薫紫亭別館


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 ぞくり、とハーベイは悪寒を感じた。
 本物の、パプニカでポップの影武者を演じているハーベイだ。ハーベイは不審そうに眉を寄せ、祭りの最中にもかかわらず辺りをきょろきょろ見回した。
「何やってんだ、あいつ」
 スタンは思わずつぶやいていた。
 しかしハーベイを見ていたのはその一瞬だけで、もっと気がかりそうに空を見上げた。
「……陽が、暮れるな。もうすぐ、祭壇だけでなくほかの明かりにも灯がともる。暮れてしまえば勇者様の出番まであっというまだ。マスター、わかってるんですか? あなたに道理だの理性だのを求めてはいけないと、知ってはいますけどね」

                     ※

 ダイとラウールは地にふせ、顔だけをひょっこり枯れ草からのぞかせて、ポップとルドルフの仲間割れ、というか師弟げんかを見守っていた。
「へー。けっこー強いじゃん」
 ダイはヒューッと口笛をふいた。
「ごめん。オレ、ちょっと馬鹿にしてたよ。だってルーラもトベルーラも使えないなんて、どんな魔法使いだよ? なんて思ってたからさ。あ、けっして君の友達を侮辱してるんじゃなくて、客観的な意見だから。怒んないで、ラウール」
 そう言われても、ラウールはおとなしく黙ったままだ。
 よほど、さっきのポップの発言──『歯を食いしばってそこに直れ』が効いたとみえる。
「あ! あの火炎呪文はなかなかいいな。メラゾーマ並みの威力があるよ。ルドルフ君はどうも防御だのなんだのより、攻撃呪文のほうが得意みたいだね」
 でも、ここまでは届かないから安心だよ、と安全を保障するようにダイはにっこり笑ってみせた。
 しかし、
「──うわっ!」
 火の粉がここまで飛んできた。ダイは抗議した。
「ポップ、気をつけてよ! オレ達まで黒コゲにするつもり!?」
「やかましい! 文句があるならもっとあっち行ってろ!」
 負けじとポップも言いかえす。
 ポップの見物人に対する態度はつめたい。
「どうした。ルドルフ、もう終わりか?」
 弟子に対する態度はつめたくはないものの薄ら笑いをうかべて余裕しゃくしゃくで言うものだから、ルドルフはますます激情したようだった。
「マスター!! いや、もうマスターだなんて思いません。あなたは、僕の敵だ。あなたを倒さない限り、僕は一歩も前へ進めない。僕のために、消えてください、マスター・ポップ!」
「オレはハーベイだって言ってるっつうのに」
 ルドルフの攻撃をかわしながら、あきれたようにポップは言った。
「それに、まだオレをマスター・ポップって言ってるじゃん。おまえの師はオレだ、あきらめろあきらめろ。このオレを超えることは永遠にできんっ!」
「言うなあっ!!」
 嘲笑うポップにルドルフが食ってかかる。
 その姿はけなげなほど一生懸命で、見ていたダイの涙を誘った。
「くうう……かわいそうにルドルフ君。どうせ届きゃしないのに、せいいっぱい背伸びして頑張ってるトコロが」
「届かないって……大魔道士様のレベルにですか?」
 ルドルフ悲惨さのあまり、ついダイに質問してしまったラウールだった。
 ダイはこともなげに、
「ああ、そうだよ。もうポップほどの魔法使いは出てこないよ。オレほどの勇者も、たぶん。オレの場合はもう……竜の騎士が出てこない、いやレオナとのあいだに子供はできるかもしれないけど、その血はどんどん薄まっていって、ふつうの人間と変わらなくなってしまうということだけどね。ポップの場合は」
 ダイはポップに目を転じた。
「あれは特殊なケースなんだよ。知ってのとおり、いや、君は知らないかな……? ポップはごく普通の武器屋の息子で、その才能のどこにも非凡なところはなかった。それがすごい確率の偶然というか運命のいたずらに導かれて、アバン先生の弟子になり、マトリフさんにしごかれてああなった。もう二度と、あれだけの魔法使いは出てこないだろうね」
「で、でも、大魔道士様がじきじきに修業をつけられたら!? 魔道士の塔がほぼ独学で修業に励むのは知っていますが、もし……!」
「指導者うんぬん、の話じゃないよ。オレの言ってるのは世界情勢のことだよ」
 ラウールが言うのに、ダイはふせたまま肩をすくめた。
「覚えてるだろ? あの頃は、大魔王バーンの脅威が世界中を覆っていた。その中でポップは鍛えられた。かかえた問題の大きさと舞台がポップをつくったんだ。そこらの魔法使いがいくら今さら頑張ったって、とうてい追いつきゃしないよ」
 ポップまで到達したいのだったら、もうすでに、二年前の大戦中に到達していないと遅いのだ。
 それほどの才能があるのだったら、ポップの代わりにダイとともに戦い、平和を取り戻していたとしてもおかしくない。
 機会はいくらでもあったのだから。
 ロモスでの武術大会のときも、レオナがパプニカでサミットをひらいたときも。
「……だから、オレはポップを尊敬してる。ポップはオレについてきてくれた。ポップがいたから、オレは背後を気にせず戦えたんだ。悪いけど、君の友達のルドルフ君みたいな人は、オレは嫌いだな」
「………」
 ラウールは何も言えずにおし黙った。
 ダイとラウールがこんな会話をしているときにも、ポップとルドルフの師弟対決は続いていた。
「よおっルドルフ! もう終わりかあっ!?」
「誰が! いつ、ここまでだって言いましたっ!?」
 仕掛けているのは一方的にルドルフで、ポップは防戦一方だったが、誰が見ても優勢なのはポップだった。
 ルドルフは肩で息をしていて、くりだす火炎呪文も、見るからに威力が弱まっていた。
 メラゾーマほどだっ火炎はもうメラとも言えない。
 といって、ルドルフにはほかに呪文など無さそうだった。
「うーん。低レベルの悲しさ、ここらへんが限界みたいだな。それでもなかなか頑張ったぞ。誉めてつかわす」
「いらんっ!!」
 ついに敬語ではなくなった。
「そう言うな。世界最高最強の魔法使いの、巨大な力の一端を垣間見せてやる。ありがたく思えっ!!」
 ポップは呪文に必要な印をむすんだ。
 魔法力が爆発的に高まってゆく。
 ダイは、
「まずいっ! ラウール、こっちへっ!!」
 ラウールを連れて安全圏まで避難した。
「ポップってば、本気だよ……! すごい久しぶりだな、こんなに魔法力を全開にするの」
「ぜ、全開にしたらどうなっちゃうんですかあっ」
 ラウールが哀れっぽい悲鳴をあげる。
「大丈夫だよ。最低、君はオレが守ってあげるから。別に守る筋合いもないんだけど、まあ、オレなんかに君が守られたくないって言うなら……」
「そ、そんなあ」
 情けないことこの上ないラウールの表情を見て、ダイはちょっとイジメすぎたかな? と反省した。

>>>2001/3/1up


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