わにわにに案内してもらって、オレとポップはたんぽぽ竜のいる所まで行くことにした。
わにわにも竜、といえばいえるかもしれない外見をしている。
そのせいでたんぽぽ竜がどこにいるかは、なんとなくわかるそうだ。
もっとも出発はかなり遅れた。
叩いても殴ってもわにわにが起きなかったからだ。
「おまえが来るのが遅いから悪いんだよう、ダイ」
ポップはそう言ってオレを責める。オレをからかうネタは絶対にのがさない男なのである。
悲しいかな、オレはこういう冷遇に慣れている。
結局オレたちもひと眠りして、鋭気を養ってから出かけた。
向こうではそんなに時間経ってないから大丈夫、とポップは言う。
ポップの大丈夫、はあんまり信用できないのだけどオレはなんとなく安心する。
大戦中は、このポップの明るさにずいぶん救われたものだ。
今日もいい天気だ。
この空の下で、たんぽぽ竜は今もせっせとたんぽぽを食べているのだろうか。
うっちゃんが言っていた。
(たんぽぽ竜は本当に気のいいドラゴンなんですよ。ちいさな頃は、私のテーブルに招待したこともあります。しかしあれだけ大きくなってしまうとたんぽぽの摂取量も馬鹿になりませんで……この頃は私どものたんぽぽ茶の原料も不足してしまってます。いえ、お茶は日持ちしますから今すぐどうこう、というわけではないのですが。本当にねえ、あんなに大きくならなければねえ……)
そんな平和的な竜でも、みんなのために殺さねばならないのだろうか。
この世界はオレに何のかかわりもない。
ポップにひっぱり出されなければ、こんな世界があるとすら知らずに生きてゆけたのに。
ひどいよ、ポップ。それにオレには、竜の血だって流れてるんだ。
そのオレに、竜を退治しろだなんて。
オレは初めてポップを恨んだ。
隣にいるポップは、物見気分できょろきょろ見回しながら歩いている。
わにわには無口なタチらしく、話しかけてもあまり返事はしない。
それでも少しは責任を感じているらしく、ぼそっぼそっとポップの質問に答えている。
イヤだよ。オレは帰りたい、向こうの世界へ。
ごめんよレオナ。君の仕事を手伝えばよかった。
こんな、竜退治よりは書類仕事のほうがマシだ。
でも、こんなことを言ったらまたポップに馬鹿にされる。オレの手は血濡れている。ポップの手も。
大魔王だけじゃない、たくさんのモンスターをオレは殺した。
今だって、要請があれば出かけていってモンスターを退治してるけど、でも……!
「……ダイ?」
ポップが顔を覗き込んでる。
「そんな恐い顔をすんなよ。悪かったと思ってるよ、巻き込んじまって。でも、おまえしか出来ないと思ったから、騙してでも連れてきたんだ。帰ったらいくらでも怒られてやるから、今はこの世界を救うことだけを考えてくれ」
性格が悪くて人のいいポップ。ポップだって、オレの考えてることくらい考えたんだろう。
その上で、たんぽぽ竜を退治することに決めたのだ。
オレはポップに全幅の信頼を寄せてる。
ポップが決断したのなら、きっと間違いないと思う。
「うん……」
ことん、とポップの肩に首をもたせかけて、オレはちいさくうなずいた。
※
この世界は極端に住人が少ないようだった。
行けども行けども見渡すかぎりの緑野原。たんぽぽが至るところに咲いている。
シルエットの山が遠くの空にうすく浮かびあがっている。
もうどのくらい歩いたんだろう。
いくつか、うっちゃんみたいにお茶をしているテーブルにぶつかった。夜は無かった。
いつも穏やかなお三時だ。
お賛辞が終わったら四時、その次は五時、とえんえんとお茶が続けられる。
「槍をもらいに行きましょう」
わにわにが言った。そういえば、竜退治はともかく武器なんて持ってきていない。
ポップの野漏、素手でやらせるつもりだったのか。
「違います。たんぽぽ竜には専用の武器があるんです。それをもっているのは英雄タニスさんだけです。今まで竜退治はずっとタニスさんがやってたんですが、齢老いてしまって出来なくなってしまったんです」
「タニスだって。まともな名前だなあ」
ポップはものすごく楽しそうだ。
「いえ、今はおひげさんと呼ばれています。元気な頃は英雄さんと呼ばれていました」
……一筋縄ではいかない世界だ。
とくにネーミングセンスについては。
おひげさん。そう呼ばれるいわれをオレはひと目で見てとった。
見事に真っ白な長いひげを前でみつ編みにしてる。ひげをみつ編みにすること自体、珍しいんじゃなかろうか。
「わあっ。さわってもいいですか、これ」
返事を聞くヒマもあらばこそ、先に手のほうがのびている。
英雄でおひげのタニスさんは、ふぉっふぉっと笑ってポップを見つめている。
そういやポップって老人ウケするんだっけ。
師匠のマトリフさんも大神官のフス長老も、ポップを孫のように可愛がっている。
「ダイもさわらせてもらえよ。気持ちいいぞ」
ポップにうながされてオレもおずおずと手をのばす。
うっわー、気持ちいいっ!
なんか、先っぽつかんでぶんぶんと振り回したくなっちゃう。毛先もふさふさしてくすぐったいや。
真っ白でとてもきれいな色をしてる。
「………」
遊んでいるオレたちに、わにわにが無言で抗議する。
あ、ごめん。目的を忘れたわけじゃないんだけど。
「えっと……おひげさん。オレたちたんぽぽ竜退治に行くんです。それで、おひげさんがその為の槍を持ってると聞いて……」
オレは学習して、ちゃんとタニスさん、とは言わずに話しかけた。
「おーおー、あれか。最近使ってないからのう……えーと、どこへやったっけな」
おひげさんはどこから引っ張り出したのか、がま口の、子供の一人くらい入れそうなでっかい手提げかばんを出して、その中をかきまわした。
この世界には、ひょっとして家、というものが無いのでは?
「ぷはーっ! ようやく出られたぜい。やいこのモウロクじじい。よくもオレをしまいこみやがったな」
「おおくろすけではないか。こんな所にいたのか」
「おまえが突っ込みやがったんだろうがッ!!」
かばんから出てきたのは、おひげさんとは対照的な、真っ黒なおおがらす。
せわしなく息をしながら、羽をばたつかせておひげさんに食ってかかっている。
ものすごいかん高い声だ。聞いてると耳がキーンとしてくる。
「あ、あのう……」
聞いちゃあいない。
「あのう!」
ぴた、と一人と一匹の動きが止まった。
今がどんな状況か、思い出してくれたらしい。
「あ、ああ槍じゃったね。えーと、ちょっと待ってよ。確か……」
「なんだコイツら。新しい英雄か?」
くろすけがじろ、とオレたちをねめつける。
ポップはさりげなくくろすけの背後にまわっておおがらすをとっつかまえた。
「な、なにしやがる!! 離しやがれ馬鹿野郎ッ」
くろすけが抗議する。当然だろう。
「いや、キレーな黒色だと思って」
ポップがくろすけを撫でながら答える。
「からすの濡れ羽色ってこんな色なんだなあ。つやがあって、ほら、ここなんか光を反射して虹色に輝いてる。最初つくりものかと思っちゃった」
くろすけは目に見えておとなしくなった。
明らかに上機嫌だ。
「そうかー? それほどでもないだろ?」
「それほどでもあるよ! オレ、からがこんなキレイな鳥だとは知らなかったよ。今まで見た中でいちばん綺麗だよ」
……う、うまい! すさまじいまでの社交テクニック。
オレも、こーやって手なずけられたんだよなー。
くろすけの機嫌をとっているポップを見て、無口なはずのわにわにが、
「ソツのない人ですね……」
と、つぶやいた。
>>>2001/3/29up