいポップ」
 見かねてダイが言った。なんだか哀れすぎる。
「ポップ。ルドルフ君だって、いろいろ事情があって、悪気はなかったんだけど、魔がさしちゃったんだよ。きっと」
「あほ言え。事情なんか誰だってしょってるぞ」
 それもそうだ。
「こーいう甘ったれたやつには、鉄拳制裁あるのみだ。といって、オレはダイじゃないから歯を食いしばってそこに直れ、なんて言わない。抵抗もちゃんと認めるぞ」
 ラウールは恐ろしそうにダイを見た。
 ポップはさらに言いつのった。
「遠慮せずにかかってこい、ルドルフ。今のオレは大魔道士ポップじゃなくて、一番弟子その2のハーベイとして来てる。おまえの大っ嫌いな直弟子だ。ハーベイにおまえのストレスをぶつけてやれ」
 ふわりとマントを払い、胸もとのハーベイのバッジを見せつけて、ポップは挑発した。

>>>2001/2/23up


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