「あったぞ! これがドラゴンランスじゃ。これでなければたんぽぽ竜は倒せないのじゃ」
特に変わったところのない普通の槍のようだった。見た限りでは。
それよりも、槍をどこから出したかの方が気にかかる。
どう見ても、あのかばんに入るような長さではない。
「持ってみろよ、ダイ」
くろすけはポップの手の中が気に入ったらしい。
鳥を抱いたままポップが言った。
「う、うん」
オレはおひげさんから槍を受け取った。重さも長さも丁度いい。
オレは槍なんか使ったことがないけど、これならなんとかやれるだろう。
「たんぽぽ竜の急所は、首の後ろのつけねじゃよ。それ以外はできるだけ傷つけないでやってくれ。あの竜もわしと同じで、もう年寄りじゃからのう」
もと英雄のおひげさんは、遠い目をしてそう言った。
※
……しかし、なんだってコイツがついて来るんだろう。
「英雄の従者はオレって決まってんだよう。従者っつーよりもオレのほうが、あのタニスのじじいを率先して釣れてってやったんだけどな。オレがいないとタニスもまー、英雄なんてなれなかったろうぜ」
ぺらぺらぺらぺら、よく回る舌だ。わにわにが無口だっただけに、ギャップもすごい。
わにわにはおひげさんの所に置いてきてしまった。
くろすけがオレが案内すると言って聞かなかったからだ。
めでたくたんぽぽ竜を倒して戻ってきたら、そこからまたわにわにに、うっちゃんのテーブルまで同行してもらう手筈になっている。
でも、やかましいのを別にすれば、くろすけの方が案内役に向いていると言えた。
わにわには図体はでっかいんだけど、爬虫類っぽくのっそり、のっそり、と歩くので、幾分じれったいこともなかったのだ。
くろすけはほっとくとずんずん先に飛んで行ってしまって、追いつくのがひと苦労だ。
まあでも、そこはそれ、案内役としての自覚かただ単にポップが気に入っているからか、本当に置いていかれる事はなかった。
「なんだか……土が多くなってきたみたいだけど……」
地面をおおっていた緑が消えて、地はだがむきだしになっている。
「そらそーだわ。ここらはもうたんぽぽ竜のテリトリーだよ」
えっ。
オレは思わずあたりを見回す。
……ひどい。たんぽぽ竜って、たんぽぽだけを食べるんじゃないんだ。
たんぽぽもひよこ草もいぬふぐりも、手当たりしだいって感じだ。
きっと種ひとつ残っちゃいないんだろう、うっちゃん達が心配するのもよくわかる。
「……ひどいな」
ポップがオレと同じ感想をもらす。目を細めて、茶色の光景をながめやっている。
くろすけが言った。
「この辺はまだいい方だよ。もっとひどいのはたんぽぽ竜のいる南の方さ。現在進行形で緑が食い尽くされようとしてるんだから。今が限界だよ。……まったく、タニスのじじいも早いトコ結婚して、後継者をこさえときゃよかったのに。英雄のいないこの世界なんて、滅びを待ってるみたいなもんだ」
「うーん」
そうだろうなあ。うっちゃんやわにわにじゃ、逆立ちしたってたんぽぽ竜に勝てないだろう。
「まあなあ。たんぽぽ竜がいなけりゃ、この世界もないんだけどな」
………?
どういう意味だろう。たんぽぽ竜は世界を食べつくそうとしている滅びの竜だろう?
「大丈夫だよくろすけ。そのためにダイを呼んだんだから」
いつもの根拠不明の大丈夫、を出してポップはくろすけを安心させてる。
「見たところあんまり強そうに見えねえけどなー、チビだし」
「おおッ言えてる。栄養が身長に行かないんだよなー、コイツ」
なにをしゃべってるんだ一体。オレがこんなにシリアスしてるとゆーのに。
……なんかさあ、ポップとくろすけって似たもの同士じゃない?
ポップがオレをこきおろすのと、くろすけがおひげさんの悪口を言うのと、スタンスがそっくりだよ。
「ダイもさー、オレがいなかったらダメなんだよなー。お互い苦労するよなあ、頼りない勇者とか英雄の相棒はさー」
気がつくと口調さえ似てたりして。
いや、いいんだけどね。ポップがいないと駄目なのは確かだし。
しかし、こんなおしゃべりな相棒を持ったオレの苦労も察してほしいよね。
人のフリ見て我がフリ直せ、だ。まったくもう。
オレたちはまだしばらく旅を続けた。
夜がないこの世界はいつ休めばいいのか見当がつかないので、ポップが疲れたときに休むことにした。
食料は無い。お茶だけだ。どうもお茶だけで生きてゆけるらしい。
向こうの世界のオレたちも、空腹は感じなかった。
そういえば、ここの住人は日がな一日お茶を飲むのが仕事みたいだった。
「……たんぽぽ茶がなくなると困るよなあ」
ある休憩の、お茶の時間にオレはぼそっとつぶやいた。
「ねえ、そういやここの人はたんぽぽの栽培とかはしないの? そしたらそこを襲われないかぎり、お茶の心配はしなくてもいいんじゃない?」
くろすけは何を言われたかわからないようだった。
ポップが、オレのそばに寄って説明してくれた。
「この世界には栽培なんて単語は無いんだよ、ダイ」
けげんな顔をしたオレに、
「だってそのへんにヤマモリ主食が咲いてるじゃん。住人が少ないから飲みつくすってこともないし。この世界は少ない住人と英雄とたんぽぽ竜、それでバランスが成り立ってんの。向こうの常識で考えるんじゃないよ」
「たんぽぽ竜は別じゃないの?」
「あれがいなかったらこの世界自体が無いよ」
きっきの疑問を聞いてみるチャンスだ。
「どういう意味?」
ポップはどう説明したものかと首をひねりながら話しはじめた。
「……だからー、ここはまずただの荒地だったワケ。そこにたんぽぽ竜がやってきて、種をまいた。そしてここが緑でいっぱいになった頃に、住人がやって来た。この住人のエライところはそこで、先住者のたんぽぽ竜を排斥したりせずにつつましく同居、させてもらうことにしたわけだ。一日お茶を飲んでるだけ、という退屈で平和な世界に絶えられる者だけを残して、他の世界への道を閉ざして。……ほら、オレたちの世界のあの塔もそのひとつ。人が近づかないように随分おどろおどろしい雰囲気が漂ってたろ?」
そういえば、古そうに見えたけどそうでもなかったっけ。
「しかし今みたいにたんぽぽ竜が、自分の世界を食べつくしかけて、それで英雄が生まれたんだ。英雄がたんぽぽ竜を退治すると、たんぽぽ竜のおなかから今まで食べた種が広がって、この世界を再生する……と。わかったか?」
うん……。
たんぽぽ竜。かわいそうなたんぽぽ竜。
なんのために生まれてくるんだろう。この世界の礎をつくって、退治されて。
世界を食べつくしちゃえばたんぽぽ竜だって生きてゆけないかもしれないけど、やっぱりかわいそうだよ。
「ダイ……」
無意識にオレは泣いていたらしい。ポップが肩に手をまわして抱いてくれてる。
オレは安心して泣いた。
くろすけも、へらず口は叩かなかった。
>>>2001/3/31up